第15.5話
私、佐橋寛子の初体験は中学二年生。
当時好きだった男の子に思いっきりアタックして、心を射止めて恋人になった。
そんな大好きな彼氏に初めてを捧げたことに、後悔はない。
それは今でも変わらない。
「……ダメ、か」
私はスマホをいじりながら、何故かそんなことを考えていた。
あの時の私はセックスという行為を特別なものだと思っていた。
彼に抱き締められると心がポカポカして、唇を重ねれば幸せが込み上げてきて、大好きと言われたらその日一日何があっても頑張れた。
イケメンで、運動ができて、気さくで優しくて、どこを見てもモテる要素しか見当たらない彼。
そんな彼のことを私はすごく好きだった。
何より恐れていたのは、彼が私の傍からいなくなってしまうこと。
そんな不安を振り払おうと、何度も何度も体を重ねた。
思い返せば、その時には既にセックスの快楽に溺れていたような気がする。
「……この人もダメ」
高校は別のところに行くことになった。
それでも、私の中の好きという気持ちは消えず、メールや電話で連絡を取り、休みの日にはデートに誘った。
けれど。
そんな私の気持ちとは裏腹に、彼の中の私の存在は次第に小さくなっていた。
連絡の返事が遅かったり、会う回数が減ったり、不安ようは多々あったけれど私が全てを理解したのはたまたま彼を街中で見かけたときだ。
まだ昼間だというのに、見知らぬ女性とホテルへ入っていく姿をこの目で見た。
ああ、私は捨てられたんだ。
そう思ったけど不思議とショックは受けなかった。
もしかしたら心のどこかでは分かっていて、ただそれを受け入れたくなかっただけなのかもしれない。
「……みんな忙しいなあ」
友達にメッセージを送るが、みんな忙しくて会えないという。まあ、平日の昼間っから暇という人は早々いないか。
私が相席部屋に招待されたのは、彼と別れて少しした頃。多分、高校二年生になったくらいだった。
その頃には、私は恋人というものに対して執着はしなくなっていた。
依存しても辛いのは自分だ。私が愛を向けても、相手もその分の愛を返してくれるとは限らない。
その温度差が次第に精神的ダメージとなってストレスになる。
だから、私は恋人は作らないと決めた。
自分の容姿がそれなりに良いという自覚はあった。だから、男子から告白されることも多々あった。
その度に私はお断りして、一人寂しく自分を慰める。
男の人の体を欲している自分がいた。
でも、彼氏がいないからセックスはできない。
私はこのまま、ずっとセックスできないのだろうか? そんなことを思い、友達に雑談程度に話した。
そして案内されたのが相席部屋。
何かと思い中に入ると数人の女性がいた。年齢はバラバラだった。
そこに数人の男子がやって来た。
選ばれた女性は男子と部屋を出ていく。その場の雰囲気で全てを察した私は友達に尋ねた。
『好きでもない男とセックスするの?』
私の中では考えられなかった。
でも友達は悪びれる様子もなくけろっとした調子で言う。
『何で彼氏としかしちゃいけないの?』
価値観は人それぞれだ。
私がセックスを好きな人とする愛の行為だと思っているように、性行為に対してどう考えているかはその人による。
結果的に言えば、その日私の価値観は大きく歪められることになる。
部屋で待機していると男の人がやってきて、私が指名された。
年齢は、多分二〇歳くらい。結構若めな見た目をしていた。
最初は少しだけ躊躇った。
でもそこまでいくと後戻りもできないので私は覚悟を決めた。
野暮なことは聞かない。
ただお互いに、己の性欲を満たすためだけに体を重ねる。
久しぶりの男性の体に私の感情は揺さぶられる。
「……お、翔太クン」
そんな感じで今に至る。
固く考えていた過去の自分の常識は、今となっては微塵もない。それが性格に影響してか、細かいことは気にしなくなった。
後先考えて、その時を最高に楽しめないなんて間違っている。だって、私は明日死んでしまうかもしれないのだから。
今日という日を、今という瞬間を、精一杯最高に楽しんで過ごす。
それが今の私のポリシーだ。
だから、私は男の人と体を重ねる。
快楽を得ている瞬間が、何より幸せだと感じるから。
「そうか。もう放課後の時間なんだ」
気づけば、もうそんな時間。
学校帰りの翔太クンを誘うと悩んでから了承のメッセージが届く。よしよし、これでようやく満足できる。
中野翔太クン。
最近……といっても少し前になるけど、新しく出会ったパートナーだ。
頼りなさそうで、女慣れしてなさそうで、けどベッドの上では意外としっかりしていた。
体の相性が良かったというのもあるのかもしれないけれど、彼のことは結構気に入っている。
正直で嘘をつかないから話していて楽だ。それでいて楽しい。体の関係を抜きにしても、割と好き。
でも、これが恋愛感情かと考えると何とも言えない。あの時のようなトキメキを翔太クンからは感じない。
けれど感じる程よい安心感。
私にとって翔太クンはどういう存在なのか、そう自分に問いかけてみると浮かび上がる答えは結局一つ。
セックスフレンドだ。
「こんにちは」
暫くすると翔太クンがやって来る。
ここまで急いできたのか、彼は少し息を切らせていた。
別に急いで来ることなかったのに、待たせていることを申し訳ないとでも思ったのだろう。
優しい。
初めて翔太クンを見たときに抱いた印象は『普通の男の子』だった。
イケメンというほどイケメンではなく、ワイルドさとかも感じなくて、男らしさとは無縁な感じでオドオドしていて弱々しい。
そんな彼と遊びたいと思ったあの時の直感は正しかった。これから先も直感を大事にしようと改めて思った。
「よし! それじゃあ行こうか!」
「え、俺まだ来たばっかなのに……」
私の言葉に彼は肩をガックリと落とす。
それでも、「嫌だ」とは決して言わない。最初に聞いた彼の説明は『押しに弱いが嫌なことは嫌と言う』だったけれど、私はまだ彼のその言葉を聞いたことはない。
本当に嫌と言うのかな? とか思ったりしちゃう。
「冗談だよ。飲み物何がいい?」
「え、いやでも」
私に奢られることをあまり良く思わないのは気を遣っているからだろう。けどそんなことは気にしなくてもいい。
私はお姉さんなのだから。
「お子様翔太クンはオレンジジュースかな?」
私がからかうように言うと、彼はむすっとして「コーヒー、ブラックで!」と見栄を張る。
私は笑いながらブラックコーヒーを頼んで、彼の前に置いてあげる。一口飲んで表情を歪ませた彼は、結局ミルクと砂糖を入れる。
そんなところも、可愛くて面白い。
翔太クンがコーヒーを飲み終わるまで他愛ない話で盛り上がる。彼は意外と聞き上手だ。
ついついどうでもいいことを話してしまう。
「それじゃあ今度こそ行こっか」
「……えっと、一応聞きますけど、どこに?」
「んもう、そんなのわざわざ確認するまでもないじゃない」
多分、翔太クンだって分かってる。
だって私が彼を呼び出すのはそういうことだから。
「……ま、ですよね」
「いや?」
私はからかうように聞く。
「そんなことは、ないです」
すると彼がそう言うと知っているから。
今日という日を全力で楽しんだならば、明日もきっと笑って過ごせる。
そう信じて、私は今日も快楽を求める。
だって。
それが、私の生き方だから。
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