#04 ヒットメーカーからの依頼
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〈リンジーズ・ガーデン〉を再訪したキースは、シャロンとリンジーに対し、自身が主催するパーティの装花を依頼する。ビッグビジネスの到来に意気上がるリンジー。シャロンは特別な想いを胸に、全力を尽くそうと誓う。
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「この色彩や匂いがたまらないね。朝から花や緑に囲まれるのはじつに気分がいい」
書類ケースを手にしたキースが〈リンジーズ・ガーデン〉に現れた。となりには、サングラスをかけたステファニーがいる。昨日と同様、笑みのかけらもない能面だ。
「あの女が余計ね」リンジーがシャロンにささやく。が、すぐににこやかな表情を浮かべ、「おはようございます、ベイカーさん」と営業モードに切り替えた。
「あたしも客なんだけど、一応」とステファニー。
「これは失礼いたしました。おはようございます、ミス……」
リンジーはわざと名前を言いよどんだ。すると、ステファニーが少しだけサングラスを下にずらして言った。
「あたしのこと、知らないわけ?」
「まあ! 人気女優のステファニー・リーヴァさまでしたか。昨日、お名前をうかがわなかったものですから」
「キースだって名乗ってなかったわよ」
リンジーはその返しを無視し、ただニコニコと笑っている。
シャロンは呆れながらその様子を見ていた。昨日は「仕事は仕事」だと言ったくせに。
友人の矛を横から強引に収めようと、シャロンは「どうぞなかへお入りください。ベイカーさん、リーヴァさん」と明るく声をかけた。
その調子。いつもの私だ。ふたりは大事なお客さま。明るく丁重におもてなししないと。
通りしな、キースとシャロンの目が合った。深くまで覗き込むようなキースの視線に、シャロンの心が一瞬にして大きく波打つ。
「キースでいい、シャロン」
静かな声音と笑みのかけらが見えたような表情に、全身がほのかに熱くなる。シャロンは自分に言い聞かせた。落ち着くのよ、シャロン。これから大事な打ち合わせがあるんだから。
*
四人はレジの裏側にある小部屋でテーブルを囲んだ。キースが書類ケースからペントハウスの間取り図と室内の写真の束を取り出し、卓上に広げる。
「これがパーティ会場となる〈フォーシーズンズ・ニューヨーク〉のペントハウスだ。最上階ワンフロアに九部屋あり、すべてつながっている。料理を運ばせるのはこのリビングになるが、ゲストには全室を自由に出入りしてもらいたいと思っている。もちろんベッドルームを使うことはないが、わが国で最高級のスイートだからね。見るだけでもちょっとした余興になる。そこで、きみたちに九部屋すべての装花をお願いしたい」
「九部屋すべて」という言葉に、シャロンとリンジーは思わず顔を見合わせた。花束を二つ三つ用意するのとはわけがちがう。
「どういったパーティなんですか」リンジーがたずねる。
「誕生パーティさ、こちらのステファニー・リーヴァのね。主演してもらった映画が大ヒットしたし、慰労もかねての僕からのプレゼントだ」
キースがステファニーに笑みを向けると、マネキンめいた無表情が初めて柔らかに崩れた。そんなふたりを目にして、シャロンの胸のあたりがきゅっと痛む。無意識のうちにテーブルの下でリンジーのほうへ手を伸ばし、彼女の手首を握った。シャロンの顔を見なくても、リンジーにはその意味するところが理解できた。友を想って、場の空気を変えようと、とりあえず口を開く。
「でもふつうは――」
「サプライズ・パーティにするんじゃないかって言いたいんでしょ。あたしはそれがイヤなの。あたしのために男がいろいろ動きまわってくれるプロセスが見たいのよ。わかった?」
ステファニーの返り討ちにあい、今度はリンジーがシャロンの手をぎゅっと握る。それでシャロンは目が覚めた。
ここは浮いたり沈んだりしてる場合じゃない。ビジネスに集中しないと。
