第10話
薄暗い部屋。明かりはほんのりピンク色で何とも不思議な空間を作り出している。
部屋の中に入った寛子さんはカバンをテーブルの上に置いてベッドに腰掛ける。
「座れば?」
そう言ってくるが、じゃあそうしますと座るわけにはいかない。とりあえず一つだけハッキリ言っとかないと。
「あの、俺お金持ってないですよ?」
「ん?」
それが何? みたいな顔をしてくるので、俺はポケットから財布を取り出し中身を見せつける。
「ほ、ほら! ホントに三千円しか入ってない!」
「あ、ホテル代? 大丈夫だよ気にしないで。歳下の男子高校生に払わせる気なんて更々ないから。ここは私が持つよ」
「あ、いやソウジャナクテ……」
「変な勘違いとかしてそうだから断っておくけど、お金払っていやらしいことするサービスとか、そんなんじゃないから! 翔太クンからは一文たりとも取らないよ」
「あ、そすか」
なんだ。
有り金全部巻き上げられるのかと思った。わけ分からんけど大原の野郎ぶん殴ってやろうと思ってたけど殴らずに済みそう。
「えっと、じゃあ何を」
「とりあえず座りなよ。ちゃんと説明してあげるから」
「うす」
寛子さんはポンポンと自分の横を叩いて誘導してくるが、俺はテーブルの横の椅子に腰掛ける。
それを見た寛子さんは何だか不服そうだ。
「まあ、いいけど。えっと、それで何から話そうかな。何から聞きたい?」
「じゃあ、あの場所についてを」
大原に連れて行かれたマンションの一室。あそこに行ったことから全てが始まったのだ。
「あそこはただの溜まり場だよ」
「溜まり場?」
「そ。あの黒髪の人いたでしょ? 明穂さんって言うんだけど、あそこは明穂さんの……まあ部屋みたいなもんかな」
「はあ」
「私達は暇なときにあそこに集まって、ああして暇を潰してるの。ただ、もう一つ目的というか狙いはあるけど」
「それが本題ですかね」
「まあね」
言いながら寛子さんはにこりと笑う。
「何て言うのが一番上手く伝えられるのか分かんないけど、秋穂さんが言っていたとおり、平たく言うと出会いを待ってるんだよ」
「出会い?」
「そそ。男の子との出会いがない私達は今日みたいに待ってるの。紹介とか、もともと知ってる男の人がたまに遊びに来るんだけど、来たら遊びに行くんだ」
「えっと、それって」
「んー、遠回しな説明は止めにしようか。余計混乱しても困るしね。簡潔に言うと、私達はあそこでセックスパートナーを待ってるんだ」
「セックス……」
「うん。人間誰にだって性欲はあるでしょ? 一人で慰めることはできるけど、それが物足りないって思うこともある……それは、君も分かるかな?」
分かる……。
分かってしまう。
宮崎との行為に慣れてしまった俺は一人でしても物足りないと思ってしまうようになった。
物足りないし、虚しい。
一度知ってしまった蜜の味を忘れることはできない。どころか失ってしまったその蜜を求めてしまっている自分がいる。
「でも、恋人がいないから相手がいない。すぐに出会えればいいけれど人それぞれ価値観はある。一夜限りの関係をよく思わない人もいる。そんなことをイチイチ気にしながら相手を探すのは面倒くさい。そこであの場所なの」
「あそこには、利害の一致する人が訪れる?」
「そういうことだね。そういう考えを持っている人を紹介し、招待して楽しんで、その人にもまた別の人を招待してもらって。言い方悪いけどネズミ講みたいなね。そんな感じで性欲を満たすために人が集まって、マッチングして楽しむ。そういう場所」
大原がどういう経緯であの場所に辿り着いたのかはこの際どうでもいい。
宮崎との関係に未練を持つ俺を、あいつはこういう形で慰めようとしたのか。
セフレを持った俺なら、あの場所を否定しない。否定どころか肯定さえしてしまうと思って。
「分かった?」
「……まあ」
「それはよかった。せっかくこれから楽しむっていうときに、そんな暗い表情じゃ楽しむものも楽しめないしね」
「あの、それってやっぱり俺達も?」
「そうだよ。楽しむんだよ、これから」
「さっき、いやらしいことはしないとか言ってたような」
「お金払っていやらしいサービスをすることはないって言ったんだよ。誰もやらしいことしないとは言ってない」
やれやれ、と小さく溜め息をついた寛子さんはベッドから立ち上がり、俺の方へ歩み寄ってくる。
「寛子、さん?」
そして。
俺の頬を両手で掴んでガッチリとホールドする。上手く動かせない。
「ごちゃごちゃ考えるのやめよ? 全部忘れて楽しもうよ。今は、そういう時間なんだから」
言いながら吐息がかかる。
気づけば、俺の唇は彼女の唇によって塞がれていた。それだけではなく、彼女の舌が俺の口内へと侵入してくる。
ぬめぬめした感触に、俺の理性が溶かされていく。
キスを終え寛子さんが唇を離すと、二人の絡み合った唾液が橋を作る。
「それとも、翔太クンは私としたくないのか? 自分で言うのも何だけど、顔もスタイルも結構良いと思うんだケド」
甘い香りが溶かされた理性を消し去っていく。
悪魔の囁きだ。
この先の感覚を知ってしまった俺の体は、この誘惑を断ることができない。
既に期待してしまっている。
「こっち来て」
立ち上がるように促された俺はベッドの方へと案内される。そして、胸を押されて倒されてしまった。
「さて、始めちゃおう」
「あ、の、シャワーとかは」
「気になる? なら私は浴びてくるけど」
「いや逆というか」
「私は気にしないよ。においフェチだし、ぶっちゃけそっちのが興奮しちゃう」
言いながら、彼女は俺の首元をチロッと舐める。久しぶりの感覚に、俺の体はゾワゾワと反応してしまう。
寛子さんは俺の服とズボンを脱がし、あっという間にパンツ一枚にされてしまう。
その流れで寛子さんも上の服と下を脱ぎ捨てて下着姿になった。脱ぎ慣れている……!
「下着……」
「ん?」
「いや、エロくないすか?」
寛子さんの着けている下着は黒色のスケスケランジェリーだった。下に至っては布面積が少なすぎる紐パンだ。
「そりゃ、ヤりに来てるんだから準備は怠らないのが淑女の嗜みでしょ?」
「どうなんでしょ」
俺が言うと、その口をまた塞がれる。舌を絡めていると、寛子さんの手が俺の股間に伸びる。
元気になった俺のモノは触れられただけでピクリと反応してしまう。
「……ぴくってなった。かぁわいい」
「触られるの久しぶりなんで」
俺が拗ねるように言うと、寛子さんは楽しそうにクスリと笑う。
ああ、もうダメだ。
俺もスイッチが入ってしまっている。もう後には引けない。
そもそも。
罪悪感を覚える必要はないのだ。彼女のいない俺が、彼氏のいない寛子さんと行為に及んだところで迷惑をかける相手は一人もいない。
「ふふ。何もかも忘れちゃうくらい気持ちよくしてあげるね」
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