第7話
連休はすることがない。
録画した番組を消化するか、適当にゲームをするか、漫画を読み漁るか、気分転換に出掛けるか。
友達と遊びにも行った。
とにかく考え込む時間を減らした。それでも夜寝る前とか、どうしてもじっと考えてしまうことはあった。
スマホはあまり見ないようにしていた。
現実と向き合うことが怖くてたまらないから。必要最低限にしか触れずに、部屋に放置していた。
今日は金曜日。
今まで通りなら俺と宮崎が会う日だ。
あの日からずっと、金曜日はそうだった。
朝起きて、俺は恐る恐るスマホを開いた。
宮崎からメッセージが来ていないかと思って。もしかすると違う内容のものが届いているという可能性があったが、それでもやはり気になった。
「……」
メッセージはなかった。
他の友達から遊びの誘いがきていたが、今日はお断りの返事だけしておいた。
万が一、宮崎から連絡があった時に行けないと困るからだ。
その日は家でぼーっとして過ごした。
何をしても集中できなかった。
いつから旅行に行っているのかも聞いていない。今は旅行の真っ只中なのかもしれない。
須川と楽しく笑い合っている姿を想像すると、また胸が痛くなった。
胸を痛める資格なんて、ただの友達である俺にはないというのに。
自分からメッセージを送ろうかとも思った。
悩んで、そして止めた。
結局その日、宮崎から連絡が来ることはなかった。
シルバーウィークが明け、学校が再開した。いつものように学校に行くと宮崎の姿があった。
いつも軽く挨拶をする程度だが、今日はどう顔を合わせていいか分からずに、俺はそそくさと自分の席に向かった。
宮崎は俺に気づいたようだけど、俺の違和感を察してか声をかけてくることはなかった。
旅行中に宮崎は須川に告白をしたはずだ。
今朝、仲良さげに話していた二人を見ても、振り振られた雰囲気はなかった。
であれば、きっと答えは一つだ。
大切な友達が恋を成就させたのだ。
それは喜ばしいことだし、祝福するべきことだろう。
もともと覚悟はしていたのだから。
今さらどうこう言っても仕方ない。彼女を困らせない為にも、俺は笑顔でいつも通りに接するべきだ。
彼女の友達として。
そうだよな。
よし。もし報告されたら、その時は笑って祝福してやろう。
彼氏ができればセックスは大好きな彼氏とする。それは当然のことだ。もともと付き合ってもいない相手としていたことが間違っていたのだから。
元より、俺との行為は須川の為の踏み台でしかなかったのだし。
寂しい時に彼女を抱きしめるのも、これからは須川の役割になるだろう。
大好きな彼氏に抱きしめられればきっと心は満たされて、寂しさなんて吹き飛ぶだろう。
そうに違いない。
ああ。
本当に。
俺の居場所はもうそこにないのか。
それを思うと、また胸が痛くなった。
「中野!」
放課後。
帰り支度をしていた俺に、宮崎が慌てて声をかけてきた。
「なに?」
「い、一緒に帰ろうよ」
慌てて走ってきたからか、微かに息を切らせていた。
不安そうな表情だった。そんな顔は見たくなかった俺は了承する。というか、別に断る理由もない。
「ねえ、何か怒ってる?」
帰り道。
沈黙を破ったのは宮崎のそんな一言だった。
「別に怒ってないけど、なんで?」
「朝もそうだけど、何か避けられてるような気がして」
「お前、旅行中に須川に告白したんだろ?」
「え、あ、うん」
「朝も仲良さげだったから気を遣ったんだよ。楽しそうな時間を邪魔しないようにしたんだ」
嘘だ。
けれど、真実を言ったところで彼女を苦しめるだけなのだから、偽り嘘をつく。
いつからか忘れていた、俺はこうあるべきだったのだ。
「そんなの気にしないでよ。友達なんだから」
「で、ちゃんとオッケーは貰ったのか?」
「う、うん」
もじもじと、恥ずかしそうに呟く宮崎は乙女の顔をしていた。やはり、俺ではその顔を出すことはできない。
宮崎を幸せにできるのは、須川健吾なのだ。
「そっか。おめでとう」
「ありがと。これも中野のおかげだね」
「俺は別に何もしてないだろ……」
「そんなことないよ。私のわがままにずっと付き合ってくれた。おかげで、健吾に嫌われずに済んだよ?」
「そりゃ、よかったな……」
ああ、そうか。
須川とヤッたのか。
付き合って日が浅いにも関わらず、躊躇いなく体を重ねたんだ。
もしかしたら、なんて考えが存在する余地はなく、全てが順調に進んでいるのか。
「あの、でもね!」
「当初の目的が達成されて何よりだな! 全部が上手くいってる。うん、いいことじゃないか!」
俺は笑顔を浮かべて早口に言う。
下手くそな作り笑顔だと、見えていない自分でも分かった。でも、こうでもしないと笑えなかった。
笑顔で祝福すると決めたのに。
こんなんじゃダメだ。
「これからは彼氏を大事にするんだぞ。でもあれだ、たまには俺とも遊んでくれよ?」
「それは、もちろんだよ」
「俺も彼女とか作ろうかね……ま、作ろうとしてできるもんでもないだろうけどさ。今度恋人の作り方でも教えてくれよ、先輩」
「中野……」
結局。
笑顔の祝福はできなかった。
心の準備がまだできていなかったのか。いや時間があればどうこうできたわけでもない。
こんなに辛いのなら、最初から何もなければよかったのに。
欲しいものに指先が届いた気がしていた。だから夢見ていた。それが幻想であることなど知りもせず、ただ都合のいいようにしか考えておらず。
だから。
それを失い、何も手元に残らなくなった今がこんなにも辛い。
「……」
その後は他愛ない雑談を交わした。
少し時間があればそれなりに振る舞うことはできた。
嘘つきの才能はないかと思っていたが、開花してないだけで俺の中にあるかもしれない。
「じゃ、また学校でな」
「うん……ばいばい、中野」
別れ際、宮崎は何かを言いたげな顔をしていた。
それを分かっていて尚、俺は聞こうとしなかった。
これ以上何かを知る必要はなかった。いや、知りたくなかったから。
「……はあ」
その週の金曜日。
当然だが、宮崎から誘いが来ることはなかった。
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