第15話


 寛子さんは某女子大に通う一年生。

 某女子大とか言ってみたが、どこに通っているのか知らないだけだ。


 思い返してみると彼女に対して知っていることは実に少ない。

 例えば、えっちなことが大好きだとか。

 話してみると意外と子供っぽいところがあるとか。

 ベジタリアン感あるけど肉好きだったとか。

 夜の方も結構肉食だとか。


 上っ面の関係というとそっけないように聞こえるが、平たく言えばそういうことになる。

 ドライな関係というか、都合のいい関係というか、そんな感じ。


 深い部分では干渉しない。それが寛子さんの求める理想の人間関係像らしい。

 深く関わってしまったが故に起こるトラブルや面倒事もあるからな、そうなるのも不思議ではない。


 何度も顔を合わせて話してはいるが、新しく知ることは実はあまりない。

 しかし。

 ある日のこと、俺は今更ながら中々に驚きの事実を知ることになった。


「まだ昼間なのに、そんなに騒いでいいんですか?」


 土曜日の朝、寛子さんからお誘いがあり俺は彼女と会うことになった。

 彼女と会うとなると、カフェでお茶をしたり、街をぶらついたり、ホテルに直行したりする。


 本日俺はとある駅まで来るよう言われ、そこに行くと寛子さんが待っていてどこに連れて行かれるのかと思えば、彼女の家だった。


「大丈夫。土曜日のこの時間、隣は家にいないから」


 マンションの一室。驚くことでもないが寛子さんは一人暮らしをしていた。

 中に入れてもらい、お茶を飲みながら少し話したあと求められたので体を重ねた。


 結構大きな声を漏らしていたが、そういう理由で気にしてなかったのか。


「そうなんすか?」


「セックスは声を出してやらなきゃ気持ちよくなれないの。それができない環境では基本的にやらないよ」


「今日は大丈夫だからお呼ばれされたと?」


「そんなとこ。普段自分が生活する場所でやるのって興奮しない?」


「……経験ないんで分かんないです」


「そかそか。悪くないからやってみそ」


 家族がいるんだよ。

 俺もいつか一人暮らしとかすんのかな。そうなったら、こうして女の子とか呼んでそのまま……。

 想像できねえ。


「でもサイレントセックスというのにも興味があるの」


「というと?」


「外で……とか。シチュエーションを変えていくことでセックスのマンネリ化を防ぐことができる。これ覚えておくといいよ」


「はあ」


 家にお呼ばれして早速一回戦を終わらせた俺達は布団に包まりながらそんな会話をする。


 寛子さんとはいろんな理由で会うようになったけど、最終的に行き着くところはセックスだ。

 カフェでお茶した後にホテル行ったりもするし。そんな感じで俺はよく寛子さんと会うようになっていた。


「よし、休憩終わり」


「え」


 時間にすれば一〇分くらいだった。

 寛子さんはもぞもぞと動いて俺の体に触れてくる。どう触れれば気持ちいいのかを熟知している彼女からすれば、俺の性欲を刺激するなど造作もないことだろう。


 現に。


「はい。元気になった。これでいいよね?」


「……もうちょい休憩をですね」


 俺の提案に聞く耳もたない寛子さんは俺の腰辺りに跨って馬乗りになる。


「だーめ。今日は時間も気にしなくていいし、好き放題やらせてもらうから」


「いや、俺にも体力というものが……」


 問答無用で始まった。

 今まで二回戦三回戦くらいなら何度か経験したがここまでがっつりしたことはなかった。


 ベッドの上、キッチン、リビング、玄関、トイレやバスルーム。場所を移動する寛子さんはノリノリで、俺は息を切らせながら付き合った。

 否。

 付き合わされた。


 もう空っぽだ。

 何がとは言わないが。


「……はあ、はあ」


「体力ないなあ」


「ある方でしょ」


 何回戦したと思ってるんだ。もう途中から数えてなかったぞ。

 男性は残りの弾数が限られている一方、女性は体力のある限り延々と行える。


 こうなることは中盤辺りから予想していたが、まさか本当に最後の一滴まで搾り取られるとは思わなんだ。


「一つ、聞いてもいいですか?」


 二人で布団の中で並んで寝転がる。一糸まとわぬ姿だというのにもはや羞恥心などどこにもなかった。


