「自己紹介」
「みんな、席に着いてる? 教室に戻っていない生徒とか、いないかな?」
言葉にしながら教室全体を見渡し、自分の目でも確かめてみる。
入学式が始まる前に教室で取った点呼では欠席者がいなかった……つまり、空いてる席は存在しないはずで……。
よし、全員いる。
「えーっ、下校する前に先生の方から色々とお話があります。今後の説明とか配布物の訂正とか、まあ事務的なものが大半ですが……まずその前に、先生も含めて全員で自己紹介をしたいと思います。お互い顔も名前もよく知りませんし、これを機に親交を深め合いましょう」
入りはテンプレートでいい。
当然であるかのように自己紹介する旨を伝えて、生徒の反応を探ってみる……。
「うわー」
「だっるっ」
「来たよぉ……」
「ええ~っ、もう帰りたいんだけど~」
こんなもんか……まぁ、想像通りの反応ではある。
「そう言わず楽しんで自己紹介しよう……。最初に先生からするから、終わったら出席番号順に自分の名前と特技とか趣味とか、何でもいいから一言ずつ答えていってください」
「はあ? 名前だけじゃねえの?」
「なんもないよ~」
「マジ早く帰りてぇ」
「あはは……。何もないなら好きな食べ物とかでもいいからさ、とりあえず頑張ってみましょう」
「……………」
重いなぁ……自己紹介するってだけで。
円滑に進めて担任としてのイメージをなんて、やっぱりちょっと厳しいかも。
挨拶自体は頭に入ってるから、予定通りやってはみるけど。
「じゃあ……先生から自己紹介させてもらいます。先生の名前は、
「…………」
反応ないねぇ……。
拍手の一つもなしと。
「えーっと、趣味は野球観戦。あと特技は……リンゴの皮剥きです。大学生のときから一人暮らししていて、よく自炊もやっていたからこうみえて料理が得意だったりもします」
「………」
なんか言おうよ。
どの球団のファンだとか、なぜ特技がリンゴの皮剥きだとか、突っ込める部分は色々あるでしょ。
「………じゃあ、先生に質問とかありますか?」
しらけた空気が続きそうだったので、やや強引に質問タイムへと移行する。
ウケが得られないならテンポを優先させるとして……まぁ、反応を見るかぎり質問も期待出来ないけど。
「はいはいはーい! はいはいはいっ!」
大きな声。
誰だろうって、予想に反して過剰な反応が返ってきたからちょっとだけ嬉しくなってしまって。
左端の列の、前から3番目……。
「うわっ」
さっき殴ってきた子だ。
伊藤さん、だったっけ?
質問があるらしいけど……当てたくねぇ…。
「ええっと……伊藤さん、どうぞ」
「はーい! 先生は彼女いますかっ!?」
想像通りというか何というか、ニコッと笑みを浮かべてのっけから強烈な質問を浴びせてくる。
「今は……いません。今は」
いたことはないけど、謎のプライドが働いて過去にはいたことがある、という
弄られるのが嫌ってわけじゃない……じゃなくて、プライドがあるんだよ。
人として、最低限のプライドが。
「いつまでいましたか?」
「や……まあ、大学の時まで?」
やめてください。
「彼女の名前は?」
「それは……」
「どうして別れたの?」
「……いや」
「デートでどんなとこ行ったの?」
「………」
「彼女の写真とかある? 別れても普通一枚くらい持ってるよね? あとで見せてっ!」
「………………」
「ねえ、ほんとに彼女いたことあるの?」
勘弁してください。
もう……ホントにやめて欲しい。
さっきからさ、この子はなに?
「絡むの止めろって。帰るの遅くなんだろ」
「ええぇぇ……先生彼女いたことないんだ…」
「あいつなに? 伊藤とか言うやつヤバくね?」
「次いこ次~」
「あんっ? 今わたしが質問してるだろっ! おまえらは黙っとけ!」
「いや、オメエが黙っとけよ」
「質問長すぎ」
「お前さ、中学生になったんだからそのヤバいとこ直した方がいいぞマジで」
なんか揉めてきた……。
どうしよう……どう対応しよう。
「せんせ………せんせぇ……」
うん?
