いきなり冒険者
森を抜けてやって来たのは隣国の小都市エストの街。
街に入るには入国料として七日で三千五百ゴルダも掛かった。
一日五百ゴルダだ。
ちなみに一日だけだと千ゴルダと更に割高になる。
街に入るだけで全財産のおよそ三分の一が吹っ飛ぶ事になった。
衛兵が言うにはこの街の冒険者ギルドに登録して働けば住民扱いになってそれ以降の入国料は掛からないらしい。
王女にいかがわしい事をした罪で、俺の似顔絵付きの手配書が回ってるんじゃないかとビクビクしながら街への門をくぐったが止められる事は無かった。
やはりアウマフ王女擁護一派だけの問題。
さすがに王女とのスキャンダルを公にされることはなく、隣の国まで手配書が配られる事は無かった様だ。
俺はほっと息を吐き、金を稼ぐ為に早速冒険者ギルドへと向かう。
既に残りの全財産は六千五百ゴルダ。
これで宿屋に泊まって夕飯と朝飯を食べたら無一文になってしまう。
冒険者ギルドの受付のお姉ちゃんにギルドの登録をお願いしたら銀貨十枚、つまり一万ゴルダを要求された。
これから金を稼ごうとしてる貧乏人がそんな大金払える訳がないだろ。
「俺はこれから金を稼ごうとしてる初心者冒険者だぞ! 一万ゴルダみたいな大金持ってる訳が無いから! ツケ、いやタダにしてくれ!」
「そう言われましても規則ですから払って貰えないとギルドの加入は出来ません」
「そこを何とか!」
土下座して大声で泣きまねをしてたら、お姉さんは呆れ返ったのか現実的な提案をして来た。
ギルドに常設依頼の出ている『ウサギ捕獲』を今回だけ特別にギルド加入前に依頼を受ける事を認め、ウサギを十匹持って来たならその報酬の一万ゴルダでギルドの登録をしてくれる事になった。
ウサギ捕獲か。
十匹捕まえるだけなんてアイテムボックススキル持ちの俺には楽勝だな。
俺は街の外の草原に行くと次々にウサギを捕まえる。
近寄らなくても遠距離から手をかざすだけで捕まえられるので逃げられる事は無い。
十分も掛からずに依頼の十匹を捕まえたので冒険者ギルドに戻った。
あまりにも早く戻ったのでお姉さんは驚いていた。
「随分早かったですね。忘れ物ですか? それとも依頼の辞退ですか?」
「依頼が終わったんで帰って来ました。さあウサギを受け取ってください」
「嘘じゃ無いですよね? 少し早すぎる気がするんですが? もしかして数日前に捕まえた腐りかけのウサギですか? 食用ですから新鮮な物しか受け取る事は出来ませんから!」
「今取って来たばかりなんだから新鮮に決まってるだろ」
俺はお姉さんの座るカウンターにウサギ十匹を出した。
カウンターにウサギが十匹ちょこんと載ると、ぴょーん!と跳ねて一斉に逃げてどこかに消えた。
「新鮮だったろ?」
「新鮮でしたね。でも逃げちゃいましたね」
「逃げたけど、納品した後だからそっちの責任だし俺知らない」
「な、なに言ってるんですか! あんな生きたままのウサギの納品なんて私は聞いた事有りません! あんなもの受け付けられませんから!」
ブチ切れるお姉さん、俺も負けずにブチ切れる。
屁理屈同士の殴り合い、ここは一歩でも引いたら負けだ。
「なに言ってるんだよ! 俺が依頼受けた時にウサギ十匹持って来いって言っただけじゃ無いか! ウサギの死体を納品しろなんて一言も言ってなかっただろ!」
「ウサギは死んだ物を納品するのが普通なんです!」
「そんなもん説明もしてないのに普通もへったくれも無いだろ! 俺がこれから冒険者になるのを知っててちゃんと説明しなかったそっちの不手際じゃないか! そんな事を客の責任にするってどんだけ性根が腐ってるブラック企業なんだよ!」
「ブラックなんとかって聞いた事ない言葉でなに言ってるかよく解りませんが、バカにしてるのは解ったので凄くムカついてきました。あんたみたいな人は私の目が黒い内はこの冒険者ギルドに絶対に登録しませんから!」
「あっ! 汚ね! ウサギを逃がした事を誤魔化すために俺のギルド出入り禁止かよ! ひでーな! おい!」
俺達がウサギ十匹の弁償問題と言う魂の
どう見ても俺より歳下だけど、俺より歳上のカウンターのお姉ちゃんはその子に敬語で話す。
「ギルド長! 助けて下さい! 変な冒険者に絡まれて大変なんです!」
どうやらこの少女がギルドの長らしい。
異世界だから女の子がギルド長とかなんでもありだな。
俺はギルド長に部下の不手際を訴える。
「なに言ってるんだよ! なにが変な冒険者だよ! 完全にそっちの不手際じゃ無いか! 殺したウサギの納品なんて一言も言わなかったのに、殺してから納品しないと金を払わないとか後出しで条件付けて来るし! しかも納品したウサギを逃がすし! 俺はちゃんとウサギを納品したんだから報酬を支払ってギルドに登録してくれ!」
すると女の子はうんざりした感じで指示を出す。
「解った。解ったからそんな大声で騒ぐな! こいつをギルドに登録してやれ」
「いいんですか? ギルド長!」
「いい。構わないから登録してやれ。うるさくてたまらん!」
「解りました。不本意ですがギルド長の意向なら仕方ないですね。登録します」
勝った!
