領主

 首を洗ってやって来た領主の館は荘厳であった。


 まるで神殿を思い起こされるような館。


 それが街一番の高台に鎮座していたのだ。


 俺が丘の道を上り屋敷に近づくと向こうから執事の様なおっさんが現れた。


 警察官が職務質問するように目の前を遮られた。


「どちらへ御用ですか?」


「棚岡と申します。領主様に呼ばれたのでやって来ました」


「ほほう。その身なりで領主様の謁見にやってこられたのですか……」


 冒険者の着る装備のまんまだったので泥棒とでも思ったんだろう。


 執事の目が細められる。


 まあ、こんな薄汚い格好で来た俺も悪いんだけど、クリムさんのとこから直に来たので着替える時間なんてなかったのを理解して欲しい。


「招待状は持っていますか?」


「そんなもの無いけど?」


「ではお聞きしますが領主様のお名前は?」


 そんなの知らねーよ。


 いままで領主とだけ聞いていて名前なんて一言も出てなかったし。


 俺が困り果てていると屋敷から速足で別の執事がやって来た。


「冒険者のタナオカさんですね?」


「はい」


「では、こちらに」


 俺は執事になんの用で呼びつけたのか聞いてみたが「領主様にお聞きください」と言ったきりずっと無言のままでなにも話してくれなかった。


 そりゃな。


 俺を取っ捕まえてファーレシアに送り返すんじゃ、余計なことを言ったらボロが出るからなにも言えないわな。


 案内されたのは豪華な部屋で、とっても長いテーブルの端に座るように勧められた。


 多分向かいに領主が座るんだろうけど、ここ迄離れた場所に座るってことは相当警戒されているな。


 まあアイテムボックスなら余裕で取り込める距離だから心配はない。


 5分ぐらい待っていると、どこかで見た気のする女の子が現れ俺の横に立つ。


「タナオカ様ですね」


「棚岡です」


「冒険者だったのを突き止めるまで非常に苦労しました。でも、そのあとはかなりの数の噂を聞きましたよ」


 女の子はこの街に来てすぐの頃チンピラに絡まれていたところを助けた少女だった。


 あの少女はもしかして領主の娘だったの?


 人助けはしておくものだね。


 それにしても、なんだよその噂って。


 きっとギルド長のリーダさんがあることないこと面白おかしく吹き込んだんだろうな。


「アイラと申します。以前街でマリエッタ共々助けてくださいまして本当にありがとうございました」


 俺がこの少女を助けた事でお礼を言うために呼ばれた?


 それなら、この少女に恩を売って領主に話を付けて貰えばファーレシアに身柄を引き渡されることもなく助かるかもしれない。


 ニケさんとの恋のため、なんとしてでもファーレシアに送り返されることだけは避けねば。


 俺は陰キャとして出来る限るのフレンドリーさを装って話し掛ける。


「もしかして、この前アイラちゃんを助けた事のお礼ですか?」


「ええ。あの時助けて貰わなければ今頃わたくしの命はなく、ここには居なかったかもしれません」


 すごく大げさだな。


 さすがにナンパされたからって、そのあとバラバラにされて埋められるとか聞いたことないし。


 世間知らずの箱入り娘なお嬢様なのかもしれない。


 でもまあ、仲間になって貰うためにもここは恩を売っておいた方がいいな。


「あの危険な状況でお怪我もなくご無事でなによりです」


「本当にありがとうございます」


「ところで、今日はご領主様に呼ばれたのですが、アイラちゃんはどのような用件で呼ばれたのかご存じですか?」


「その件ですね」


 少女はパチンと指を鳴らす。


 するとメイドがドアを開けてワゴンを持ってきた。


 このメイドさんには見覚えがある。


 たしかアイラちゃんがチンピラに襲われてるときに一緒に居た女の子だ。


 ワゴンに掛けられた布が取り払われるとそこには金貨の山が載せられていた。


 たぶん金貨1000枚ぐらい、1億ゴルダぐらいありそう。


「これをお礼に受け取ってください」


「え? こんな大金、受け取れませんよ。いったいなんのお礼なんですか?」


 こんな大金のお礼をされるなんて、全く心当たりがないんだけど?


 もしかしてナンパから助けた事のお礼?


 さすがにそれは多過ぎないか?