「それで、何かご要望はありますか」
シャロンがしっかりした口調でたずねると、キースは両腕をテーブルに乗せて組み、ぐっと身を乗り出した。
「九部屋すべてと言ったが、変化はつけてほしい。どの部屋も同じようなデコレーションでは、部屋を移動したときにおもしろみがないからね。入り口や料理を置くメインテーブル、その他のサイドテーブルなどは花が中心。それら以外は、大型の鉢植えでもコンテナガーデンでもかまわない。きみたちふたりのセンスに任せたい。楽しさや驚きのあるコーディネートを期待している」
「ご安心を。ご期待以上のものをお届けしてみせます。で、パーティはいつですか」リンジーはすっかり立ち直っていた。
「三日後の九月二十日。パーティは夜七時に始まるから、遅くとも六時までにはセッティングを完了してくれたまえ。で、きみたちを信用しないわけじゃないが、明日の夜に一通りのプランを確認したい。急な話で恐縮だが、準備できるかな」
「もちろんです。ね、シャロン」
シャロンはお腹にぐっと力を入れる。
「問題ありません」
その決然とした口調に、キースは安堵の笑みを浮かべた。
「オーケイ。話は以上だ」
その言葉を合図に全員が立ち上がり、店先へと歩いていく。
「明日は夕方六時ごろに来る。よろしく頼んだよ」
キースの言葉にリンジーとシャロンは笑顔で応え、雑踏へと消えていくふたりを見送った。
「大変なことになったわね」とシャロン。
「神様だって天地創造に七日かかったのよ。でも、やるしかないでしょ。あのイヤミな女は気に入らないけど」
「さっきはごめんなさい。情けないところを見せて」
「え? ああ、いいのよ。あんなふうにふたりで見つめ合ってニコニコされたら、誰だって動揺するわよ。シャロンの気持ちはよくわかるけど、昨日も言ったようにあきらめなさい。別世界の人間なんだから」
「あきらめるも何も、私はただあの人のことが気になるだけ――」
「それを世間では恋愛感情と言うんです。まだ芽吹いたばかりだろうけど、水をやって陽の光をあてていたら、あっという間にすくすく育っちゃうわよ。根が大きく張ってツタが絡み出したら、それこそ大変なことになる。だから今のうちに摘み取っちゃいなさい。
シャロンは黙って親友の言葉を聞いていた。そういうことなんだろうか。でも、かつて人を好きになったときには、こんな気持ちにはならなかった。
「さあさあ、アパートに帰ってアイデアを練らないと。シャロン、店じまいするわよ」
そうだ、今は仕事に集中しよう。あの〈ブルーム&スタイル〉ではなく、私たちを選んでくれたんだから。その期待を裏切るわけにはいかない。私のことを想ってくれる親友のためにも。
あの人……キースのためにも。
*
深夜遅くまでかかってアイデアをまとめたふたりは翌日、店のドアに〈We're Closed.〉のサインボードをぶら下げ、朝から作業の続きに没頭した。入り口やリビングの隅に配するスタンドフラワーとテーブル上のフラワーアレンジメントはリンジーが、残る六室にアクセントをつける鉢物はシャロンが担当する。昨夜決めた全体の大まかなコンセプトをもとに使用する花や植物を選定、それぞれの写真を用意して、つくるアイテムごとにまとめていった。
「個別の写真を見せても全体のイメージはつかめないだろうから、ラフスケッチも用意しておいたほうがいいわね」とリンジー。
「そうね。あと、過去の商品写真のなかからイメージの近いものも見せてあげれば、大体わかってもらえるんじゃないかしら」
「でも、アレンジの使い回しはしないわよ。今回は冒険してもいい気がする。基本は押さえつつ、華やかさも保ちつつ、でも大胆さを忘れない。なにせ、ハリウッドのヒットメーカーが依頼主だもんね」
「人気女優さんの誕生パーティってことも忘れちゃダメ」
「憎たらしいけど、ちゃんと心得てるって。いいものをつくって、絶対に見返してやるわよ」
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