「お酒」




 初授業失敗に乾杯。



 飲むお酒は度数9%のちょっと強めの缶チューハイで、ゴクゴクゴクと一気に体の中へ流し込む。

 

 今日起きた出来事と一緒に流れていってくれたら……なんて。



 アルコールの力で無理やりにでも忘れて楽になりたいとこだけど、無理なんだよなぁ……。


 こんなこと考えてる時点でいっぱいに埋め尽くされて、他に何も浮かばなくなる。





 ぐっちゃぐちゃにされたから……。

 



 数学の授業。


 自分で言うのもなんだけど、初めの方はかなり上手く出来てたのに。



 緊張してた割には噛まずに話すことが出来て、



 数学なんて名前に変わっても結局やることは算数とそう変わらないんだよって伝えたくて。




 何日も前から段取りを決めてその通りに進んでいたのに……ぐちゃぐちゃにされてしまった。


 

 そりゃ冷やかした皆も悪いけどさ、まさかあそこで躓くなんて思わないじゃん。


 あれくらいの計算なら間違えたりはしないだろうって、そう思って当てたわけで。



 楽勝とか言っておきながらあの流れは読めないって……。

 



 あの後も、ホント地獄だった。


 収拾の着かないまま罵倒合戦が始まるわ勝手に教室から出ていこうとするわ、あたふたしてたらチャイムがなって授業終わるわで何も出来なかった……。




 一つの解決も、出来ていない。





 良くなかった部分があることはわかってるよ。



 冷やかしてきた生徒達をしっかり叱るべきだった。


 大騒ぎする南原をしっかり説き伏せるべきだった。



 それが出来なかったのはしっかりしていない自分の責任で、ひよってしまった自分に非がある。




 でもさ、いきなりは無理だって……。


 あそこまで暴れるなんて思わないじゃん。


 


 大声出して威嚇したり、教師に歯向かって授業止めたり。


 腹が立つのはわかるけどそんなことが出来てしまう南原のことがわからない。




 南原だけじゃない。


 南原が大騒ぎしてるところを見て楽しそうに囃し立てていた村上達のこともわからない。



 なぜか授業中に立ち歩いて構って貰おうとする伊藤のことも全くわからない。




 出会って一週間も経っていない生徒達だから、わからないことが多いのはしょうがない。



 でも、情報としてわからないんじゃなくてもっと根本的に人として行動の原理が理解出来ないよ。




 俺にだって中学生だった時代はある。


 経験からして中学生なんてこんなものだろうって甘く観ていた部分がどこかであって、だからこそ想像との違いに面食らってしまう。


 



 俺は、こんな中学生じゃなかった……。

  


 もっと大人しくて、勉強ばかりして、先生の言い付けはしっかり守る、そんな優等生だった。


 周りにはやんちゃな子もいたし、ガキ大将みたいな偉そうなクラスメイトもいたけど、授業中にまで弾けてしまうようなぶっ飛んだ生徒は流石にいなかった。




 私立と公立の違いはあるのかもしれないけど、そこまで変わるものなのか……?






 やめよう。


 これ以上は沼だ……関係ないことまで考え始めてるし。



 自分の性格上、失敗は引きずるより忘れてしまう方が上手くいく。


 例え忘れることが難しくても、忘れる努力をして反省云々よりその記憶がこびりつかないよう工夫する。




 大丈夫……大丈夫。



 大丈夫になるためのお酒だ、そのために飲んでるんだから。

 



 残りのお酒を一口で全部飲み干して、空き缶を机の上に音を立てて強く置く。




 フ―――ッ。




 でも……そうだな、わからないならわかる努力はした方がいいか。



 仲良くなりたいわけじゃない。


 仲良くならなくていい。



 今後教師を続けていく上でスムーズに授業が行えるように、極力負担にならないように。




 上手く扱えるために、知っておいた方がいいか。

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