第59話 合宿訓練と潜む影③

 今回土筆つくしが請け負った指名依頼の舞台となる冒険者ギルドの合宿訓練施設は、メゾリカの街の東側を流れる川を渡り川沿いの道を上流に向かって進んだ先にある。


「よーっし。皆揃ってるな」


 出発の朝、冒険者ギルドの近くにある広場に集まった合宿訓練参加者と一人一人挨拶を交わしながら本人確認を行った土筆つくしは、ギルドから配布された日程などが記載された合宿のしおりを参加する冒険者全員に手渡し、合宿訓練の開始を宣言する。


 今回土筆つくしが受け持つことになった冒険者は四人パーティーが二組で八人、彼らのパーティーの特徴や、合宿で指導して欲しい内容などはミアから事前に指示を受けている。


「今から合宿施設へ移動するので、それぞれのパーティに別れて移動を開始して欲しい」


 宿舎の子供達を乗せた荷物運搬用の馬車の御者台ぎょしゃだいに乗った土筆つくし手綱たづなを握ると、八人の冒険者達が先導するように川の上流にある合宿訓練施設に向けて移動を始めるのだった……



「ねえねえ、夜ご飯のお肉狩ってくるねー」


 メゾリカの街の東門を抜けるまで土筆つくしの隣に座っていたメルは、川に架かる橋を渡った所で馬車から飛び降りる。


「ああ、了解。確か、メルは狩ったお肉をギルドに持ち込んで解体してから合宿施設に来るんだったな」


 あの日の夜、遠くに肉狩りに行くと出掛けたメルはカガルと言う珍しい魔獣の肉を持って帰って来たのだった。

 メルにとってはこだわりのあるお肉だそうで、土筆つくしはメルが望むように調理をし、その時に交わした会話の中で子供達と合宿施設に泊まりに行くことを話したところ、メルは二つ返事で同行することを決めたのだ。


「うんうん。日が暮れるまでには帰るからねー」


 メルはそう言い残すと、颯爽さっそうと東の森の中へ消えて行く。

 ああ見えてメルは意外と常識人であり、魔が差さない限り、間違えてポプリしか居ない宿舎に戻ることはないだろう……と土筆つくしは考える。


 ややあって、メルが馬車から降りて空いた土筆つくしの隣の席に、ラーファとエトラが後ろから顔をだし移動してくる。


「どうした? 乗り物酔いでもしたか?」


 現在、土筆つくし達が通行しているのは整備された道なのだが、それでも馬車の揺れは相当なものである。


「大丈夫ですよ。ラーファが外の景色が見たいって……お邪魔でしたか?」


 今回、冒険者ギルドが土筆つくし達のために用意してくれた馬車は荷台に骨組みがされたタイプの物で、外側を厚手の布で覆っているため、馬車の中から外の景色を眺めることができない。


「いいや、全然」


 土筆つくしはできる限り馬車が揺れないように注意して御者ぎょしゃを務めると、入れ替わり立ち代わりに子供達と雑談を交わしながら、ほのぼのとした雰囲気の中、目的地である合宿訓練施設に到着するのだった……



 合宿訓練施設に到着した二組のパーティーの冒険者達が最初に行う訓練は、施設内の安全確認である。


 これは山小屋の定期点検の依頼業務と同じ内容になっていて、施設内に設置された魔物除けの魔法結界が正常に稼働しているかの確認と、施設に不備が発生していないかの確認、更には敷地内に危険な生物が入り込んでいないかなどを確認する訓練だ。


