第14話


「これですか?」


「うん。ダメ?」


 映画館に来て寛子さんが指を指したのは純愛ラブストーリー的なシナリオを思わせるポスターだった。


「いやそんなことないけど、一人で観るのがちょっとって言ってたからホラーとかかと思って」


「あれは、そもそも一人で映画観るのが嫌なのって話。私は観終わった後に感想を共有したい派なんだよ」


「はあ。いますよね、そういう一部の層」


「翔太クンは一人で観る派?」


「どちらでも。誘われれば一緒に観るし、観たいと思ったら一人でも行きますね」


「感想とか気にならない?」


「ならなくはないけど、学校とかで会ったときに話せばいいかなーと」


「分かってないなあ。あの鑑賞後のホットなテンションで語りたいんだよ」


 そういうもんか?

 人それぞれだからそう納得する他ないが。

 俺達は券売機へと向かう。


「でもさ、一人で観づらいっていうなら恋愛ものも同じじゃない?」


「確かに、周りはカップルとかばっかだろうし一人で観るには別の意味で辛いか」


「女友達と観るのも少し違うような気がしてたから、翔太クンが付き合ってくれてよかったよ」


 確かに一人でこんな映画は観ない。

 まして女友達とも観に来ない。それ以前に映画を一緒に観に来る女友達はいない。

 こんな機会じゃないと観ることのないタイプの映画なので少し楽しみではある。


「あ、お金」


「気にしないでよ。私が誘ったし、ここは出させて?」


「いや、でも」


 なんか悪いと思う。


「お姉さんがいいって言ってるんだから素直に甘えときなさいな」


「……はあ」


 多分しつこく言っても考え変わらないだろうし、ここはありがたく奢ってもらうか。


「じゃあ、何か飲むならそっち出しますよ」


「うん。それじゃあ甘えちゃうね」


 そんな感じでチケットを購入した後、飲み物を買った俺達は劇場へと入る。

 中にいた客はちらほら見える程度だったが、公開から結構経っている作品らしいしこれくらいが妥当か。


 予告編を見ながら雑談を交わしていると本編が始まる。主人公とヒロインの恋愛ストーリーなのだが、いわゆる禁断の愛的なものをテーマにしていた。

 途中でベッドシーンなんかも挟まれていて、俺は少し赤面する。こんな大きなスクリーンでこんなシーンを観たのは初めてだったから。


 ちらと横の寛子さんを見ると、特に何でもない感じで観ていた。こういう映画、慣れているのかな。


 ともあれ。

 一二〇分程度の映画は面白かったこともあってあっという間に終わった。

 劇場を出たときにはもう辺りは暗くなっていた。


「お腹空いてる?」


「んー、小腹が空いた感じですかね。昼間ケーキ食べすぎたのかも」


「私もそんな感じ。ちょっと軽く食べよっか?」


 そして劇場の近くにあるカフェに入る。どんだけカフェ好きなんだよって思うけど、そもそもどんだけカフェあんだよこの辺。

 チェーン店から個人経営までお店の数ならコンビニにも引けを取らないかもしれない。


 軽くつまみながら映画の感想を語り合う。

 誰かと行った時の醍醐味といえば確かにこの終わった後の時間なのかもしれない。


 面白かった部分をお互いに話し合ったり、あそこはよくなかったねとか、そんな話をしていると着眼点や感性が似ていることがよく分かる。


 そんなこんなで時間は過ぎ、気づけば時間は夜の九時を回っていた。店を出て夜の街を二人で歩く。


「今日は付き合ってくれてありがとね」


 そう言いながら、寛子さんはナチュラルに腕を絡めてくる。腕に当たる柔らかい感触が、隣の彼女の存在を俺に主張してくる。


「あ、いや、俺も楽しかったですしこちらこそありがとうございました」


 この時間になると道を歩く人の種類は昼とはガラリと変わる。家族連れや友達が多かった層は、仕事終わりのサラリーマンやカップルが目立つようになる。


「ねえ、翔太クン」


 暫く二人で歩く。

 足は駅へと向かっているがその速さはひどくゆっくりだった。

 そんな時、寛子さんがぽつりと俺の名前を呼ぶ。


「はい?」


 俺は何気なく返事をして寛子さんの方を見る。

 寛子さんは俺の目をじっと見つめるように上目遣いをこちらに向けていた。


 どことなく感じる大人の雰囲気に、俺は一瞬たじろいだ。


「君は今日、期待はしなかったのかな?」


 しっとりとした話し方でそんなことを口にする。

 いつものような明るく元気な調子ではない、こちらの感情を刺激するような声色だ。


「期待、ですか?」


 何の、とは聞かなかった。

 だって、そんなの今の寛子さんが全てを語っていたから。


「うん。全く、これっぽっちも、そういうこと考えなかった?」


「それは……」


 忘れてはいけなかった。

 俺と寛子さんを繋ぐのは、あくまでも体であったことを。いや、忘れていたわけではなかった。

 ただ、考えないようにしていただけだ。


 一緒に過ごす時間が楽しくて。

 隣にいるのが心地よくて。

 いつからか、その関係であることに疑問を抱いてしまっていた。


「私は、ちょっとだけ期待してるんだけど」


「寛子さん……」


「今もまだ、期待してるんだよ?」


 俺の腕に抱きつく手に力が込められる。


 宮崎紗弥加に対しての気持ちには整理をつけた。

 いつまでも未練たらしく抱いてはいけないその気持ちとようやく決別できた気がする。


 前を向かなければならない。


 あるいは。

 中野翔太と佐橋寛子を繋ぐものが体であるというのであれば、俺達の関係をセックスフレンドだと呼ぶのであれば、俺はそうしてでも彼女との関係を続けるべきだ。


 そうすることでしか佐橋寛子との関係を保てないのであれば、俺はそうしてでもこの人と関わりたいと思っている。


 どうやら俺は、歪であることに慣れてしまっていたらしい。


 宮崎紗弥加との関係が。

 佐橋寛子との出会いが。


 俺の中の価値観を歪ませたらしい。


「俺も、その……」


 俺の言葉にできないもどかしい感情を察してくれた寛子さんは、おかしそうにくすりと笑う。


「ホテル、行こっか?」


 彼女はただ、その瞬間瞬間を全力で楽しむことに努めている。

 面倒なことを取っ払い、複雑なしがらみとは無縁になるように動き、それは見方によれば冷たくドライなように思えるけれど。


 それが彼女の生き方だ。

 俺の中にある恋心とも違う、けれどただ友達に向ける感情でもない名もなき気持ち。

 このまま、その気持ちを抱き続けると俺はまた辛い思いをすることになる。


 きっと俺が想いを抱いても彼女は受け入れてくれないだろうから。

 あくまでも、今日も今までも、全てはたった一つのことの為。


 この後行う、その行為のため。


 だから、俺もそう徹しよう。

 彼女がそれを望むのならば、あるいは俺もそれを望んでいるのならば。そうすることでしか繋がれないのなら、そうしてでも繋がりたいと思えるから。


 そう。

 俺達は結局、どこまでいってもセックスフレンドでしかないのだ。

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