第11話


 夜。

 風呂を終えた俺は自室に戻りベッドに倒れ込んで天井をぼーっと見つめる。


 目を瞑れば蘇る快感。

 不慣れな宮崎とは違う、遊び慣れた寛子さんとの行為の感覚がまだ体中のあちこちに残っていた。


 セックスを娯楽程度に考えている彼女からすれば、テクニックを磨いたりエロい下着を身に着けたりするのは、サッカー選手がユニフォームを着たり練習したりすることと大差ないのだろう。


 自分が楽しむ為に、相手を楽しませ、そうすることで相手もこちらを楽しませようと気分を高めていく。

 それを幾度となく繰り返してきたのだろう。


「……はあ」


 攻め方も、受け方も、仕草も格好もテクニックも、あらゆる点において宮崎とは異なる。

 比べること自体間違っているのだろうけれど、与えられた気持ち良さは段違いだった。


 しかし。


 初めて宮崎と体を重ねたときのような気持ちの高ぶりを感じることはなかった。

 そりゃそうだ。

 俺は宮崎のことが好きであって、寛子さんのことを好きではないのだから。


 もちろん嫌いではない。歳上特有の上手い立ち回り方で気まずさや疲れはないし、話していて普通に面白い。

 ただそれは人間的な好意であって異性に対して向ける好意とは異なる。だから宮崎の時のような感覚はなかったのだ。


 ――前に進んだ時に見つかる答えってのもあるってことだよ。


 大原が言ったあの時の言葉を思い出す。

 あいつがどういう理由があってあんなことを言ったのかは分からないが、何となく言いたいことは分かった。


 いや、自分なりに解釈して答えを導き出したと言うべきか。


 俺は宮崎紗弥加のことが好きで、好きだからこそ体を重ねたのだ。ただ性欲を満たすために行っていたわけではない。

 いつからか自信を失くし分からなくなっていた。俺は本当に宮崎のことが好きなのか。


 寛子さんと体を重ねて、気持ちの違いを知ったことで俺はそれを再認識することができた。


 やってよかった、というのとは少し違うけれど、やらなければ分からないことというのも確かにあるようだ。


 それを知ったとして、別の問題が浮上するだけなのだが。


 俺はスマホを手にして画面を見る。


『今日は楽しかったね。個人的にはまた会いたいと思ったけど翔太クンはどうだったかな?』


 寛子さんから届いたメッセージに俺は返信をしていない。できていない。

 何と返事をすればいいのか悩んでいると三時間くらい経ってた。既読スルーしてしまっているので申し訳無さが凄い。


 嫌いじゃないからこそ、罪悪感のようなものに苦しめられる。


「…………」


 そんなことをぐるぐると悩んでいると、いつの間にか眠ってしまっていた。目を覚ますと外は明るくなっていて、学校に行かなければならない時間だった。


「おはよ」


 いつもより少し余裕のある出発をしたからか、普段朝は顔を合わせない宮崎と遭遇した。


「この時間に会うのは珍しいね」


「ちょっと早く目覚めたから」


「そうなんだ。何かいつもと違うことがあると得した気分になるね」


 笑いながら宮崎は言う。

 そんな彼女の笑った顔を朝から見れたのだから、確かに得した気分にはなる。

 早起きは三文の徳という言葉があるがあながち間違いではないのかもしれない。

 たまには早起きも悪くないな。


「――それでね、その時健吾がさ」


 いつものように冗談を交えた雑談をする中で、自然と話題は須川のものになる。

 楽しそうに話す宮崎を見ていると上手くいってるんだな、と思わされてしまう。


 彼女は幸せそうで、誰も不幸にはなっていない。


「それはないだろ」


 俺はいつものように笑って返す。

 それが正しいことなのだと、自分に言い聞かせて。


 教室につくと、宮崎は「じゃあね」と言って須川の元へと駆け寄っていく。

 迷惑そうな顔をする須川に怒った顔をぶつける宮崎。あの場面だけを見ても二人の仲の良さが伺えてしまう。


 俺の入る隙なんて一ミリだって存在しない。


 そんなこと最初から分かっていたことなのに、改めて突きつけられると傷口に塩を塗られているような気分になった。


 宮崎と須川はきっと上手くやっていく。

 だから、俺の中にあるこの気持ちは不要なものだ。いつか決別し、新しい一歩を踏み出さなければならない。


 いつまでも未練タラタラで彼女への気持ちを抱き続けても苦しむのは俺だけだ。

 だったら、前を向いた方がずっといいに決まっている。


 一週間が経った。

 俺は少しずつ気持ちの整理を行いながら宮崎と接する。

 自分の中でしっかりと考えて答えを出したことで、段々と彼女に対しての向き合い方も変わってきた。


 きっと俺は、二人を応援できている。

 心の底からか、と聞かれるとまだ何とも言えない。口ではそうだと言い切れるが、気持ちはまだ不確定だ。

 でもこのままいけば、近いうちにそうなれるはずだ。


 部活もバイトもしていない俺の土曜日曜は比較的暇である。誰かからの誘いがあれば飛んでいくが自分からわざわざ誘うことはない。

 ということで誘いがなければ、することがないのである。


「……暇だし、外にでも行くか」


 家に引き篭もっているのも不健康だと思い、俺は宛もなく外に出る。目的地は特に決めずに、適当に自転車を走らせた。


 バイトでも始めようかな、なんてことを考えながらぼーっと自転車を走らせているとお腹が鳴る。


 時間を見るとちょうどおやつでも食べたくなる時間だった。俺の体内時計は中々に正確らしい。

 ここがどの辺なのかはあまり定かではないが、結構家からは離れてしまっただろう。


 せっかくだからこの辺で何か食べて帰るとしよう。

 そう決めた俺は飲食店を物色しながらぶらぶらする。


「お、美味しそうなドーナツ屋」


 そして見つけたのはドーナツ屋だ。

 イートインも可能なようで、混んでいる感じもなかったので俺は自転車を置いて中に入る。


 レジでドーナツとカフェラテの注文を済まして受け取り、空いている席を探す。


「お」


 その時。

 聞き覚えのあるような声がした。女性の声なんてどれもこれも同じようなものなので気のせいだと思ったけれど、一応振り向くと知ってる人がいた。


「これはこれは、絶賛既読スルー真っ只中の翔太クンじゃないですか」


 寛子さんが少しお怒り気味な表情で俺を睨みつけていた。

 ……なんて謝ろうかな。

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