第13話
晴天の広がるお出掛け日和なある日、俺はとある駅の改札前にいた。
スマホで時間を確認すると集合時間の一五分前だった。遅れるのは申し訳ないと思い少し早めに家を出たのだが、どうやら早く着きすぎたらしい。
電車に三〇分ほど揺られることで辿り着くこの場所はここら辺では一番栄えている、いわゆる都会だ。
おしゃれな若者が俺の前を横切る。それはカップルだったり友達同士だったり、あるいは兄妹だったりするのだろうか。
それじゃあ俺と寛子さんは何になるんだ?
友達、と言っていいのだろうか?
「だーれだ」
そんなことに頭を悩ませていると後ろから目を塞がれる。ぎゅっと背中に胸が押し付けられる体勢なのだが、その柔らかさについつい抵抗する気を削がれてしまう。
そこまでを見込んだ作戦、やりおるな。
「一人しかいないでしょ」
こんなところに俺の知り合いはいないし、ましてやこんなことをしてくる人はさらにいない。
「ちゃんと名前を呼ばないとこの手は離さないよ」
「寛子さん」
「正解。君の寛子でした」
あなたいつ俺のものになったんですか。
と、呆れながら振り返る。
「早いね。まだ集合時間の一〇分前だよ?」
「いや、待たせるのは良くないかなと思って」
俺が言うと寛子さんは満足げに笑う。
「うむ。いい心がけだよ。お姉さん嬉しいなあ」
上は白のハイネックセーター。下は紺のデニムパンツ。上半身のダボッとしたシルエットと裏腹に下半身は体のラインがくっきりと浮き出る分大人っぽい。
最初出会った頃はミドルの長さだった髪は少し伸びていた。今日は毛先にウェーブがかけられている。
やはりそこは女の子。都会に来るとなるとオシャレにも気合いを入れるのか。
「ところで翔太クン」
「はい?」
俺が返事をすると寛子さんは俺の顔を覗き込むようにぐいっと顔を近づけてくる。
「女の子がせっかくオシャレをしてきたんだけど、それに対してコメントはないのかね?」
からかうように、だけどその瞳には微かに期待というか、そんな感情が込められているような気がして、俺は照れくさくなって視線を逸らす。
「お似合いかと」
「……もう少し事細かに褒めてほしいところだけど、初デートということに免じて今日のところは許してあげる」
「そりゃどうも」
「次はもうちょい気の利いた褒め言葉用意しててよね」
「……善処します」
これってデートなの?
デートってそもそもなんだ。男女で出掛ければそれはデートか? その理論だと妹と出掛けてもデートになるぞ。
じゃあ家族以外の異性と二人で出掛けたらデート? いやいや、一概にそうだと言い切るのはまだ早い。
「どうしたの?」
「あ、いや、デートってどっからがデートなのかなと思いまして」
俺がそう言うと寛子さんはくすりと笑ってから、むっと怒った表情を作る。
「君はお姉さんとのお出掛けをデートとは思ってくれないの?」
「いやそういうわけじゃ……」
そう聞こえたか?
「なんてね、冗談だよ。行こ」
機嫌など損ねている様子はなく、いつものように大人の余裕を纏いながら言って、寛子さんは歩き始める。
数歩歩いたところで後ろをついて行く俺を振り返った彼女は口を開く。
「それと、デートって言うのはね、デートだと思えばそれはもうデートなんだよ。大事なのは気の持ちようってこと。アンダスタン?」
そんな感じで、寛子さんはパチリとウインクを決める。
デート、か。
そうは言うが、多分この人は本気でそう思ってはいないのだと思う。俺を勘違いさせようとか、そういうつもりもないのだ。
佐橋寛子という女性は、その瞬間瞬間を全力で楽しもうとしている。
一分一秒でさえ楽しくなければ惜しいと思い、今その瞬間にできる最高の取り組みをする。
それが、彼女の生き方。
俺には思いつきもしなかった、まして実際にやろうとは思えなかったことだから、羨ましいとさえ感じる。
人として、彼女のそういうところに惹かれたのかもしれない。
俺もそういう生き方がしたいと、そう思わせてくれた。
「ねえ翔太クン」
「はい?」
カフェについた寛子さんが俺を振り返る。
「君は何のケーキが好き?」
「俺は……ショートケーキですかね。やっぱり」
ショーウィンドウの中には様々な種類のケーキが並べられている。カフェというよりはケーキ屋さんと言った方が正しいように思える。
「そっか。まあ美味しいもんね、ショートケーキは。でも、他のを食べたくなることはない?」
「そりゃありますよ。気分によってはチョコケーキ、ミルクレープ、モンブランだって食べたい」
「だよね」
小さく笑いながら、寛子さんはしゃがんでショーウィンドウに並ぶケーキをじっと見つめる。
「何で一つだけしか選べないんだろうね」
「え、別に食べたいなら二個でも食べればよくないですか?」
「二個でも足りなかったら?」
「三個食べる、とか」
俺の返事はどこもおかしくなかったと思うのだが、寛子さんはくすりと笑って立ち上がる。
「そうだよね」
納得したように言った寛子さんは注文を済ませる。その後に俺もショートケーキとカフェラテを頼んで席に座る。
「……結局一つ?」
「ん?」
寛子さんがトレイに乗せて持ってきたのはミルクレープケーキだけだった。この前もそうだけどこの人ブラックコーヒー飲めるんだな。
大人だ。
「そりゃ二つも三つも食べたら太るもん。カロリーの力を舐めちゃダメだよ」
「そんなこと言ったら何も食べれないでしょ……て、そうじゃなくて、さっきあんなこと言ってたからてっきり食べるのかと」
「ああ、あれは別にケーキの話じゃなかったから」
どこからどう聞いてもケーキだった気がするけど。
「気にしないで」
「気になりますよ」
俺の言葉に寛子さんは少し考える素振りを見せた。そしてブラックコーヒーを一度啜ってから俺に笑いかけてくる。
「つまり私は欲張りだってことなんだよ」
「……ますます分からない」
けれど、それ以降はその話について教えてくれることはなかった。
話したくないなら聞くのも悪いと思い、俺もその話題には触れないことにした。
結構ゆっくりしてしまったようで、カフェを出た頃には夕方になっていた。
日は沈み始め、辺りは段々と暗くなっている。
「翔太クンはこの後まだ大丈夫?」
「ええ、まあ」
「それじゃあ映画観に行かない?」
「映画?」
「うん。気になってるのがあってさ、でも一人で映画は観れなくて」
「内容次第ですかね。とりあえず行ってみますか」
カフェ行って映画観るって、内容がますますデートっぽいな。まあベタすぎるデートコースだけど。
「ん? どうしたどうした? その顔はさては、カフェ行って映画とかデートっぽいなとか思ってるのか?」
「……エスパーか何かですか?」
俺が呆れたように言うと、寛子さんは隙アリとでも言いたげに俺の腕にするりと腕を絡めてくる。
「え、ちょ、寛子さん?」
「翔太クン的には、これはデートじゃないのかな?」
試すような寛子さんの視線。
いつも彼女の本音は言葉の中にはないように思えて、どこか別のところにあるのではないかと考えてしまう。
だけど。
その言葉には確かに寛子さんの気持ちが込められていた。それを、彼女の瞳が語っている。
デート、か。
「……どうなんでしょうね」
イエスであれ、ノーであれ。
俺はその質問に、即座に答えを出すことができなかった。
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