第8話


「久しぶりに会ったのに、えらい凹んだ顔してんな」


「別にそんなつもりはないけど。そんな風に見える?」


 ある日。

 中学時代の友達から久々に会おうという連絡が来た。俺はそれを二つ返事でオッケーする。


 俺も前を向かなければならない。

 どれだけ縋ろうとも失ったものは手に入らない。壊れたものは直らない。

 歪な形であったあの関係でさえ、俺は惜しいと思っている。

 最低だった。


 そんなことを考え、自己嫌悪に陥る。それを繰り返す日々が続いた結果、俺は外の世界へと意識を向けた。


 平たく言うと色んな人に会うようになった。

 中学時代の友達、大原と会うことにしたのもその理由からだ。どんな相手とのどんな出会いであっても、俺に何かしらの影響を与えてくれる。


 俺を救ってくれる誰かがいるかもしれないのだ。


「ああ見えるぞ。親友に裏切られて谷底に突き落とされた時のような、絶望と疑心に揺れている顔をしてる」


「何だよそれ」


 俺がふてくされて言うと大原はケタケタと笑う。


「んで、何があったの。飯の肴に聞いてやるぞ?」


「人の不幸話を肴にするってどうなのよ」


 とは言いながら。

 俺は最近会ったことを話してみた。

 正直セフレが出来たなんて話はできるだけしない方がいいに決まっている。

 俺の評判はともかく宮崎の評判を下げかねない。ましてや今は彼氏持ち。変な噂が立って彼女が不幸になることを俺は望んでいない。


 だが大原は中学の友達で、今の学校とは何の関わりもない。それにこいつは昔からゲスい話が大好きで、何ならこいつ自身がゲス野郎だ。

 宮崎のことは知っているけど、この先会うこともないだろうし。もちろん誰にも言わないという条件はつける。

 だから、軽蔑とかされないと思って話した。誰かに話すことで楽になれるとか言うし。


 大原は俺の話に適度に相槌を打ちながら最後まで話を聞いてくれた。途中で茶化すようなこともなく、真剣に頷き続けてくれた。


「なんか意外だな」


「へ?」


「いや、相手があの宮崎ってのにも驚くけど、それ以上にお前がそういう風になったことがさ」


「そうかな」


 まあ、中学の頃から考えるとそうなのかもな。どちらかと言うとあまり目立ったりするタイプじゃなかったし。

 女の子とも無縁みたいなもんだったし。

 それが彼女通り越してセフレ作ったと言えばそりゃ驚くのも無理はない。


「ああ。けど、それだけだぜ。何なら羨ましいまであるよ」


「羨ましい?」


「あの宮崎紗弥加だろ? 胸はでかいし顔は可愛いし、ぶっちゃけ中学の時にズリネタにしてた男子は多かっただろうぜ」


「へ、へえ」


 結構人気ある女子だったんだ。

 中学時代は全然興味なかったから知らなかった。


「そいつとヤッたんだろ? 最高じゃん。俺だって土下座してヤれるなら喜んで土下座するぜ。何なら靴舐めちゃうまである」


 笑いながら話すので本気か冗談かは分からない。後半は多分冗談だと思う。

 というか、冗談であってくれ。


「ま、俺も今は彼女いるから手出せないけど」


「へえ、彼女いるんだ」


「まあな」


「なんかイメージ的には複数の女子と遊んでる感じだから意外だ」


「俺のイメージ最悪じゃん」


 はっはっはっと笑うが、大原はふとその笑いを止めて真顔になる。急に真顔になられると怖いじゃねえか。


「ま、遊んではいるんだけどな」


「……最低じゃん」


「今のお前が言うのかよ」


 まあ、確かに。

 でもお前のがダメだろ、とは思う。


「一度体験したお前なら分かるだろ? 忘れられねえ感覚。やめられねえよ」


「まあ、そだな」


「宮崎がその何とかって男と付き合ってからはヤッてないのか?」


「当たり前だろ。相手いねえし」


「ヤりたい?」


「宮崎と?」


「んー、いや、誰かと」


「……それは」


 どうなんだろうか。

 ここでイエスと答えた場合、俺は宮崎をただの性処理道具として見ていたことにならないか?

 俺はセックスがしたいのではなく、宮崎と触れ合いたいのだ。


 そう、だよな……?