最前列に座る女子生徒が手を伸ばしながらコンコンと教卓を叩いて、小さな声で呼び掛けてくる。
「なに?」
「あの伊藤さんって人、あんまり相手にしない方がいいと思う。同じ小学校だったんだけど……あの子、一度絡み出すと本当にしつこいから」
「そうなの……?」
「うん。私、何回も被害に遭ってるから。適当にあしらって後は無視でいいと思う」
思わぬ形で助言を貰う。
座席表に目を通すと、この子の名前は相良ももさんというらしい。
落ち着いた雰囲気の小さく華奢な女の子。
何回も被害に遭ってるってことは、伊藤さんと同じ小学校出身だったりするのかな。
「ありがとう。参考にさせてもらうよ」
小さな声でお礼を言うと、コクコクと小さな頷きを返してくれる。
愛嬌があって可愛いいな……なんて、教師として初めて良い生徒に巡り会えた気がする。
だからなのかもしれない。
気が抜けたのか、前に座る頭の良さそうな相良さんに、つい意見を求めてしまう。
「とりあえず伊藤さんは無視するとして……先生の自己紹介って、もう打ち切って大丈夫かな? もう少し時間取った方がいい……? あと皆の自己紹介なんだけど、これって出席番号順で不満出ると思う?」
イメージ回帰を目指した円滑な進行はどこにいったのだろう、決意した10分後には簡単に揺らいでしまっている自分が情けない。
でも、やっぱり不安なんだよな……。
何もかもが初めてで、これで合ってるのかって答えを聞きたくなる。
「え、私に聞くの?」
「ダメ……?」
「ダメじゃないけど……まぁ、いいと思うよ」
いいらしい。
初対面の少女に肯定されてどうしてここまで安心出来るのか。
これまた情けない話ではあるけど、そう答えてくれたのなら軽い気持ちで行動に移すことが出来る。
「はい、先生への質問はここで終わりにします。長いことやっても時間が掛かるだけなので、次はみんなの自己紹介に移りたいと思います。………はい、先生に彼女はいたし、みんなは自己紹介をする。これでいきましょう」
それとなく自身の名誉を守りつつ、無理やり方向転換。
「あぁん? まだまだ質問あるんだけど!?」
一部、某伊藤さんからはクレームが入るも質問じゃないただの嫌がらせは受け付けないことにして。
出席番号1番、暁。
あかつき……だな?
ずいぶん格好いい名字、見た目もやや美少年っぽい……角の席にいるあの子で間違いない。
「出席番号順で、1番の方からお願いします。くれぐれも自己紹介の最中に冷やかしたりしないように」
予め釘は刺しておくとして、生徒の数を考えたらどうしてもテンポ重視になる。
教師視点で適度に質問を挟もうかとも思ったけど、実際には難しそうかな……。
「えぇ……
起立したかと思ったら、早口で告げ即座に着席する暁君。
終わり……?
テンポ良すぎるというか、流石に早すぎない?
まあ、中学生の自己紹介ならこんな感じかな……。
一応拍手はしておこう。
何もなしっていうのはそれはそれで空気重いし。
パチパチパチと。
「よ、よかったぞ……暁………よろしくな?」
「………」
はい、次。
全然こっち見ないし拍手したところで全然空気重い。
「あ、
これまた短い自己紹介。
クリクリの瞳が特徴的な背の低い少女。
ちらりと視線を向けると、目が合って忙しないながらもコクりと会釈をしてくれた。
少し落ち着きがない感じはするけど、ガン無視の暁に比べればずいぶん愛想はいい。
いい子な気がする。
次。
「
うるさ……。
声デカ。
というか、これで終わり?
