#05 運命のプレゼン

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シャロンとリンジーは装花のプランをまとめ、キースにプレゼンした。評価は上々。そしてシャロンは、キースが自分に興味を示すのは、植物の知識やフラワーアレンジメントのセンスだけではないことに気づく。


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 ドアをノックする音がし、ふたりは同時に顔を上げた。ガラス戸の向こうにキースが立っている。

「もうそんな時間!」リンジーが漏らすと、シャロンは「私が出るわ」と入り口へと向かった。

「こんにちは、キースさん」ドアを開け、ひるむことなく視線を合わせて言った。仕事に没頭していたおかげで、心がしっかりしている。「お待ちしていました。どうぞお入りください」

 キースはシャロンの自信に満ちた表情に驚いた。最初に出会ったときの彼女とはまるで別人だ。役者であっても、素と演技とでここまで変わる人間はそうはいない。

「その表情から察するに、準備万端らしいね」キースは頬を緩めると、先にステファニーをなかへ通した。「『さん』はいらないよ、シャロン。キースでいい」

「わかりました、キース」

 シャロンがきっぱり告げると、キースは満足したような笑みを見せた。それに応えるように、シャロンがかすかにうなずく。これがいつもの私だ。リンジーから植物オタク呼ばわりされるシャロン・メイフィールド。

 四人は奥の部屋から店内へと運び出されたテーブルを囲んだ。卓上は、準備したラフスケッチやサンプル写真、配置場所に赤く丸印が付けられたペントハウスの間取り図によって占拠されている。

「まず、私のほうから装花について説明します」

 リンジーが口火を切った。間取り図の印を指し示しては、そこに配するフラワーアレンジメントで使用する花、ラフスケッチ、仕上がりのイメージに近いサンプル写真を見せて説明していく。キースの感想やアイデアにもしっかり耳を傾け、採り入れるべきものは採り入れながら、ひとつひとつのプランを固めていった。

 その間、ステファニーはただの一言も発しなかった。サングラスこそ外していたが、いつもどおりの無表情だ。

「リーヴァさん、ご意見やご感想がおありでしたら承りますよ。ご自身のパーティなんですから、ご遠慮なくおっしゃってくださいませ」

 いやみすら言わないことに不安になり、リンジーは猫なで声で言った。

 ステファニーは表情を変えずリンジーに目を向け、不穏な間をとってから口を開いた。

「昨日も言ったけど、あたしはあたしのために男が動くのを見ていたいのよ。あたしがしゃしゃり出てどうするの?」

 リンジーは呆気にとられてうつむき、ちょっとだけシャロンのほうに顔を向けて、「この人、きらい」と口だけ動かした。

「ステファニーのことは気にしないでくれ」見慣れた光景だと言わんばかりに、キースがさらりと言う。「ではリンジー、いま詰めた方向で頼むよ」

 区切りをつけるキースの言葉によって、ひとつのシーンが終わったかのように場の空気が変わった。

「では、私から続きを」今度はシャロンの出番だ。「リビング以外の七つの部屋にコンテナガーデン、ミニチュアの庭園を配置しようと考えています。もちろん、それぞれ異なる植生です。日本庭園めいたものとか、砂漠の植物とか――」

「ステファニーに出てもらった『エネミー・オブ・エンジェルス』には砂漠のシーンがあるよ」キースが口を挟む。

「まさにあのイメージです。ステファニーさん扮する女性科学者がテロリストたちの潜伏場所から脱出して、息子さんと涙を流しながら抱き合うシーン。オレンジ色の夕空をバックにジョシュアツリーがシルエットで浮かび上がってとてもきれいでした」

「あのシーン、きらいじゃないわ」ステファニーが初めて反応を見せた。

「よかった!」シャロンは自信を深め、知らずのうちに饒舌になった。「私、意図的に砂漠を見せている気がしたんです。それまでの目まぐるしい展開とはうって変わって時間がゆったり流れて、強く印象に残りました」

 キースは表情こそ変えなかったが、内心驚いていた。シャロンの輪郭が一段とくっきりしたように見える。

「そのとおり。あそこは物語のターニングポイントになる重要なシーンなんだ。意図を理解してもらえて、監督としてはとてもうれしい。きみは映画をよく見るのか?」

 シャロンは虚をつかれた。しゃべりすぎたばかりに、いちばん聞かれたくないことを聞かれてしまった。映画監督をまえにして、おととい二十年ぶりに一本見ました、なんて言えるわけがない。

 まごつくシャロンを見て、リンジーが苦しまぎれの助け舟を出した。

「シャロンは、『E.T.』を超えた映画は『エネミー・オブ・エンジェルス』が初めてだ、と言ったんですよ」

「意味がよくわかんないんだけど」ステファニーがしかめ面をする。「どういう比較よ?」

 リンジーはひるまず、口からでまかせで押し通すことにした。

「『エネミー・オブ・エンジェルス』では、いちばん重要なシーンで植物を平和と愛の象徴としてポエティックに提示している。かたや『E.T.』は植物に対する愛に満ちてはいるけれど、その描き方がストレートすぎると。ね、シャロン」

 シャロンは困惑し、ぎこちなく微笑むしかなかった。

「ますますわけがわかんない。でき損ないの評論家じゃあるまいし」とステファニー。

「まあいいじゃないか。話を戻そう」キースが割って入った。「シャロン、先を続けて」

「あ、はい。ええと、つまり各部屋に異なる植物群のコンテナガーデンを置くことで、九つの異空間を演出したいと考えています」

 リンジーがしたように、シャロンはラフスケッチや写真を見せながら細かく説明していった。

「ちょっとした植物園、テーマパークというわけか。いいね、おもしろそうだ」

 キースの満足げな表情を見て、シャロンは安堵した。売れっ子の映画監督と言われるこの人を、絶対に喜ばせるコンテナガーデンに仕上げてみせる。

「これでまずは一安心だ。当日を楽しみにしているよ」

 キースが立ち上がると、ステファニーは身をかがめるようにしてリンジーとシャロンの顔を交互に見た。「つまらないもの飾ってキースと私に恥かかせたら、ただじゃすまないから」そしてサングラスをかけると、そそくさと店外へ出て行った。

 キースは苦笑しながら詫びた。

「すまないね。撮影中は与えられた役柄になりきってくれるが、普段はあんなふうなんだ。だからトップ女優になれたとも言えるが」

 普段はあんなふう……。その言葉が、シャロンの胸に重く響いた。

「とにかく、いい仕事を期待しているよ」キースが外へ出ようとドアを開ける。そして振り向いたとき、シャロンと目が合った。入り口上部のスタジオライトに照らされ、その瞳にひまわりがはっきりと見てとれた。

「きれいなひまわりだ」キースはつぶやいた。

「えっ」

 私の瞳のことを言っているの? おじいちゃん以外、誰も気づいたことのない瞳のひまわりのことを。

 去っていくキースのうしろ姿を見ながら、シャロンは胸がふたたび高鳴るのを感じていた。

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