シルマインの休日

 護衛依頼の往路は荷物を積んでないのもあって、特に野盗に襲われるようなトラブルもなく昼前に目的地の鉱山街シルマインに到着して終わった。


 さすがに荷馬車が空と解っている商隊を襲うほど野盗はバカではない。


 エストの街への復路は明日の朝から戻ることになり、今日半日は馬車への荷物の積み込みで護衛は半日の休息日となる。


 休みが出来たせいかニケさんはすこぶる機嫌がいい。


 やる気満々なニケさん。


「今日は休みなのでタナオカさんに美味しい料理を作って待っているね」


 えっ? ちょっ! マジ?


 ニケさん、なにを言い出してるの?


 また料理を作る気なの?


 マジで?


 俺、死にたくないんだけど!


 ニケさんは顔も身体も性格も最高である。


 でも唯一の欠点が料理だ。


 どうやればあの普通の食材でベアウルフをも倒せそうな毒物系刺激物な料理を作れるのかが謎である。


 流石に次に食ったら確実に命が無いのでおたまを持ってやる気満々なニケさんを全力で止めた。


「ごめんニケさん。今日はこの街で交易の商材を探すからニケさんにも是非とも手伝って欲しい」


「交易?」


「このシルマインの街で安く売られている生産品や素材を仕入れてエストの街で売りたいんだ。ニケさんにはどの商品がエストの街より安く売られているか教えて欲しいんだよね」


 言い方は悪いけど日本でいうと転売屋みたいなものだ。


 安く買って高く売る。


 ただ、交易が転売屋と決定的に違うのは相場より高く売るようなことをせずに、相場よりも安く売るのが交易だ。


 相場よりも高くちゃ売れないしな、あくまでも消費者の味方なのである。


 俺がニケさんに仕事を頼むと頼られるのが嬉しいみたいで大喜び。


「タナオカさんの役に立ててうれしいよ。ニケ、頑張るからね!」


 ニケさんは買い出しをデートのように喜び俺の手を引っ張って市場に駆け出した。


 *


 市場に来てみたものの、どうやらエストの町に比べて物価が高いみたいだ。


 食品、衣料、薬品、全てがエストの街の1.5倍ぐらいの値段がする。


 果物屋の店主が知ったかな顔をした。


「そりゃそうだよ。シルマインは畑どころか川もない鉱山に出来た街が始まりさ。この街で取れる鉱石やインゴッド以外は全部他の他の街から運び込まれたものだから高くて当然なのさ」


 この街に来るときに商材を持ち込めば良かったんだな。


 でも、それは難しいと店主が言う。


「そんなに大きな街じゃないから、大量に商材を持ち込めばすぐに在庫がタブついて大きく値崩れをする。販売ルート迄確保していないとこの街の行商で成功するのは難しいと思うぞ」


 需要と供給の関係か。


 元々少ない需要に合わせた少ない供給。


 このバランスが崩れるので交易は難しいという話か。


「どうしても稼ぎたいっていうならこの街の名産品の武器でも買って鍛冶屋の無い街で売るのが一番だと思うな」


 なるほどね。


 アドバイス通り武器でも買いに行きますか。


 *


 ニケさんと訪れた武器屋。


 武器屋に来るなんてデートっぽくないとボヤいてガッカリしている。


 でも俺は違う。


 武器屋を覗いているととんでもないものを見つけたのだ。


 500ゴルダの短剣だ。


 RPG価格の100ゴルダとはいかないけどめちゃくちゃ安い!


 遂に最安武器の短剣のご登場だ。


「ニケさん、この短剣安いと思いません? エストの街で短剣を買ったことがあるんですが5000ゴルダもしたんです。その短剣が500ゴルダですよ! エストの街で1本買うとシルマインでは10本も買えちゃうんですよ。めちゃくちゃ安いです」


 短剣を手にしたニケさんは軽く素振りをするがあまり喜んでいなかった。


「値段相応かな?」


「えっ? この短剣はダメなんです?」


「ダメって訳じゃないけど、これは客寄せ用の特価品で戦闘には向かないよ。ほら、ここを見て」


 ニケさんは俺に短剣の柄の部分を見せる。


「木のグリップに薄くて短い剣身を差し込んであるだけでしょ? 軽いから初心者が扱うのにはいいけど、敵によっては固い鱗で攻撃を弾かれるよ」


 ちょっと見ただけでそんなこともわかるんだ。


 ニケさん凄いな。


「物心つく頃からずっと冒険者をやってるしね。武器の見立てはお兄さんに教えて貰ったんだ」


 ニケさんの言うお兄さんとは、アレスさんではなく既に亡くなった血を分けた実の兄の事だろう。


 嫌な事を思い出させてしまった。


 ニケさんは別の短剣を指さす。


「私ならこの店にある中で一番いいこれを選ぶな」


 そう言ってニケさんが選んだのは15万ゴルダの短剣だった。


 ちょっとお高いけど質実剛健で飾りっけは無い分、切れ味は良さそう。


「これは凄いよ。剣身が厚いし、グリップも剣身と一体化の削り出しだし、このぐらいの短剣ならベアウルフの毛皮も一突きで弾かれずに戦えるね。わたしもこんな短剣を使ってみたいよ」


