#21 新生
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キースは、マスコミを賑わせていた「不都合な真実」について記者会見を開き、完璧な対応を見せる。ルービンの反撃は空振りに終わった。そして、それまでとはまったく質の違う新作の製作に着手する。シャロンに「時期が来たら、必ず招待する」と約束して。
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いったんマンハッタンに戻っていたシャロンは、リンジーとともにテレビのまえに張り付いていた。キースから「きみへのサプライズ・プレゼント」というタイトルのメールを受け取っていたが、肝心の中身はチャンネル名と日時のみ。今度は何を企んでいるの? 期待と興奮が少しずつ高まるのを感じながら画面を見ていると、記者会見場が映し出され、キースが姿を現した。
「あなたの色男のお出ましよ」リンジーがからかう。
「うるさい」シャロンは一蹴した。「余計な茶々を入れないで」
リンジーが肩をすくめると、キースが会見を始めた。
「私が役員を務める〈フォード&フィッシュ・インベストメント〉がペンシルベニア州ヤングスヴィルにおけるシェールガス掘削事業に出資しているという一部の報道につきまして、ご説明いたします」
キースは少しも臆した様子を見せず、堂々としていた。
「あの件は、何者かが入手した内部情報をもとに、コーネル大学のルービン教授が発言したものです。われわれが出資しようとしていたことは事実ですが、最終決定ではありません。この場で、出資撤回の方向で決定したことをご報告します」
「風向きが悪くなったから止めたんですか?」記者席から質問が飛ぶ。
「私の話はまだ終わっていない。最後まで聞きたまえ」キースの一喝で、場内は静まり返った。
「ほかの出資者のうち、数社も同様に撤回を決め、この計画自体が中止に追い込まれました」
「あなたが圧力をかけたんですか?」先ほどの記者が果敢にたずねる。だが、キースはそれを無視した。
「そこでわが〈フォード&フィッシュ・インベストメント〉は、掘削予定地を買い上げることとしました。当面は自然保護地区として管理しますが、ゆくゆくは自然公園もしくは植物に関するテーマパークにする計画を考えております。私からは以上です」
シャロンは手をたたいて喜び、「これがキースよ!」とリンジーに抱きついた。「相変わらずやることが派手ね」リンジーはそう言いながら、友の激しい抱擁に付き合った。
すると、記者から質問が飛んだ。
「ことの発端となったコーネル大学のルービン教授ですが、これまでに環境保護団体から多額の謝礼金を受け取ってさまざまな声明を出していたことが発覚しました。あまりのタイミングのよさに驚いているんですが、これについてはどう思われますか?」
「とくにコメントはない」キースはあっさりと質問を退けた。
さらに質問が飛ぶ。
「今回の騒動は次回作の話題づくり、プロモーションだったのではという見立てもありますが」
キースは意味ありげに笑みを浮かべた。
「物事の裏にはドラマがある。当事者以外には知らなくていいドラマがね」
*
シャロンはふたたびロスに滞在し、アニメーションの製作に協力した。以前につくったものの一部はアニメ用に修正して流用できたが、キースから「楽しく遊び心のあるものを加えてほしい」と頼まれ、新たな植物の世界を次々にデザインし、別世界に迷い込んだ少年を助ける〈森の番人たち〉のキャスティングでもアイデアを出した。
「リーダーはセコイアで決まりね。英知をそなえた長老として」
「僕も同じことを考えていたよ」キースが笑う。
「あと、女の子の設定で高山植物を出すのはどうかしら? たとえばサウスレア・ゴシピフォラっていうキク科の植物は、白くて丸い綿のような花を咲かせるの。ユニークな見た目もアニメにはぴったりだと思うけど。それとも、平地に降りて来ちゃダメ?」
「いや、アニメだからかまわないさ。楽しさ第一でいい」
そんなやりとりをしながら、キースが考えた物語は少しずつ具体性を帯びていった。
一カ月がすぎたころには、舞台背景やキャラクターがすべて固まった。キースの強い希望で、少年にとって大切な場所である〈裏庭〉は、シャロンの祖父の家の裏庭をそのまま再現することになった。
「この映画が生まれるきっかけになった場所だからね。それに、きみの映画でもある」
キースが理由を話すと、シャロンは「おじいちゃんもきっと喜ぶわ」と心からの笑みを見せた。
役割を終えたシャロンは、ひとりマンハッタンに戻った。これからはおそらく寝る暇もない。時期が来たら、必ずきみを迎えにいく。待っていてほしい――キースの言葉をしっかりと胸に抱きしめて。
今の私にできることは、彼の言葉を信じて、そのときを待つだけだ。
*
キースの新作『グランパズ・バックヤード』が公開された。製作から公開までの日数は一年にも満たず、異例とも言える短さだった。最新のCG技術を使いながらも描画のレベルをあえて落とし、上映時間を90分と短くしたことが功を奏した。
古風でどこか懐かしいアニメ映像の味わいと、少年の成長と家族の再生を描いたストーリーは幅広い世代に受け入れられた。上映時間が短いことで一日あたりの上映回数が増えたことも、興行収入に寄与した。キース作品にしては控えめなヒットではあったが、制作費を通常よりぐっと抑えたことで、利益率とすればいつも以上の成功と言えた。批評家たちからも好意的に受け入れられた。
キースは『バラエティ』誌の記事のなかでこう語っていた。
「最近の映画は金がかかりすぎる。なのにかつてのようにメガヒットが出ないから、映画会社はヒット作の続編やリメイクばかりつくっている。このままではハリウッドの低迷に拍車がかかるだけだ。今回の作品で、僕は新しい試みにチャレンジしたつもりだ」
作風も変わったのではないかという記者の質問には、こう答えていた。
「いや、本来僕が持っていたものなんだ。もっとも、僕ひとりではそれを形にすることはできなかったがね。ある人がそれを引き出してくれた。見ることを避けていたものに目を向ける勇気を与えてくれた。その人には感謝してもしきれない」
その雑誌が、シャロンのもとにキースから送られてきた。映画の完成を伝える電話を最後にしばらく連絡が途絶えていたため、シャロンは飛び跳ねたくなるのをこらえて包みを開封した。なかにはカードが同封され、こう書かれていた。
シャロンへ
プロモーションで世界中をまわっていたため、連絡できなかった。すまない。だが、じきにきみをこちらに招待する。二月の終わりごろか三月の始めぐらいになる。楽しみに待っていてくれ。
僕に考えがある。
キース
シャロンはそのカードのことをリンジーに話した。
「時期が微妙に曖昧なんだけど、これ、どういうことかしら?」
リンジーはなかば呆れ顔でシャロンを見た。
「ハリウッドで仕事したくせに、ほんとに何も知らないのね」
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