もっと面倒くさい絡みをしてくるかと身構えたけど、終わってくれるなら正直助かる。
こっちを見て、ニタニタ気味の悪い笑みを浮かべてるのだけは気になるけど。
「次どうぞ」
………。
…………。
転々と、自己紹介は続いていき……。
「
さっき助けてくれた子だ。
感謝の念も込めて、パチパチと目の前で小さな拍手を送ると恥ずかしそうに笑いながらも小さく頷いてくれた。
この子は、確実にいい子。
「あーっと、
すでに準備は出来てますと言わんばかりの丸坊主。
どのクラスにも一人はいそうなイタズラ好きの悪ガキふうな外見だけど、どことなく良い人オーラを感じないでもない。
「あ……? ん……おっ、名前? 名前名乗んの? ………
なにこの自己紹介、恐いんだけど。
広い肩幅に相当ボリューミィな肉付き。
どこからどう見ても不良系だな……。
女子だけど、俺より喧嘩強そう。
「
南原に続いてまたまた不良系。
中一にしては明らかに背が高くて顔もいかついより。
不穏だなぁ……。
中学に上がると一気にグレる生徒が現れるから注意した方がいいんだとか、そう先輩教員から何度か忠告を貰っていたけど……ここら辺の生徒は警戒しておいた方がいいかもしれない。
「じゃあ最後、お願いします」
「は、はいっ……。や、
長かった自己紹介もこれで幕引き。
その鳳を飾るのは、サラりとショートな黒髪にやや青白い肌が目立つ薬師寺さん。
どことなく意思の弱さが伝わってくるというか、揺れる大きな瞳が
少し地味だけど普通に可愛いらしい少女で、、
なぜだろう……妙な話、とても脆そうな……。
簡単に壊せてしまえそうで。
容易に摘み取れてしまえそうで。
そんな独特な雰囲気に、惹き付けられてしまう。
なんて。
一生徒を指してこんな感想、流石に気持ち悪いか……。
「うおおおおおおわったああああぁぁ」
「えっ、もう帰っていいの?」
「疲れた~。もも帰ろ~」
「今日遊べる? オレんち来いよ」
最後の一人、薬師寺の自己紹介を終えた途端、教室がドッと湧いた。
なんか解散する流れみたいになってるけど全然終わりじゃないからね。
前倒しで自己紹介しただけで、配布物だったり明日以降の説明とか話はまだまだ残っていて……。
あぁ……もぅ…。
だからさ……。
「終わりじゃない……まだ終わってないから帰るなって! うおぉぉぉぉぉぉい、戻って来いよぉぉ!!」
――――(♠️)――――
「はい……というわけで提出が必要なプリントは来週までにお願いします。期限に間に合わないと自分が困ることになるので絶対忘れないように」
一度帰れそうな雰囲気になってからの20分近く、生徒達の刺すような視線が中々に厳しかったけど、ようやく区切りの付くところまで漕ぎ着けられた。
ここまで来たなら後はもう解散でいいから、出し惜しみなくさっさと帰りの挨拶をしよう。
「じゃあ今日はここまで。帰りの挨拶、暁くんお願い出来るかな?」
帰りの挨拶という言葉を聞いて、やっと終わりかよと各所から溜め息の漏れ出る音が伝わってくる。
みんなさ、疲れたって顔してるけどそれはこっちだって同じなんだよ?
「はい? どうして僕なんですか?」
生徒同様解散ムードに入っていると、不意に角の席から不満そうな声が聞こえてくる。
えっと……暁、君?
「あれ、ダメだった? 出席番号1番だし、お願いしようかなって……」
「出席番号が1番だから僕に頼むんですか? 理屈になってませんよ」
理屈って。
なんか、あれだな……。
まあいいけど。
「あー、わかった……先生がやるよ。大丈夫」
面倒臭い匂いを感じたので、自分の方から早々と降りた。
暁当人を見てみると、すでに帰り支度はすませてあり、ニヤニヤしながら嬉しそうな様子。
別にいいけど。
「それじゃあ……きり」
「起立っ!」
!?
「さようなら! みんなっ、お元気で!!」
は?
どういうこと?
わけがわからなくなってひたすらクエスチョンマークを浮かべていると、暁がこっちまでやって来て……。
「春宮先生、ここは貸しにしておきす。いつか返してくださいね?」
そう残して、こちらに向けてウインクを一つ飛ばし去っていった……。
きもちわるっ。
なにがやりたいの、君は?
