第9話
「さ、どうぞ選んで。好みの子はいるかしら?」
「選ぶって言われても……」
中学時代の友達である大原に最近あった宮崎とのことを説明すると、こんな場所に連れてこられた。
俺の前には六人の女の子。皆それぞれタイプも年齢も何もかもが違う。
好みの女の子を選べと突然言われてもじゃあこの子でなんて言えるわけがない。
彼女らのことを何も知らないのに選べるかよ。
「……こいつ結構優柔不断っていうか、ぐるぐる考え込む癖あるから一生選ばないかも」
おい、大原。
お前俺のことそんなふうに思ってたのか? 事実なだけに何の否定もできねえじゃねえか。
「そーなの? んー、じゃあ逆にこの子のことアリだと思う人?」
黒髪の女性は一列に並ぶ六人の女の子に尋ねる。ちょっと待って、その流れで誰一人挙手しなかったら俺めちゃくちゃ悲しいじゃん。
いや、挙げられても困るけど。
「あ、私いける」
「わたしもー」
「まあ、イケなくはない」
三人の女の子が手を挙げた。あんなこと思ったけど、挙手してくれる子がいたのはシンプルに嬉しいのであった。
「んー、佐橋さんがいいかな」
「なんで?」
「何となく。中野を知る俺がフィーリング合いそうな子をえらんだだけだ。あと多分見た目が一番好みだと思う」
いやまあ、確かにこの中では一番好きなタイプの顔してるけれども。俺の好みとかどこで把握したの? 修学旅行の夜にそんな話したっけ?
「直樹がそう言うならじゃあ佐橋でいきましょうか」
「え!?」
よく分からないうちに話が進んでいくんですけど。ちょっと待ってよ、俺まだこのまま進めるとは言ってないのに。
そんなことを言う前に、佐橋と呼ばれた女の子は俺の方へ駆け寄ってくる。そして、そのまま腕に抱きついてきた。
腕に当たる柔らかい感触に懐かしさを覚えてしまった。俺って奴は、なんてばか野郎なんだ。
「楽しも? えーっと」
「中野。中野翔太だよ」
俺の代わりに大原が名前を教えてしまう。俺の個人情報が何の躊躇いもなく露見してしまった。
「翔太クン」
俺の名前を呼んで、佐橋さんはニタリと笑う。その笑顔が何とも恐ろしく感じたのは、未知なる展開に俺が怯えてるからなのかもしれない。
「そいつ、考え込む癖あるけど押しには弱いからよろしく。本気で嫌なら本気で抵抗すると思うから」
「オッケー! それじゃ、行ってきます」
そして。
よく分からないまま俺は部屋の外へと連れ出された。
腕には相変わらず佐橋ちゃんがぴたりと抱きついている。
「一応自己紹介しとくね。佐橋寛子だよ。大学一年生です」
歳上だった。
黒髪のミドルボブ。大きな胸と引き締まったヒップ、ショートパンツから伸びる足はタイツに包まれている。
スタイルはモデル並みでビジュアルは芸能人にも引けを取らない。
正直、俺とは不釣り合いが過ぎる女の子だ。
「佐橋、さん」
「やだなあ、寛子でいいよ。これから二人で楽しむ仲なんだから。そんなよそよそしいの止めよ? ね、翔太クン」
「はあ……」
そんな出会ってすぐの人を下の名前で呼べるほど女慣れしてないんだよ。
この雰囲気で察せ。
「えっと、それで結局何なんですか? さっきのとこって。それと、どこに向かってるんですか?」
「んー? そっかそっか。初めてのことで混乱してるよね。大丈夫、ちゃんと全部説明したげるよ」
その割には進む足は止まらない。
迷わず目的地へと向かっているように思えるのだが。宛もなく歩いているというよりはハッキリと目的地が決まっている進み方だ。
「でも、立ち話もなんだし本題は目的地についてから話すね。だから、それまではお話しようよ。他愛ない、どうでもいい、くだらない話」
「……はあ」
佐橋寛子さん。
この近くの女子大に通っている一年生らしい。遊園地のスタッフとしてアルバイトをしているんだとか。
気まずくならないようにか、疲れない程度に程よく話題を振ってくれる。
自分のことを少し話しつつ、俺のことを聞いてくる。何というか、聞き上手な人で、気づけば俺は色んなことを話していた。
「失恋したんだってね?」
「ええ、まあ」
「私だって人生語れるほど生きてないけどさ、まだまだずっと続くんだから一回の失恋くらいで気に病まない方がいいよ」
「そう、ですね」
「初恋?」
「……多分」
この感覚を失恋とするなら、あの高揚感を恋と呼ぶなら、きっと宮崎紗弥加が俺の初恋の相手だ。
「初恋だったら、落ち込んじゃうか。辛いよね」
「寛子さんは恋愛は?」
「私? 私は、まあそれなりにかな。あ、心配しないで。今はフリーだよ」
「いや別にしてないけど」
俺が何の心配をすると言うのだ。別に寛子さんに彼氏がいまいと狙うつもりなんてないのに。
「わー冷たい。おねえさんちょっと凹んじゃうよ。女の子にはもっと優しくしようぜ?」
そんな話をしながら歩き続けること一〇分。ぴたりと寛子さんの足が止まる。
どうやら目的地についたようだ。
俺はその場所を見上げる。
「ここって……」
華やかというか派手な外観。
ピカピカと光る看板。
ダンジョンの隠し通路のような茂みの中の入口。
「うん。ラブホだよ」
ラブホテルだった。
「え、ラブホ?」
「うん、ラブホ。来たことない?」
「ないよ。彼女いたことないんだって」
セフレはいたけれども。
動揺のあまり敬語が抜けてしまった。
けれど、そんなことなど全く気にしていない様子で、寛子さんは俺の手を引きながら入口に入っていく。
俺はワケが分からないまま引っ張られて中に吸い込まれた。
「ちょっと待って、こんなとこで一体何を……」
「説明は後で全部するよ。心配しないでも、そのモヤモヤはちゃんと晴らしてあげるから」
入る前に説明聞きたいんだけど。
そんな俺の気持ちなどお構いなしに寛子さんはズンズンと奥に進んでいく。
ふと、口元に小さな笑みを浮かべながら一度だけこちらを振り返る。
そして、短く一言だけ俺に言ってきた。
「けれど、まあ、こんなところに男女で入ってやることなんて一つだけだよね?」
そして、いやらしくニタリと笑うのだった。
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