「ん?」


「寛子さんは彼氏とか作らないんですか?」


 気になったので聞いてみた。

 すると少しの間、考えていたのか沈黙が起こった。またデリカシーがないとか言われるだろうか。

 この質問に関してはその通りなので否定できないが。


「急にどしたの? もしかして私の恋人希望なのかな?」


「別にそういうわけじゃ……ただ、気になって」


 嘘じゃない。

 寛子さんのことは人として好きだ。

 女性としての好意も少なからずあるが、本気になる前に自制心により抑えつけた。

 それが、彼女との正しい付き合い方だと思ったから。


 だからこれは、本当にただ気になっただけなのだ。


「寛子さん、綺麗だし優しいし、気さくで一緒にいると楽しくて、落ち着いてて」


「べた褒めだねえ」


 そう言う寛子さんは少しだけ照れているようだった。


「だから、恋人を作ろうと思えばいつだって作れるだろうに、なんで作らないのかなって」


 不思議だった。

 全力で人生を楽しむのであれば、恋人がいると今よりもっと楽しめる、と思うのだが彼女は違うのだろうか。


「まあ、極端な答えをすると必要としていないから、なのかな」


「必要としていない、ですか?」


「うん。翔太クンは恋人と友達の違いって何だと思う?」


「んー、気持ち……とかですか?」


 恋人としての好き、友達としての好き。同じ好きという感情でもその二つは似て非なるものだ。

 全くの別物と言ってもいい。

 俺はその違いこそが、決定的な違いだと思う。


「うん。まあ、普通ならそれが正解。でもそれは感情論であって、全員がそれに納得するわけじゃないの」


 つまり、寛子さんは違うと言いたいのだろうか。


「普通の人って恋人としか体の関係を持たないと思うんだよね。自分以外の人と関係を持っていると嫌悪感を抱かれたりする」


「それは、そうですね」


「でもそれは仕方のないこと。独占欲は人間の中から消えることはないからね。だから、恋人と友達の違いって結局のところ体の関係だったりすると思ってる」


「はあ」


「女子からしたらセックスっていうのはマーキングみたいなものなの。愛を確かめ合ってるって言えば聞こえはいいかもしれないけど、それってつまり自分に言い聞かせているだけなんだよね」


 行為に及び、この相手は自分のものだと言い聞かせている。そうすることで相手にも他の女に言い寄らないよう抑止する。

 それが確かであるならば、マーキングと揶揄する寛子さんの言い分も分かる。


「私はその束縛が嫌なの。愛の確認とかそんなのはただの詭弁。セックスなんて、子作りという目的を抜きにすればただの性欲の発散なんだよ」


「極論ですね」


 その通りと思わされてしまうが。


「私はセックスが好き。それは気持ちいいから。一人でするのとは全然違くて、もうそんなのじゃ満足できない体になっちゃったから。なのに彼氏を作ったら彼氏の気分が乗ったときにしか相手してもらえない。それって違うと思わない?」


「どうなんでしょ」


「逆に相手が乗り気な時にこっちが気分じゃなくても付き合わされる。そんなことを友達が愚痴ってたけど、それって私達はまるで性処理の道具みたい。そうじゃない、私達だって楽しみたい」


 言いながら、寛子さんは俺の下腹部辺りからゆっくりと指で直線をなぞる。突然の刺激にぞわぞわと体が反応した。


「だから、恋人は作らない。やりたい時にやりたい人と思いっ切り楽しむために。まあ、ずっとこのままってわけにもいかないから、いつかは相手決めなきゃいけないんだろうけど」


 そう呟いた寛子さんはどこか自虐的な様子で表情を曇らせていた。

 きっと、俺には知り得ない思いがまだ渦巻いているのだ。でもそれを知る術を俺は持っていない。


「結局、ただ人を好きになれないってだけなのかもしれないけどね」


「え」


 俺の体を触る寛子さん。フェザータッチが何ともこそばゆく気持ちいい。


「この感じ、あと一回くらいできそうだね」


 ニタリと笑って、俺のモノを掴む。突然の刺激に俺は体をビクッと震わせた。


「勘弁してくださいよ」


 結局、その後延長戦が行われた。

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