#18 すれちがう心
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結ばれた夜の翌朝、森を楽しげに散策するキースとシャロン。だが、ふとしたことで言い争いになり、キースが口にしたひと言に、シャロンは傷つく。それが本意ではないとわかっていても……シャロンの心は揺れる。
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翌朝、朝食を終えたふたりは、ディエゴが帰りの支度をしているあいだ、あたりを散策した。木立を抜ける初秋の風は清々しい反面、ひんやりとしている。シャロンには、握ったキースの手の温もりがよりいっそうあたたかく感じられた。幸せだった。
「この巨木を見ていると、イマジネーションがかき立てられるよ」キースがあたりを見上げながら言った。
「どんな映画ができそうかしら」シャロンは楽しげにたずねた。「森の動物たちとセコイアの長老たちが悪い人間をやっつけるとか?」
「そういうものは、ディズニーか日本のアニメにでも任せておけばいいさ」キースが笑った。
「じゃあ、ドキュメンタリーはどう?」
「それはナショナル・ジオグラフィック」
「だったら、こういう森を舞台にしても派手なドンパチ? いつもみたいに」
「まあ、悪くはない」
シャロンはさらに一歩踏み込んだ。
「あなたの映画をすべて見て思ったんだけど、一度今までとちがった映画を撮ってみたら?」
「恋愛映画を撮ったよ、きみも見ただろう」
「でも、あれはスペクタクルでしょ。そういうんじゃなくて、もっと人の心を揺さぶるようなものよ」
キースはすぐに反論した。
「よく見かけるよ。それまでは売れ線の娯楽映画を撮っていたくせに、急に社会派めいたものやシリアスなドラマをつくり出す連中を。僕はきらいだね。むしろシルベスター・スタローンみたいな人間を尊敬するよ。彼はあの年になっても、いまだに痛快なアクションにこだわっている。ブレがない」
「あなたはそれでいいの?」シャロンが不満そうに言った。「いつまでも『ああ楽しかった』で終わっちゃうような映画ばかりつくっていて」
「それのどこが悪い?」キースは足を止め、シャロンに険しい顔を向けた。
「楽しいからみんなが見る。だからヒットする。そもそも映画は大衆娯楽だ。僕は親父がつくってたみたいな売れない映画は撮りたくない。家族がバラバラになった元凶なんだ。このまえ話したじゃないか」
「話が飛躍してるわ。心を揺さぶる映画だってヒットするものはしてるじゃない」
「きみに映画の何がわかる? 僕の何がわかる?」
キースのきつい物言いに、シャロンは言葉を失った。
「きみに頼んだのは美術の監修だ。僕の映画づくりにまで口出ししろと頼んだ覚えはない」
荒々しい声が止み、しばしの沈黙が降りた。
「ごめんなさい、余計なことを言って」シャロンはうつむいたまま、キャンプサイトへ歩き始めた。その横顔を見て、キースはとんでもないまちがいを犯したことを悟った。
「すまない、つい言いすぎた。本意じゃないんだ」キースはシャロンの手を取ろうとしたが、シャロンはその手を振り払い、足早に歩いていった。
*
ディエゴは、口もきかず顔も見ようとしないふたりを気にしてはいたものの、普段どおりに使用人の役割に徹した。サンノゼまでの車中でも、ロサンゼルスまでの機内でも。ビバリーヒルズの邸宅に戻り、車から荷物を降ろしていると、シャロンが断固とした足どりでまっすぐに屋敷のなかへ消えていく。そこでようやく、キースにたずねた。
「散策中に何かあったんですか」
「いや、僕が悪いんだ。しばらくはそっとしておくしかあるまい。きみはいつもどおりに彼女に接してくれるか」
「わかりました」ディエゴは悲しげな表情を浮かべた。
その夜、シャロンは夕食の時間になってもダイニングに姿を見せなかった。キースの指示で、ディエゴは彼女の食事を部屋まで運んでいった。
ドアをノックする。
「ディエゴです。お食事をお持ちしました」
「入って」
室内に入ると、シャロンがソファに座って窓のほうを眺めている。ディエゴはテーブルに食事を並べ、とくに感情を込めることなく言った。
「自慢じゃありませんが、私の料理はおいしいです」
シャロンはようやくディエゴのほうに顔を向け、力なく微笑んだ。
「わかってるわ。大丈夫、ちゃんと食べるから」
ディエゴが去ろうとしてドアを開けたとき、シャロンはたずねた。
「キースはどんな人なの?」
ディエゴは振り向くことなく、「その質問にはまえにお答えしました」と言った。そしてシャロンのほうに顔を向けた。
「あとは、信じるか、信じきれるかどうかです。シャロンさん」
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