「二週間の経過観察その1」
合縁中学を構成する校舎群は東校舎、中央校舎、西校舎の3つがグラウンドを囲うよう向かい合う形で並び立つ。
中央校舎には職員室と2年生の教室、東校舎には3年生の教室、西校舎には1年生の教室がそれぞれ設けられていて、景観としては何一つ捻りのない至って普通の公立中学。
さて、4月も半ばが過ぎた今日この頃。
そんな全くと言っていいほど変哲のない合縁中学、校舎群を忙しなくも歩き回る自分がいる。
3限の終わりを知らせるチャイムが鳴ると同時に職員室を出て、階段伝いに中央校舎1階まで下って、今は西校舎へと続く渡り廊下を歩く最中で……。
その西校舎まで到り着けば、今度は階段を登って3階突き当たりに位置する1年3組の教室が目標地点。
4限に数学の授業があるのは2組の教室だけど、今向かうのはあくまでも3組の教室という部分がミソだったり。
――そう、今日も今日とて授業が始まる前のルーティーンを行わなければならない。
初授業が失敗に終わって早二週間。
生徒のことを知らないなら知る努力をすればいい、そう思い立って始めたのがこのルーティーン。
授業前の、休み時間に行う生徒観察だ。
ただ観るだけでいい。
その子がどんな生徒なのか、特徴を知って言動を把握して、上手く扱っていくためだけのただの観察。
打ち解け合う必要なんてない、傍観することに徹しよう。
いつもみたく当たり前のように、普通にじっとしてればいい。
そう自分を落ち着かせて、革靴をコンクリに擦らせながらコツコツと廊下を歩いて行く……1年3組の教室へ向けて。
――――(♠️)――――
至るところから生徒達の話し声が聞こえてくる。
慎ましく談笑している生徒もいれば周りを一切気にせずバカ騒ぎしている生徒、走り回ってる生徒なんかもいて………あぁ、中学の休み時間ってこんな感じだったなと少し懐かしく思えてくる。
3限目終了、休み時間。
教室に入ってすぐ、教卓の隣にパイプ椅子を一つ持ってきて腰を下ろす。
4限の授業で使う予定のノートなど準備一式を両手に抱え、目を通してるふりをしながら時折教室の一部に目を向けて……。
本当ならもっと堂々と観察した方が楽なんだけど、あまり堂々とし過ぎてるとそれはそれで生徒に絡まれそうな気もするので基本はこのスタンスでいく。
観察を始めてもう二週間は経つか……。
休み時間を教室で過ごす生徒限定ではあるけれど、それなりにデータも集まってはきている。
今教室にいる生徒の数は10人弱と普段に比べて少なめで………ちょうどいい、今日は一人一人をいつもより深く観察してみよう。
そうだな、まずはあそこの三人組。
「ようブチィ、なにやってんの?」
「うわっ……西か。……その呼び方やめろって」
「なんでそんなビビってんの?」
「ビビってねぇわ。忙しいから向こういけ」
「あっ? なんもしてないのにどこが忙しいんだよ」
「伊藤の太もも視姦するのに忙しいんだろ。さっきからガン見してるもんな」
「おっ、高原っ! ………えっ……マジ?」
「いやいやいやいやっ! 見てねぇわっ!! 急になに言ってんだ!? てかいきなり入ってくんなや高原っ」
「いや完全に見てただろ。俺はな、伊藤を見てるお前を見てた」
「……はぁ………だから見てねえよ…。お前本当にそういうのやめろよ……?」
「そうやって萎えたフリしてゴマかすのがいつもの戦法だろ? もうな、読めてんだよ」
「えっ? なにっ? どっち?」
「だから見てねえってっっ!!」
と、このように仲良く大騒ぎしてるのが
細目でやや肥満体型気味の生徒が渕崎。
ニチャニチャした笑みが特徴的な西。
背が高く小バカにした感じが燗に障る高原。
休み時間に渕崎の席に集まっては談笑してる光景をよく見かける。
話の内容はクラスメイトの陰口かエロい話のどちらかで、気持ちエロい話の割合が高い気がする。
