ワーク

 あれぇ?


 俺はワークのアイテムボックスに取り込まれてしまった……と思ったんだが、目の前にはワークが立っている。


 もしかしなくても助かった?


 ワークもワークで混乱している。


「なんで俺よりアイテムボックスのスキルレベルの低いタナオカを取り込めないんだ?」


 そう言えばギルド長のリーダさんが言っていたな。


 生物を取り込めるアイテムボックスなんて聞いたことが無いと。


 つまり生き物を取り込めるのは俺だけのユニークスキル。


 俺が特別だったんだよ。


 ワークの前で思いっきり勝ち誇ってやった。


「さあ、取り込める物なら取り込んでみろ! さっきの威勢はなんだったんだよ?」


「ぐぬぬぬぬぬ」


 ギリギリと音が聞こえそうなぐらい歯を食いしばるワーク。

 俺は更にマウントを取ってやった。


「さあやってみろ! 出来もしねーのに大口叩いていたのか!」


「うぜえ! ぶっ殺してやる!」


 俺が追い詰め過ぎてしまったのか、突然ブチ切れ始めた。


 ワークは俺の得意技のナイフ投げを使ってくる。


 こんな芸当迄出来るのかよ。


 俺にそっくりじゃないか。


 さすがにこの狭い部屋の中では投げナイフを避けることも取り込むことも困難だ。


 必死で逃げていたので串刺しこそならなかったものの、切り傷が徐々に増え俺は部屋の隅に追い詰められる。


「さあ、逃げ道は無いぞ」


 下卑た表情を浮かべるワーク。


 俺より年下なのによくこんな顔が出来るな。


 アイラちゃんを見ると、スカートとドレスをナイフで壁にはりつけにされて身動きが取れなくなっていた。


 俺はアイテムボックスに溜め込んだ小石で反撃をする。


 あのウサギの首を吹っ飛ばした攻撃だ。


 当たれば痛いじゃ済まないはず。


 でもワークの攻撃の方が早かった。


 俺が小石を発射するために手をかざすと、ナイフで手を貫いて来やがった。


 痛てててててててててて!


 痛てー! 痛てーよ!


 俺のボキャブラリーじゃこれぐらいの事しか言えねーが、あり得ないぐらいに痛てぇ。


 なにしやがる!


 俺は手をおさえてうずくまった。


 ナイフが手を貫通だぞ!


 あり得ねえし、出血が止まらねえ!


「ぶははは! これでお前の唯一の武器はもうない。あの世に送ってやる前に俺に謝罪をしろ」


「謝罪だと?」


「俺様に対して謝りたいことが山のようにあるだろう? 謝れ! 今すぐ謝れ!」


「お前に謝るような事をした覚えはない!」


 たぶんワークは俺が冥洞窟で冒険者を助けた事を言ってるんだろう。


 それを謝罪しろと。


 だが断る!


 あれは正しい事だ。


 絶対に謝ってはいけないパターンだ。


 俺が謝罪の意思を見せないでいると、待ちくたびれたワークが胸糞悪そうにする。


「そっちがその気なら、まあいい。楽に死なせてやろうと思ったがやめた」


 ワークは俺を蹴り飛ばすと、壁に叩きつけられた俺の四肢をナイフで貫いた。


 部屋の隅に磔状態となり身動きは出来ない。


「タナオカお兄ちゃん!」


 俺の身を案じるアイラちゃんの声だ。


 アイラちゃんは渾身の力を込めて磔られた服を引きちぎるとワークに飛び蹴りをかます!


 それに即反応したワーク。


「同じ手を二度も使ってくるんじゃねーよ!」


 ワークから放たれたナイフがアイラちゃんの腹部を貫通する!


「アイラちゃん!」


 アイラちゃんは床へと崩れ落ち広がり続ける大きな赤いシミを作った。


「てめー! よくも俺のアイラちゃんを!」


「余計なことをするから、タナオカより先に糞姉貴をあの世に送っちまったじゃねーか。ぎゃははは!」


「ワーク! てめえだけは絶対に許さねえ!」


 全身の力を振り絞るが身動きが全く取れない。


「動けないか。そうだろう、ナイフに痺れ薬をたっぷり塗り込んでおいたからな。さあ、姉貴を待たせるのもなんだから今すぐタナオカもあの世に送ってやるぞ。悶え苦しめ!」


 俺の喉に向かってナイフが放たれた。


 だが、その瞬間ナイフは弾かれ壁に突き刺さる。


 ニケさんだ!


 助けに来てくれたんだ!


 ニケさんは投げナイフを短剣で弾くとワークを切り裂く。


 身体中に鮮血の筋を浮かべたワークは立ちながらにのたうち回り窓の外へと自らの身を投げた。


 ニケさんが俺のもとに駆けつける。


「タナオカさん!」


「俺は大丈夫。床に倒れているアイラちゃんは大丈夫か?」


「まだ息はあるけどナイフがお腹から背中まで抜けてるから出血が酷い」


「ニケさん、俺の右手のナイフを抜いてくれ」


「どうするの?」


 すぐに壁からナイフを抜いてくれたのでアイラさんを取り込む。


「今から教会へ向かえば、まだ間に合う!」


 俺はニケさんの肩を借りて教会へと向かった。


 *


 道路では3階から落ちて手足が変な方向に曲がったワークが野垂れ死んでいた。


 息もしていないしあの様子だと助かりもしないだろう。


 教会では俺が死にかけだったので大騒ぎだ。


 大神官は俺の怪我を見て青ざめている。


「死に掛けになったから来てやったぜ!」


「いや、あれは冗談だったんですけど」


「治せないのかよ?」


「もちろん全力で治療させて貰います」


「頼むぜ。あともう一人いるんでそっちを優先で頼む」


 俺はアイテムボックスからベッドの上にアイラちゃんを取り出す。


 さらに青ざめる大神官。


「領主様じゃないですか!」


「絶対に死なすなよ」


「任せてください」


 幸い、神官たちが全力で治療にあたってくれたのと教会に運び込んだのが早かったのでアイラちゃんも俺も一命を取り留めた。


 *


 これだけの大怪我をしてその日のうちに宿に帰れるとは、異世界の回復魔法は半端ねぇ。


 治療は済んだものの、まだ節々が痛くてスプーンが持てないので、ニケさんに特製コーヒーゼリーを食べさせて貰っている。


「クリムさんに教えて貰っておいしいゼリーが出来たのでタナオカさんに早く食べてもらいたくて探していたらとんでもない場面に出会ってビックリだよ」


「ニケさんが来てくれなかったら、今頃あの世だったかもな」


「間に合って良かったね」


「おう、ニケさんのゼリーのお陰で助かったな」


「えへへ。じゃあ、あーんして」


「あーん!」


 見事なバカップルである。


 俺はニケさんの手作りコーヒーゼリーを口にした。


 豊潤ほうじゅんでほろ苦いというかこの世のものとは思えない苦さが口に広がる。


 これって、まさか?


 そこに飛び込んできたクリムさん。


「おーい、ニケ殿。最初に作った失敗作のプリンを持って行ってわよ」


「えっ? 私間違えたの? あれ? タ、タナオカさん! タナオカさんが虫の息だよ!」


「大丈夫、今すぐ教会に運べば間に合うわ!」


 病み上がりの俺にはニケさんの失敗作のゼリーはきつ過ぎて……即ぶっ倒れた。


 俺は三途の川を超えて、5年前に亡くなった婆ちゃんに異世界での生活の事を面白おかしく報告したのだった。

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