「迷ってるんなら前に進むべきだな」


「どういう意味?」


「前に進んだ時に見つかる答えってのもあるってことだよ」


 よく分からないことを言って大原は立ち上がる。残っていたコーヒーをぐびっと飲み干して、出口に向かう。


「どこ行くんだよ?」


「まあ、ついてこいよ。イイとこ連れてってやる」


「イイとこって……」


 一体どこに連れて行かれるんだよ。

 少しの不安を抱きながらも俺は大原について行った。理由は幾つかあるが、中でも大きかったのは大原の最後の言葉が気になったからだ。

 あれはどういう意味だったのか。


 電車に乗り数駅進む。

 普段学校に行くときとは逆方向に進む電車なので駅名も聞き馴染みがない。


「こっちに何があんの?」


「ん? まあ強いて言うなら俺の学校」


「ふーん」


 こいつどこの高校通ってたっけ。

 覚えてないしそもそも聞いたかも曖昧だった。でも気になるかと言われるとどうでもいいので俺はそれ以上言及することはなかった。


 数駅進んで降りた大原はそのまま数分歩き続ける。相変わらず目的地は教えてくれない。

 ただ「イイとこだよ」「心配すんな」「損はしないと思うぞ」と具体的なことは言わない。

 怪しい宗教の勧誘とかこんな感じで話題を濁すんじゃないかなとか思いながらついて行く。


 不安もあったけど、ここまで来て帰るのもどうかと思い、その考えを振り払った。


「ここ」


 ついた場所はマンション。しかもとある部屋の前だ。


「いや、なにここ」


 全く知らない場所の全く知らない部屋の前に案内された俺の気持ち考えろよ。


「まあまあ」


 大原はインターホンを押す。

 少しするとインターホン越しに女性の声がした。


『はい?』


『こんにちは。直樹です』


 大原がそれだけを言うとガチャリと鍵が開けられる。

 中から開けられる様子はなく、大原が自分でドアを開けた。


「勝手に入っていいのか?」


「鍵開けてくれたし、勝手にじゃないでしょ。それにいつもこの流れだし問題ないよ」


「はあ……」


 玄関で靴を脱ぎ、廊下を歩くとその先に大きな一部屋がある。

 ソファやイスが置かれていて、そこに何人もの人が座っていた。


 数は、五、六、七……七人。

 それぞれテーブルでトランプをしていたり、一人でスマホをいじったりしている。


「マジで何?」


 トランプをしていた一人が大原の顔を見て、立ち上がりこちらまで歩いてきた。


「久しぶりね、直樹。彼女さんともう別れたの?」


「まだ円満にお付き合いしてますよ」


 大原と話すのは黒くて長い髪、化粧が厚めのナイスバディな女性。詳しい年齢は読めないが、俺達より歳上なのは確かだ。


「それじゃ何?」


「友達が失恋して凹んでたんで、慰めてもらおうかと思って」


「ふぅん」


 そう言って、その黒髪の女性は俺の方を見る。下から上、そして顔をじっくりと観察される。品定めでもされてる気分だ。


「そういうことね」


 納得したように呟いた黒髪の女性はパンパンと手を叩いて部屋の中にいる人の注文を集める。


「皆、いったん手を止めて集合して。新しいお相手が来たわよ」


 そう言われた六人はこちらに来て一列に並ぶ。こうして見ると全員が女の子だ。


 制服の子もいれば私服の子もいる。

 年齢も俺と同じくらいの人や歳上の人もいる。分からないけど明らかに歳下だなという感じの子はいない。


「あの、新しいお相手って?」


 俺は恐る恐る黒髪の女性に尋ねる。

 するとその女性はくすりと笑って楽しそうに目を細める。


「んー、まあ簡単に言うとあなたのお友達になる相手かしらね」


「……お友達?」


 俺はよく分からず、オウム返しをしてしまう。

 お友達を選ぶって何それどういうシステム? 合コンみたいな感じなのか? 合コンしたことないから分からんけど、こんな男女比おかしいことある?


「心配しないで。馬が合わなければそれまでだし、相性が良ければそのまま関係を続けるだけ。ここはあくまでも出会いの場の一つよ」


「出会いの場、ですか?」


「そ。街中で見ず知らずの人に声かけるのは怖いでしょ? だからこうして、出会いを求めている人を集めて、ここでマッチングしているの。ここはただきっかけを作っているだけ」


「はあ」


 そういう場所をビジネスとして提供しているものは幾つもある。近頃よく聞く街コンなんかがそれに当てはまる。

 それと似たようなもんか。


 対象が恋人か、お友達かの違いだけ。


「ま、お友達はお友達でもいろいろとあるよね、ということだけは理解しておいて欲しいけれど」


 そう言って、黒髪の女性はパチリとウインクを決めた。

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