 俺はファーレシア送りから逃れられればそれでいいんだけど。


「この額だとナンパからアイラちゃんを助けた事のお礼にしては多すぎます」


 するとアイラちゃんがきょとんとした顔をする。


「覚えていらっしゃいませんか? 冥洞窟のゴーレムから大勢の冒険者を救ってくれた件です」


「覚えていますが、それだけでこれほどのお礼ですか?」


「治療にあたった大神官様への多額な報酬の事も聞いています」


 さすがに元勇者として当たり前のことをしただけなのにこの報酬は多すぎる。


「それだけではなく、口止め料も含めての額です」


 なんでも、あの時のゴーレム事件を引き起こしたのはアイラちゃんの弟のワークだったらしい。


 功を急いだアイラちゃんの弟のワークは勝てない相手に手を出して多くの冒険者を巻き込んだという。


「タナオカ様が被害者たちを助けた事であの事件のワークの失態が明るみに出て、姉であるわたくしが今は無き領主であった父上の第一継承権を得られました」


「ということは……アイラちゃんは……」


「わたくしがエストの街の新領主です」


「なっ! 領主様だったんですか」


「はい。まだ成人前なので仮ではありますが……」


 俺は満面の笑みのアイラちゃん、いやアイラ様に頭を下げた。


 やべーよ。


 領主相手にタメ口で『ちゃん』付で呼んでたなんて。


 江戸時代だったら即獄門打ち首か島流しファーレシア送りじゃねーか!


「領主様相手にタメ口で話していてすいませんでした!」


「いいのですよ、タナオカお兄ちゃん。これからもわたくしの事はアイラちゃんと呼んでください」


 そう言ってアイラちゃんは抱き着いて顔を胸にうずめてきた。


 *


 話をまとめるとこうだった。


 モンスターの襲撃で不慮の死を遂げたエストの街の領主であるアイラちゃんのお父さんとお母さん。


 領主の席が空いたその後ろでは姉と弟の跡目争いが起きていたそうだ。


 本来なら男である弟が成人した時点で継承権を得る予定だったが、そこに起こった不慮の事故。


 現時点の継承権は姉のアイラの方が高い上に聡明で市民からの評判も良く領主の継承を望まれていた。


 一方アイラは女性であることで結婚相手が新たな領主となることで継承を疑問視する声が上がる。


 一方、弟のワークは現時点の継承権はアイラの次である。


 性別的な問題はない上に傀儡として商人たちに推されていたが、貴族の身分を振りかざして悪さばかしていていたので市民たちにはあまり評判が良くなかった。


 このままではアイラに領主の地位を取られかねないと焦ったワークはレアモンスターを倒して功績を上げようとしたが逆に返り討ちされ逃走することに。


 その結果、多くの冒険者を巻き込む惨事を起こした。


 俺が助けなければ冒険者が全滅しあの事件は闇に葬り去られるところだった。


 この事件によりワークの継承権は白紙となり、アイラが成人となると同時に正式に領主を継承することとなった。


 また、弟派はチンピラを使い姉の誘拐を企てたそうだ。


 俺が出くわしたのはナンパではなくガチの誘拐だった。


 あのまま連れ去られていたら、アイラちゃんは今頃どうなっていたのかわからなかったそう。


 なんていうか、アイラちゃんにしたら俺は感謝してもしつくせない救世主みたいな物らしい。


 *


 アイラちゃんはボソッと言う。


「アイラと結婚してくれませんか?」


 えっ?


 こんな可愛い子と結婚とか嬉しすぎるんだけど!


 それにしてもこんなさえない男となんで結婚したいんだ?


「それは強いからですわ。タナオカお兄ちゃんはアイラを助けてくれた恩人です。その力で領主になったばかりで、か弱いアイラを助けて欲しいのです」


 ニケさんも、王女もそんなこと言っていたな。


 この世界じゃ強ければモテる。


 日本だとイケメンと金がある奴がモテててた。


 あと、強い奴……って日本も異世界も全く同じじゃねーか!


 陰キャでモテない君の俺がモテの世界に関わってなかっただけじゃねーか。


 でもな、俺には既に心に決めた人が……アイラちゃんごめん。


「いやいやいや、ダメです! もう僕には心に決めた人が居るので……」


「残念です」


「一つだけお願いを聞いていただけないでしょうか?」


「アイラ、タナオカお兄ちゃんのためなら、なんでもしますよ。キスでもなんでも……」


 服のボタンを外し始めたアイラちゃんを俺は全力で止める。


「そ、そんなことじゃありません」


「残念です」


「実は俺、隣国のファーレシアから逃亡してきたのですが俺を亡き者にしようと追手が迫ってきているのです。もちろん悪いことなんてしてませんよ。良ければ力を貸していただければ……要するにファーレシアに身柄引きを渡さないで欲しいのです」


「大恩人のタナオカお兄ちゃんにそんなことをする訳ないじゃないですか」


 アイラちゃんはふんと鼻を鳴らす。


「お兄ちゃんに酷いことをする国なんて宣戦布告して潰します!」


 ちょっと待った!


 一地方都市が、国家相手に戦争仕掛けちゃダメでしょ!


 そんなことしたら絶対に負けるし、国家間の大戦争に発展するから!


 俺はアイラちゃんを全力で止めた。


「わかりました。戦争は仕掛けませんから、また遊びに来てくださいね」


 こうして領主との問題を解決した俺だった。


 だがこの時、俺はアイラちゃんの張り巡らせた蜘蛛の糸に絡められているのを知らなかった。

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