第22話


 気づけば、俺は彼女と唇を重ねていた。


 あれだけ拒んだことなのに、自分でもバカバカしいと思う。でも、今は目の前にいる愛しい彼女を抱きしめたいと思った。


 俺の唇を受け入れてくれた宮崎と何度も何度もキスを繰り返した。


「……中野」


「宮崎……」


 内側から溢れる感情が抑えられない。

 それは多分宮崎の方も同じなんだと思う。二人して見つめ合って、思っていることは同じで、言葉にせずとも伝わってくる。


 俺達は場所を移した。

 こんなことを言うのも何だけど、寛子さんのおかげでこの辺のラブホについて詳しくなってしまった。


 なので、ここからならどこが近いかなども何となく分かってしまう自分がおかしく思えてしまう。


 ホテルに向かい、部屋に入る。

 その瞬間に縛っていた鎖が解かれたように俺達は抱き合った。

 荷物を置いて、ベッドに倒れて、そしてお互いを求め合うように唇を重ねて、舌を絡めた。


 宮崎を感じるのはいつぶりだろう。

 そんなことはどうでもいいのに、嬉しくてつい考えてしまう。俺は彼女との行為一つ一つを噛みしめるように行う。


 宮崎が俺の制服のボタンを一つずつ外していく。上半身を脱がされた俺はお返しと言わんばかりに彼女の服を脱がす。


 シンプルイズベストと言う感じの白いブラジャーが露出した。


「こんなことになると思わなくて、今日のは可愛くないから……あんまり見ないで」


 そう言いながら恥ずかしそうに身を捩る。


「そんなことないよ。可愛い」


「中野……」


 俺が言うと彼女は嬉しそうに顔を綻ばせる。そんな些細なことでさえ、嬉しく感じてしまう。


 ホックを外して、ブラジャーも脱がせてしまうと、大きな胸が全て見える。


「電気、消した方がいいか?」


 宮崎は暗いところですることを好んでいた。自分の顔や体をまじまじと見られることを嫌がっていた。


 しかし、俺の言葉に宮崎は首を横に振る。


「ううん。大丈夫」


「そっか」


 俺がそっと彼女の胸に触れると「んっ」と小さな声を漏らす。ぴくりと揺れる体は徐々に物欲しそうにこちらに委ねられてくる。


「宮崎……」


 俺は彼女の目を見つめながらその名前を呼ぶ。

 すると宮崎は、瞳を揺らしながら小さな声で遠慮がちに言う。


「紗弥加って呼んで?」


「え」


 俺が短く聞き返すと、彼女はそのまま俺を押し倒し、上に乗っかかってくる。


「彼女なんだもん……名前で呼んで? 翔太」


 照れくさそうに言う。

 改めて呼び方を変えるというのは確かに恥ずかしいというか、照れてしまうがこれはいい機会か。


 どんな些細なことでも、俺達は結ばれたのだという事実を感じたいのだろう。

 それは俺も同じだ。


「紗弥加……」


「翔太」


 そして。

 俺達は体を重ねる。


 そのまま倒れてきた紗弥加と唇を重ねる。互いの存在を確かめ合うように何度も何度も。


 俺達は、愛を確かめ合うセックスをした。

 歪んで、歪んで、壊れて、離れて、そんなことを繰り返して、ようやく掴んだ幸せ。


 それを噛みしめるように、俺達は何度も体を重ねた。我慢することはせず、お互いに全てをぶつけた。


 このセックスは今までのどれとも違う。

 好きな人との、恋人としてのセックスは、今までのどれよりも気持ちよくて、心地よいものだった。


 ―――。


 ――――――。


 ―――――――――。


 ホテルでお互いの愛を確かめ合った俺達は帰路につく。

 外に出たときには日は沈み、辺りは暗くなっていた。


 二人並んで、この時間を惜しむようにゆっくりと歩く。


「ねえ、翔太」


 そんな帰り道、紗弥加が俺の名前を呼ぶ。


「なに?」


「翔太はいつから私のこと好きだったの?」


「急に何さ」


「何となく。聞きたくなって」


 俺は少しだけ考える。

 改めていつからだと聞かれても俺もその辺は曖昧だったからな。最初は小さくて、触れれば壊れてしまいそうな彼女を助けたいと思ってて、でもその気持ちはいつの間にか変わってた。


