第21話
どんなことがあっても、明日というのは訪れる。
いろんなものが不平等に与えられるこの世の中で、人々に平等に訪れるのは時間の経過だ。
その日は清々しい朝を迎えた。
自分の気持ちに整理がついて、やることが決まるとここまで見える景色が変わるのか。
不安と恐怖に苛まれていた昨日は視界が暗くてモヤモヤしていたというのに、今日はいつにも増して色が鮮やかに見える。
朝食を取り、学校へと向かう。
宮崎と会うことはなかったが、会わないように時間をズラしたので当然といえば当然だ。
俺は今日、宮崎紗弥加に告白する。
でもそれは朝することではない。放課後にきちんと時間を作ってする。
なので、今会うと少し気まずさがあるから避けたのだ。
そんな思いで学校へと向かう。
教室の中は何だか異様な空気に包まれていた。その異変の原因は何かと探ってみたが、そもそも考えるまでもなかった。
クラスのムードメーカーでもあった、カースト上位のグループが妙にギスギスしている。
つまり須川のグループなのだが、いつもは朝も昼も放課後もふざけて盛り上がって程よい雑音を起こしているがそれがない。
ちらと見てみると男サイドと女サイドが一緒にいない。明らかに何かあった雰囲気があり、それを察して誰も触れない。
原因はおおかた宮崎の一件だろう。
恋愛の縺れというのは人間関係をああも簡単に破壊するものなのか。恐ろしいことこの上ないな。
宮崎は女友達と話している。楽しそうに笑っているが、気持ちの整理はついたのだろうか。
それとも、いつものように無理して合わせているのか。
いずれにしても、俺のやるべきことは一つだ。
俺はスマホを取り出して、宮崎に放課後時間が欲しいというメッセージを送った。
彼女はすぐにメッセージに気づいて、こちらを見てきたので目が合ってしまった。
宮崎は気まずそうに視線を逸らす。
まあ、あんな別れ方したし当然といえば当然のリアクションだな。
ていうか、これ振られたりしないかな? そんなことになれば、あんだけ盛大なお別れをした寛子さんに申し訳が立たないぞ。
いや。
どんな結果でも受け入れる。
俺は今、俺がやるべきことをやるんだ。その選択の末訪れる未来ならどんな未来でも受け入れてやる。
その日はいつもより長く感じた。
そわそわしながら授業を受けて、ふとした時に宮崎の方を見ると彼女もこちらを見ていて目が合って慌てて逸らす。
そんなことを繰り返しながら、ようやく放課後だった。
俺は帰りの準備を済ませて、教室を出る。今ここで一緒に帰るようなことはしない。
事前に待ち合わせ場所は決めているので、先にそこへ向かうことにする。
この辺だと学校の知り合いに見られる恐れがある為、指定した場所は家の最寄り駅から少し歩いたところにある公園だ。
広いわりに子供があまり集まらないことで有名な公園。立地がよくないんだろうな。
山というほどではないが少し坂道を登る必要があるので、ならば近くの適当な公園でいいかという子供が多い。
俺が公園に着くと、予想通り誰もいない。ベンチで待っていたが中々やって来ないので、俺はブランコに乗って揺られながら時間を潰す。
久しぶりに乗るとブランコってわりと楽しかったりする。固定もされずに揺られるというのは普段味わうことのない感覚だ。
そんな感じでブランコの楽しさを懐かしんでいるといつの間にか結構な時間が経っていた。
そして。
「……中野?」
名前を呼ばれた。
最悪だ。
ブランコ楽しんでいるところ見られてしまった。子供っぽいと笑われる恐れがある。
仕方ない、可能な限り澄まして振り返ろう。
「悪いな、急に呼び出しちゃって」
成功だ。
「ううん。その、まさか話してくれると思わなかったから」
「どういう意味?」
「……この前、怒らせちゃったから。もう顔も合わせてくれないかもって思って」
言いながら、宮崎は顔を伏せる。
「別に怒ってはいないよ。ただ驚いたというか、動揺したというか、とにかく一旦落ち着きたかったんだ」
「そう、なんだ……」
ほっと、宮崎は安堵の息を漏らす。
「それで、この二日間いろいろと考えた。これまでのこと、これからのこと、俺の気持ちとか全部ひっくるめて悩みまくった」
「……うん」
「それで、ちゃんと伝えることにした。今の俺の気持ち。だから、ここに来てもらった」
緊張しないはずがない。
心臓はバクバクうるさいし、唇は乾くし、そのくせ手のひらは手汗で湿りまくり。
だって告白だよ?
思い返すまでもなく、俺人生で初告白なんですよ。そりゃ緊張もしますって。
今すぐ帰って吐きたい。
でも、言うって決めたから。
背中を押してもらったから。
だから俺は今ここにいる。
「あの時にも言ったけど、俺ずっとお前のこと好きだった。一緒にいて楽しくて、お前の笑顔見てると俺まで元気になって、だからその顔が曇るのは見てられなかった」
「……うん」
「でもどうしていいのか分からなくて、お前が望むならって、それで元気になるならって、俺はお前を受け入れた。お前が笑ってくれるなら何でもしようって心に決めた」
宮崎は何も言わない。
まっすぐ俺を見ていた顔は次第に下を向き、表情を隠してしまう。
「お前は須川に心惹かれていって、俺は自分の気持ちが実らないことを悟って、それでもいいって思った。好きになった人が幸せになれるのならそれでいいって、そう思えた」
俺は乾く唇を湿らせて、そのまま続ける。
「でも、本当はそうじゃなかったんだ。あの時、自分の気持ちに嘘をついた。二番目でいいはずなんてなかったんだ……誰かの代わりじゃなくて、ただ俺を見てほしかった。だからこの前、お前を拒んでしまった。何か、須川の代わりにされた気がして」
「それは……」
「分かってるよ。そんなことないって。ただ俺の弱い心がそう思ってしまった。その結果、お前に悲しい顔をさせてしまった。ずっと笑っていてほしいって気持ちは今も変わらないのに」
いつの間にか言いたい気持ちは感情と混ざり合いぐちゃぐちゃになっていた。
言っていることも支離滅裂で、繋がりもなくて、でもこれが俺の本心だ。ぐちゃぐちゃだから、支離滅裂だからこそ嘘偽りない俺の気持ちなんだ。
「考えて考えて、答えを出した時、それはすごいシンプルなものだった。だって、最初から決まってたんだからそりゃそうだよ。俺はずっと、そうなることを願っていた」
俺は宮崎の方へと歩く。
それに気づいた宮崎は一瞬怯えるように震えたが、俺を待つようにそこから動かなかった。
潤んだ瞳が俺を捉える。
俺はそれに応えるようにまっすぐ見つめ返す。
「宮崎紗弥加さん。俺と、付き合ってください。これから先もずっと、俺の隣で笑っていてください」
震える彼女の手を掴んで、俺は自分の気持ちを正直に吐露した。
それを噛みしめるように、宮崎は目を瞑り、暫しの沈黙が起こる。
そして。
彼女はゆっくりと目を開く。
俺の顔をじっと見て、涙が溢れる顔で精一杯の笑顔を作ってみせた。
「こちらこそ。よろしくおねがいします」
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