陰気な生徒でなければ陽気な生徒でもない。
教師視点では、良くも悪くも無難な生徒という印象を受けた。
あと、なんだろう……。
今もそうだけど、一部の男子の間で伊藤の人気が高いらしいことを知った。
やはり中学ともなれば外見至上主義なのか、多少中身が歪でも見た目さえよければ相応の評価はされるらしい。
今みたいな伊藤を引き合いに出した絡みが各所の男子達から散見される。
お次は教卓前から4番目の席に座るボリューム特大の生徒、
クラスで一番体が大きく、クラスで一番太っている。
初めて見たときはガキ大将なんじゃないかとそれなりに強い衝撃を受けたが、実際のところはかなり気が弱く大人しい。
同様に大人しそうな生徒と仲良くしてるところをちらほら見かける。
その大人しそうな生徒の一人が、今隣で立野と話をしている
薄く笑う表情が印象的な頭の良さそうな生徒。
立野とは対象的に身長が低く体も小さい。
なんというか、立野と古川の組み合わせを見ているとどこか親子のようで面白い。
次は……。
あぁ………うん、あいつでいいか。
スルーしたいとこだけど、それはそれで観察する意味がなくなるし。
左端の列、一番前の席で読者をしている生徒、暁あかつ。
一見すると落ち着いていて爽やかな少年に見えなくもない。
理知的で、物静かで、周りの一年と比べると比較的大人のようにも見えなくはない。
だけど、実際のところは……。
「暁さぁ、本ばっか読んでて楽しいか~? 喋ろうぜ、オレと」
「………」
「無視すんなって……。おろっ、んんんんっ~? なに読んでるのかな~?」
「あっ」
「小説かよ……。てかお前頭良くないだろ? バカが読む小説はエロ小説って相場が決まってるからな。おら、エロいシーンどこだ? エロいとこ教えろエロいとこ」
「……返してもらっていいですか?」
「エロいとこ教えたら返してやるよ。おら、採点してやるからエロいとこ教えろエロいとこ」
「はぁ……一応ここからは録音させてもらいますね。もう一度言いますよ……返してもらっていいですか?」
「あっ、録音……!?」
「これね、無断で僕の本取ってきましたけど立派な略奪行為になってるんですよね。大丈夫ですか?」
「……ぉ」
「さっき僕のこと頭良くないとかバカとか言ってきましたけど、これだって立派な中傷行為になってるんですよね。大丈夫ですか?」
「やっ、お前な」
「僕がエロい本読んでると決めつけてエロエロ連呼してましたけど、これは周囲の人間に対して僕への心証を著しく下げる発言であって、名誉を傷付けるには十分すぎる内容だと思いますけど大丈夫ですか?」
「聞けって! だからお前な」
「流石にこのレベルだと刑事の範囲で対応してもらうことは難しそうですけど、民事の範囲ならどうとでもなるんで代理人挟んで相応の対応お願いしますね。たぶん今月中には訴状届くと思うんで」
「そ、訴状っ!? や……やっ、いやいやいやいやっ! 知らんっ、知らん知らん知らん。ああああああああっウザいウザいウザいウザいウザいウザい」
「おい、逃げる前に本置いていけよ」
いたなぁ……こういうやつ。
インテリぶって難しい言葉ばかり使って責めてくるタイプ。
なぜかそういうときに限って敬語使ってきたりとか。
暁は、そういう枠らしい。
入学式の一件から尖ってる部分はあるんだろうなと警戒はしていたけど、やっぱり面倒臭い系か……。
録音がどうとか言ってたけど、それが本当なら録音するための機材を学校に持ち込んでるわけで。
取り上げた方がいいのかな……。
でもなぁ……今以上に揉めそうだし、変なバトルが始まりそうだから止めとこ。
正直言ってあまり関わりたくはない……。
先生は、暁が恐いです。
次は――。
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