「A班異常なし」

「B班異常なし」


 今回は二組のパーティーが合宿に参加しているので、合宿訓練施設を二つに分け、それぞれのパーティーで施設内の安全確認を行い土筆つくしに結果を報告する。

 土筆つくしは報告を受けた後、それぞれのパーティーと共に再確認を行い、補足説明や問題点の指摘を行うのである。


「安全確認、お疲れ様。次は野営の準備に入ろうか」


 合宿訓練施設には宿泊施設も完備されているのだが、駆け出しの冒険者達は施設敷地内の森で野営を行うことになっている。

 二組のパーティは各自で話し合い、決められた範囲内で適切だと思う場所を選んで野営の準備を行い、最後に土筆つくしのチェックを受ける。


「ここは魔物除けの魔法結界で保護されている敷地内だけど、実際に森の中で野宿していると考えて気を抜くことがないようにな」


 安全だからと言って気を抜いてしまえば訓練の意味がない。

 土筆つくしはギルドから指示された内容で総括をすると、本日最後の行程である魔獣の捕獲と血抜き解体作業に移るのだった。


「この辺りは魔素も薄いので大きな魔獣は生息していないが、イレギュラーな事態は常に発生するので気を緩めないように」


 土筆つくしは冒険者達の気持ちを今一度引き締めると、風妖精シフィーを召喚し周囲の監視をお願いする。

 冒険者達はそれぞれのパーティーに別れて散開すると、魔獣狩りを開始するのだった。


「懐かしいな……」


 土筆つくしはこの世界にやってきた頃のことを思い出していた。


「そういえば、俺はメルと一緒に狩りをしてたから、ボアとかが普通の魔獣だと思い込んでたっけ……」


 土筆つくしは冒険者ギルドでの研修を受けずに、メルとコルレットに冒険者としての知識を教わったため、その全てが規格外だった記憶しかない。


「当時は猪みたいな魔獣だったからそんなもんだろうなと思っていたけど、いざ冒険者ギルドで登録してみると大きなネズミや角の生えたうさぎとか普通にいて驚いたっけ」


 当時は酷くショックを受けたものだが、今となっては良い思い出。

 結局のところ、メルは自分が食べたかった魔獣を狩っていただけと言うオチなのだが、コルレットの性格を全く理解していなかった土筆つくしは、面白いように振り回され玩具にされていたのだった。


土筆つくしさん、魔獣を持ってきました」


 平凡で基本に忠実なA班のパーティーが罠を仕掛けて角兎つのうさぎを数匹捕獲したことを土筆つくしに伝える。

 土筆つくしはA班のメンバーの捕獲した魔獣を持って合宿訓練施設敷地内に流れる小川に移動すると、血抜きの方法や解体方法を説明する。


「そう言えばB班はまだ狩りをしてるのか?」


 土筆つくしから教わった血抜きを実戦しているA班の冒険者達に尋ねると、A班の冒険者達は口を揃えて見掛けなかったと答える。


 土筆つくしは風妖精シフィーの力を借りて広範囲で探索してもらうがB班の反応を得ることができず、気になった土筆つくしはA班の冒険者に血抜き作業を終えた後のことを指示すると、消えたB班を探しに森の中へ入って行くのだった……



――ミアは予言する。

 B班の冒険者達は個々の能力が高いがゆえにパーティー内での連携がバラバラで、このまま彼らが気付くことなく時が流れれば、いずれパーティーは瓦解がかいするだろう……と。


「始めて見る魔獣が居るわっ」


 B班の魔法使いであるリメスは、大樹の奥に黒いヘラジカのような魔獣が佇んで居るのを発見し指を差す。


「本当だ、これは仕留めたらポイント高いんじゃないか?」


 B班のリーダーを務める剣士ラニアスは舌舐したなめずりをすると、背負っているロングソードの柄に手を掛ける。


「ドリ、弓で狙ってみるから仕留めきれなかったらよろしくな」


 ムンは細身の体に似つかわしくない大きな弓を軽々と構えると、黒いヘラジカのような魔獣へ照準を合わせる。


「任せろっ。お前がヘマして彼奴あいつが突っ込んで来ても俺が受け止めてやるよ」


 ドリはウルノにも劣らない恵まれた巨躯きょくと、その巨躯きょくと同じ丈の盾を構えてラニアス達の前に立ち塞がると、不敵な笑みを浮かべる。


「こいつを仕留めて、角兎の巣穴に罠仕掛けてたA班の奴らの度肝を抜いてやろうぜ」


 ムンはそう吐き捨てると、黒いヘラジカのような魔獣へ向かって矢を撃ち放つ。


「ふっ、もらったなっ!」


 ムンが撃ち放った矢は一直線に黒いヘラジカのような魔獣目掛けて飛んでいく。

 しかし、黒いヘラジカのような魔獣はすんでの所でムンの放った矢をかわすと、きびすを返し森の奥へと逃げていくのだった。


「何が『ふっ、もらったなっ!』だよ。避けられてるじゃねーか」


 ラニアスはムンに対してあぜけると、逃げた黒いヘラジカのような魔獣を追って走り出す。

 リメスとドリも、ムンに対して鼻で笑うとラニアスの後に続き、口惜しそうにしたムンも遅れて後を追うのだった……



 黒いヘラジカのような魔獣はラニアス達を誘い込むように森の奥に逃げていく。

 冒険者としての経験が浅いラニアス達は合宿訓練施設付近であるという安心感もあったのだろう、自分達が黒いヘラジカのような魔獣によって誘い込まれていることに全く気付く様子もなく、自分達が狩る者の立場だと勘違いしたまま黒いヘラジカのような魔獣を追いかけていく。

 

 程無ほどなくしてラニアス達のパーティーは、悪魔が具現化した姿である黒いヘラジカのような魔獣のテリトリーへと迷い込むと、風妖精シフィーの探索からその存在を消してしまうのだった……

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