 子どもがおもちゃを貰ったかのように目を輝かせて短剣を素振りするニケさん。


 短剣に頬ずり迄してとても嬉しそうだ。


 こんな笑顔が見れるなら、金なんて惜しくない。


「じゃあ、買い出しに付き合ってくれたお礼にそれを買ってあげます」


「いいの? 結構高いよ?」


 よっぽど嬉しいのか遠慮なんてしないし、俺もさせない。


「うん。ニケさんが喜んでくれるなら俺も嬉しいし」


「ありがとう!」


 店員に見られているのに思いっきり抱き着かれた。


 短剣は2本で30万ゴルダだったけど、手持ちの資金が200万ゴルダ残っていたので特に問題は無い。


 ニケさんの笑顔はプライスレスなのだ。


「似合う?」と言って左右の腰に下げた短剣を見せるニケさんがかわいい。


 武器の交易をしようと思ったけど、まだまだ見立てが出来ないようなので今日は諦めて無難なインゴッドの仕入れをすることにした。


 鍛冶屋に行き150万ゴルダで馬車2台分の鉄のインゴッドを購入。


 親方は品質に自信ありげだ。


「ガハハハ! これだけ純度の高い鉄インゴッドはこの街の他の工房じゃ作ってねーからな、実質世界一の鉄インゴッドだ」


 アイテムボックスに入れているとスキル取得の天の声が聞こえた。


 ――総収納重量が10000キロルを超えました。


 ――大収納の称号を取得し、収納容量が2倍に増えました。


 今でさえ実質無尽蔵な収納容量なのにさらに増えても実感がわかない。


 実質的になんにも変わってない気がするが気にしない。


 *


 仕入れを終えた俺たちは日が暮れてきたので宿に向かう。


 ニケさんは市場の前で足を止めた。


「今度は私の番ね。ちょっとここで待ってて」


 ニケさんは市場に消えると小さなカップを手にしていた。


「短剣を買ってくれたお礼です」


 手にしていたのはアイスのようだ。


 一日中歩き回っていてちょうど喉が渇いていたから嬉しい。


 ニケさんは俺の口にスプーンを寄せる。


「あーんして」


「あーん?」


「お礼にアイスを食べさせてあげます」


 えっ?


「仲のいい恋人はなにかのご褒美にアイスとかを食べさせてあげるって聞いたんだけど、違った?」


 違わないと思うけど、なにそのリア充カップルイベントは!


 少なくとも俺の住んでいた日本ではアニメやマンガなんかの創作物以外で見たことも聞いたこともない、都市伝説レベルの激レアイベントだ。


 こんな激レアイベントが起きるなんて、俺、幸せ過ぎて明日にでも死ぬんじゃね?


 ニケさんは俺にアイスを食べさせる為にさらにスプーンを近づける。


「あーん!」


 俺が口を開けると、ニケさんがスプーンを口の中に滑り込ませてきた。


 ひんやりとした感触とさわやかな果実の匂いが口の中に広がる。


 口の中はひんやりとしたのに、顔は茹で上がるほど熱くなる。


 なんでなんだろうね?


 恋人にアイスを食べさせて貰っている俺ってガチのリア充じゃね?


 異世界最高!


 リア充最高!


 だが、俺のリア充イベントはまだ終わらない。


 リア充イベントはさらなる牙を剥いた!


「じゃあ、今度は私に食べさせて」


 えっ?


 マジ?


 それって、俺の食べたスプーンでニケさんに食べさせるんでしょ?


 間接キッスじゃん!


 いいのかよ?


 俺が戸惑っているとニケさんが目を瞑って催促してくる。


「はやくー! あーん!」


 ここは選択肢を迷っている場面ではない。


 この選択肢でバッドエンドが待っているとしても選ばなければ絶対に後悔だ。


 行きます!


 このタナオカ、誠心誠意リア充イベントを完遂させてもらいます!


 俺はニケさんの口にアイスを運び入れる。


 ニケさんはスプーンを咥えてほほ笑んだ。


「えへへへ、これで恋人として一層仲が深まりましたね」


「おおう」


 周りでバカップルを見ていた仕事帰りの市場の店主たちが茶化してきた。


「兄ちゃんたち熱いな!」


「こっち迄照れちまうぜ!」


 彼女が出来たとしても人前で醜態を晒すバカップルにだけはならないと陰キャな俺は誓っていたが、ニケさんの魅力の前では無駄な決意であった。


 俺は店主たちに平謝りをする


「す、すいません、お騒がせしてすいません」


「謝んなって。兄ちゃんたちを見ていたら若いころの初々しい母ちゃんを思い出しちまったよ。あの頃は俺も母ちゃんも若かったな。ガハハハ」


 それを聞いた周りのおっさんたちもそれを聞いて笑っていた。


 恥ずかしさで逃げるようにその場を去る俺たち。


 こうしてニケさんとの初めての買い出し、いやデートの一日は無事に終わったのであった。

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