「いつの間にか、かな」


「なにそれ」


「お前こそどうなんだよ?」


「私?」


 俺が聞き返すと、紗弥加は「んー」と唸る。

 真剣に悩んでいるのか、その表情はだんだんと険しいものへと変わっていく。

 そんな難しい質問か? これ。


「翔太と仲良くなって、いろいろ相談とかして慰めてもらったりして、その時にはもう心地よさというか、安心感のようなものはあったんだよね」


「はあ」


「でもそれは、こんなこと言っちゃなんだけど依存先に対する感情でしかないも思ってた。健吾に感じていた気持ちとは明らかに違ってたからね」


 そう改めて比べられるとちょっと凹んだり。

 まあ今となっては過ぎた話だし、そんな話にいちいち振り回されたりはしない。


「それで、健吾と付き合って……どきどきはしたけど、そこに安心感とかそういうのはなかった。健吾は健吾で特別だったけど、私の中では翔太は確かに特別だった」


 紗弥加は言いながら、空を見上げる。

 その横顔を見てみるが、感情は上手く読み取れない。


「何を言っても言い訳にしかならないけど、私が欲しかったのは波乱万丈なハラハラどきどきライフじゃなくて、ゆったりのんびりな安心ライフだったんじゃないかな? おかげで、今は気分がいいよ」


「……そっか」


 結局。

 とどのつまりは。

 物事はやってみなければ分からない、ということか。


 俺も、紗弥加も、いろんなことを経験してきたからこそ、この未来に辿り着いたのだ。多分、そのどれもが欠けてもここには来れなかった。


 怖がらずに踏み込んでみる。

 それが大事なんだよな。


「ところで翔太。随分と上手くなってた気がするけど?」


 何となくしんみりした空気になり、それがこそばゆかったのか、紗弥加がいたずらな笑顔を浮かべながらそんなことを言ってきた。


「……それはこちらのセリフですが」


 なので、俺もそんな調子で言い返す。


 その時には、いつも通りの俺達に戻っていた。

 冗談を言い合って、他愛ない話に花を咲かせるいつもの時間。いつの間にかなくなっていたこの時間が大切なんだと、改めて思わされる。


「そりゃ、いろいろと経験しましたから」


「……俺も似たようなもんです」


「え、翔太も彼女いたの!?」


 彼女じゃないんだよなあ。

 もう彼女ってことにしとこうかな。どうせ紗弥加と寛子さんが会うことなんてないんだし。


 セフレがいたなんて知れたら……。


「彼女じゃないよ」


「え、それってまさかセフレ」


「まあ……そんな感じ」


 改めて言われると恥ずかしいというか、何か気まずいな。俺はバツが悪くなって視線を逸らす。


「いつの間にそんなプレイボーイになってたの?」


「お前を忘れるために仕方なく」


 これ以上、深堀りされても困るので、俺は最終手段とも取れるセリフを発動した。


「う……」


 こう言えば彼女は何も言い返せない。それを知りながら言い訳に使うのは卑怯だろうか。


「でも、そのおかげで俺は今ここにいるんだ」


「え?」


「俺の背中を押してくれたのもその人だから。確かにセフレっていう関係で、きっかけはセックスだったけど、あの人は俺に大切なことを教えてくれた大事な人なんだよ」


 もう会うこともないのかもしれない。

 でも俺は寛子さんのことを忘れない。


「そっか。その大切なことって言うのが、女の子の悦ばせ方じゃないことを祈っておこうかな」


「お前……」


「なんてね」


 そう言って、紗弥加はにししっと笑う。


「その人に仕込まれたおかげで私はすごく気持ちよかったわけだし、そういうことなら私もその人に感謝しようかな?」


「やめろよ。その理論だと俺は須川に感謝しなきゃいけなくなる」


 そんな話をしながら、二人して笑い合う。


 普通とは違う関係を築いて。

 それを歪めてしまって。

 ついにはそれを壊して。


 だけど。

 俺達は今、こうして笑顔でいる。

 だったら、それはきっと間違いではなかったのだと。


 今ならば、そう思える。

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