「はいドーンッッッ!!」
感慨に浸る暇もない。
暁の衝撃で呆気に取られていると、今度は背中に向けた衝撃で唖然としてしまう。
えぇ………。
なに?
「やっと二人っきりになれたね。何で質問打ち切っちゃったの? まだまだいっぱいあったのに」
しがみつかれ、おぶさるような態勢で背後から声を掛けられる。
本当に勘弁して下さい……。
伊藤。
「ごめんな、時間なかったんだよ……。また今度ゆっくり話そうな? 降りてもらっていい?」
「ムリ。ねぇ、やっぱり彼女いたことないでしょ?」
いやいやムリじゃなくて。
というか、普通にキツい。
中学生とはいえそれなりに立派なものが当たってるから。
「本当に昔はいたんだよ。ほら、もう帰りな」
「絶対ウソ。いなかったでしょ?」
「や……嘘じゃないから」
早く帰れ。
流石にしつこいし、叱ったりした方がいいのかな……?
今はともかく、授業が始まって以降もこの調子だと色々差し支えそうだし。
軽く胸ぐらを掴んで、オラッ……みたいな、暴力教員的なノリで……少しだけやってみたかったり。
「どのみち今はいないんでしょ。付き合ってあげよっか?」
!?
空気が、固まった。
ん?
んんんんんんっ!?
さっきまでのやり取り、全部吹き飛んで……。
「い、いやいや……そ、それはまずいでしょ。せ、先生は、お、大人だから……い、色々とまずいよ…」
冗談に決まっている。
流れ的にそうはならないって自分の心が確信している。
なのに、どうしてだろう……。
どうしてこうも鼓動が早まるのか。
今時の子って、会って間もない相手にこんな簡単に交際申し込めるの?
「大人とか関係ないよ~。好きなんだもん」
ぁ。
甘い吐息が耳をくすぶる。
好きなんだもんって……そんな、おかしいでしょ。
いつ好きになったの?
一目惚れ……とか?
いやそんなことないでしょって……あーでも、気になるからちょっかい掛けてきた的な?
そこだけ見たら、特別な感じが。
「ももし……もし仮にだけど、そうだとして……きっかけとかあるの? いきなり言われても困るというか、よくわかんなくてさ…」
やましい気持ちは一切ない。
仮に……仮に、この気持ちが純情なるものだとしても先に繋がることはまずありえない。
ただ。
ただ、一人の人間として聞いておく義務はあると思う。
人が人に気持ちを伝えることの意味。
その理由を。
「教えてほしい?」
「……はい」
「耳……こっち」
もっとこっちに寄って来いって催促される。
教師と生徒、距離感的に良くないことなのに……。
伊藤の顔が近づいて来る。
グイっと、さらに密着して……。
「実はあのときね」
「……はい」
「ああああああああああああああああっっ!!!」
ぇ。
ぇ………なに?
耳、キーンって。
何が起きてるの? 何で大きな声出すの?
意味が、わからない。
「あっはっはっはっはっ。ホントなわけないじゃん!引っ掛かってやんの! こりゃ絶対彼女いたことないな! バカだろっ」
………………。
「はースッキリした~。今日はずっとムズムズしてたかんなぁ……どこかで発散してやろうってずっと思ってた……。面白かったっ、また遊ぼうな! じゃあな担任っ!」
あぁ……、なるほど。
そういうこと……そういうことね。
なにこの茶番。
「あーあ、無視した方がいいって言ったのに……あの子、猫被ってるだけだから。さようなら」
相良。
そう言えば、そんなこと言ってた……。
は……はは。
忠告されてこの様か。
挨拶してから帰るまでの流れでどうしてこうなるのって、わけがわからなすぎて処理が追い付かない。
みんな帰っていって、一人取り残された教室で………あーダメだ、最後の伊藤と暁で一気に持ってかれそう……。
もういっそこのまま寝ちゃいたいけど、鳴り響くチャイムの音がそれを許してくれない。
生徒と違って教員は帰れるわけじゃないから。
この後も仕事が残ってて、今日は本格的な社会人一日目で。
まだ、その一日が終わってすらないのに、、
なのに、もう辞めたいです。
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