スキルレベル

 俺に迫る凶器。


 避ける余裕はなく、アイテムボックスに取り込む時間ももう無い。


 このまま俺は刺されて死ぬんだろうか?


 明らかに異常な兆候はあったのに危険を予想せずに行動していた自分の甘さを後悔する。


 なんてことを危機的状況の中で考えていたら、目の前の男の顔面に衝撃が襲った!


 凶器と共にぶっ飛ばされて壁に叩きつけられる男。


 口から泡を吐いて完全に気絶している。


 何が起こったのかわからないけど助かった。


 男のすぐ横にはアイラさんが立っていた。


 どうやらアイラちゃんが助けに入ってくれたみたいだ。


「ご無事ですか?」


「助かった、アイラちゃんありがとう!」


「タナオカお兄ちゃんに身の危険が迫ったので無我夢中で飛び込みました」


 アイラちゃんは男に体当たりというか顔面にドロップキックを放ったらしい。


 そんなものを視角外から放たれてまともに食らったらクリティカルでバタンキューだ。


 アイラちゃんも凶器を持つ相手に飛び込むなんて無茶するな。


 それ以前に俺が安宿に居ることがどうしてわかったんだ?


「それはですね……朝から愛するタナオカお兄ちゃんの事をストーキン……いえ、陰から護衛をしていましたのよ」


 いま、ストーキングって言ったよね?


 このアイラちゃん、やべーんじゃねーの?


 うん、絶対やべー奴だ。


 でも陰キャな俺にはわかる。


 これは行き過ぎた愛の成せる業。


 陰キャの俺には彼女の心理が痛いほど理解できる。


 メンヘラのみが成せる歪んだ愛だ。


 俺を一途に思い続ける女の子。


 うん、めっちゃ可愛いじゃねーか!


「朝からずっとって、そこまで俺のことが好きなのか?」


「はい。タナオカお兄ちゃんはアイラの世界の全てです」


 そこまで言われると悪い気はしない。


 ところでこの男は誰なんだ?


 少なくとも俺は知らない。


 オネェバーに売り飛ばした男では無いのは間違いなく、初対面なのも間違いない。


「申し訳ございません。この男は私の2つ歳下の弟のワークです」


「弟さんなんですか?」


「ええ。冥洞窟の事件を起こした貴族と言えばわかってもらえるでしょうか? 既にこの街から追放処分にして手切れ金の小切手と馬車のチケットを送ったのですがまだこの街に潜伏していたとは……」


 そのお金が届いたのが今だからね。


 運悪くその配達人が俺だったので受領票の配達員の名前からこの世界では珍しいタナオカという名前から俺とわかったんだろうな。


 俺も奴も運がなかった。


 刃物を振り回すような危険な奴だったのでアイテムボックスに収納して守衛に渡すなり、ベアウルフの棲む森にでも捨てて来ようと思ったんだけど、全然取り込めない。


 ヘドロが取り込めない悪夢再び。


 何度手をかざして「しまえ!」と念じても取り込めない。


「取り込めませんか?」


「ええ、ビクともしません」


 なにか縛るものをと探していたら、伸びていた筈の男の声がした。


「そりゃそうだろう」


 やべえ!


 もたもたしていたのでワークの目が覚めてしまった。


 俺はすかさず床に転がっている男の短剣をアイテムボックスに取り込み武力の無力化だ。


 だが、奴の片手には新たな短剣が握られていた。


 どうなってるんだ?


 男は高笑いをする。


「俺様はな、お前と同類なんだよ!」


 同類だと?


 何を言っている?


「俺様のジョブは最弱ジョブの商人なんだよ」


 どうやら短剣はワークのアイテムボックスから取り出した物らしい。


「貴族の息子のジョブが最弱の商人だってよ、笑えるだろ!」


 その気持ちは痛いほどわかる。


 おれも召喚されたのに使い物にならない商人だったという理由だけで勇者パーティーから追放された身だからな。


 ワークは滝の様な悔し涙を流す。


「これでも努力はしまくったんだ。毎日毎日MP回復のエーテルを飲み続けてアイテムボックスのスキルレベルを鍛えまくったんだ! それでどうなったと思う? なんにもならなかったんだよ!」


 ワークは姉であるアイラさんを睨みつける。


「どんなに努力しても生まれながらのスキルに恵まれた姉の足元にも及ばなかったんだよ、笑えるだろ?」


 ワークは血の滲む努力を長年続けたのに報われなかったらしい。


「本来、家を継ぐのは男のはずなのに女に家督を奪われる者の気持ちがわかるか?」


 家柄なんて関係のない庶民の家系なので家督とかはサッパリだが、元真の勇者で追放された俺にはその気持ちがなんとなくわかる。


 ワークは短剣を握りしめたまま、話を更に続ける。


「だがな、ある時とある商人の噂を聞いたんだ。一人でベアウルフを5頭も狩った男の話をな」


 それって俺じゃん。


「それを聞いて俺様も一念発起してヘビーメタルゴーレムの狩りに挑んだんだ。だがな、お前らも知ってるようにこのざまさ。討伐失敗の証拠隠滅をするために冒険者にヘビーメタルゴーレムをなすり付けたら、助けた奴がいて全員生還だと? 俺様の失態が街中に知れ渡るとか、あり得ねぇ!」


 短剣を固く握りしめるワーク。


「タナオカ! てめーがこの街に現れなければ俺様はこんな目に遭うことは無かったんだ!」


 さすがにそれは八つ当たりじゃね?


 俺もアイラさんもドン引きだ。


 こうなれば奴を取り込んでやる。


 ワークの目の前に手をかざして……「しまえ」!


 だが、ワークは取り込まれることなくピンピンしている。


 そういえばこいつの取り込みが出来なかったんだ。


 なんでなんだ?


「ふふふ。お前は俺様には絶対に勝てない!」


 ワークはそう勝ち誇った。


「なんで言い切れる?」


「俺様には見えるんだ。お前のアイテムボックスのスキルレベルがな!」


 こいつも鑑定を持ってるのか。


 ジョブが商人ならアイテムボックスと鑑定を持っているのは想定内。


 でも鑑定しただけで勝てないとなんで言い切れる?


「冥途の土産に教えてやろう。タナオカのアイテムボックスのスキルレベルは2、俺様のスキルレベルは3だ。アイテムボックススキルはな自分よりもスキルランクの高い物の取り込みは出来ねーんだよ!」


 マジか?


 そんな糞な追加設定があるなんて聞いてねーぞ!


 どこの後出しジャンケンのクソゲーだよ!


 どうりでワークを取り込めなかったわけだ。


「ふふふ。てめーを俺様のアイテムボックスの中に取り込んでやる。一生闇の中で過ごすがいい!」


 ワークは手を広げて俺をアイテムボックスに取り込む。


「しまえ!」


「うぎゃー!」


 抵抗空しく俺はワークのアイテムボックスの中に収納されてしまったのだ。

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