俺の正義が勝った!
俺はすかさずマウントを取る。
これから仕事をするうえでハッキリとこの受付嬢より立場が上だと覚え込ませるのだ!
「最初から素直に登録すりゃいいんだよ! 手間掛けさせやがって! この糞アマが!」
するとギルド長の少女の目が怪しく光った。
ハムスターならその視線だけでショック死させられそうな鋭い眼光だった。
「ここは私が引いてやる。だがな兄ちゃん! 私のギルドに喧嘩を売ったんだ。ただでは済ませないからな」
「ど、どうするんだよ? ぼ、ボコるのか?」
「そんな事はしない。兄ちゃんが無理を通した通りにしてやろうじゃないか。金輪際、兄ちゃんの納品依頼は生きてるのしか受け付けないから! ワイバーンもレッドドラゴンも生きたのしか受け付けないから! 土下座して謝る迄絶対に許してやらないから! せいぜい苦しめよ!」
勝ち誇ったように踏ん反り返って高笑いをする少女。
ムカつく!
マジでムカつく!
こうなったら俺も絶対引かねー!
売られた喧嘩は買ってやる!
俺はクエスト依頼のボードから納品クエストのカードを引っ剥がして、少女の鼻先に突き付けてやった!
「これ受けるから!」
依頼票をみた少女の顔が青ざめる。
「ほ、本当にこれを受けるのか? いいのか? こんなの受けたら死ぬぞ!」
「テメーから売って来た喧嘩じゃ無いか! ああ、買ってやるさ! 買ってやるよ!」
気迫に押されて少女はビビっている。
俺の勝ちだな!
俺は勝利を確信した。
なにが勝利なのかよく解らんが。
でも少女も引かなかった。
鼻先を突き合わせてメンチを切りまくる!
「いい根性してるじゃ無いか! やれるもんならやってみろ!」
「ギルド長、本当にいいんですか?」
「ああ、構わない! 本来はBランク冒険者八人パーティー向けの依頼を一人で受けたいってバカな事を言ってるんだ。それを受けて死んでもこいつの責任だ! 構わず依頼の受領票を発行しろ!」
「では依頼の発行します! 常設依頼ベアウルフ五匹の納品! 発行します!」
「ははは、せいぜい苦しめ!」
「納品だ! 喰らえ!」
「「「えっ?」」」
ギルドのカウンターの奥を目がけてアイテムボックスから出したベアウルフ五匹を叩きつけてやった!
まるで悪徳判事に証拠を叩きつける弁護士のようにな!
さすが獲れたてで生きのいいベアウルフ!
五匹は縦横無尽に駆け回りカウンター内を蹂躙し始めた!
阿鼻叫喚の地獄絵図がカウンター内で展開された。
「ぎえー!! たすけてー!」
「うぎゃー!!」
「うぎょー!」
その後、二桁を超える数のAランク冒険者が助けに入ったので怪我人は無くベアウルフは討伐された。
ギルド長と受付嬢は土下座をして俺に詫びたので許してやる事にした。
なんと心が広いんだろう、俺!
俺は自分の寛大さに惚れ惚れした。
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