第60話 合宿訓練と潜む影④

 この世界で見ることのできる悪魔の姿は彼らが具現化した姿のみである。彼らは自身が仕える魔王の目的を果たすために駒とり、使命を帯びて行動をす。

 当然のように、黒いヘラジカのような魔獣に具現化した悪魔ケルフルも目的があってラニアス達を自身のテリトリーへと誘い込んだのだった……



「ちっ、見失ったか」


 先導して黒いヘラジカのような魔獣を追っていたラニアスは標的を見失い足を止める。


「ラニアスっ」


 遅れて後を追っていたリメス、ドリ、ムンの三人が立ち止まったラニアスに追いつく。


「もう、一人で先走らないでよねっ」


 リメスが膝に両手を当て息を切らしながらラニアスに文句を言うが、ラニアスは目線すら合わせようとはしない。


「ところで……ここは何処どこなんだ?」


 他の三人より頭二つ分抜きん出ている巨躯きょくのドリが、周囲を見渡しながら合宿訓練施設付近とは到底思えない異質な空気に違和感を訴える。


「まあ、あの魔獣を追い掛けた時間を考えれば、そんなに遠くまで来てないだろう」


 持久力に優れるムンは両手を頭の後ろで組みながらドリにそう答えると、高い所から周辺を確認するために自慢の大弓を背負い、適当な大樹を選んで手慣れた手付きで登っていく。


「早く戻って別の魔獣探さないとな……」


 ラニアスは爪を噛みながら悔しそうにそう吐き捨てると、いらつきを抑えられないのか、足の裏で何度も地面を叩きつけるのだった。


「おいっ、不味まずいかもしれんぞ」


 周囲を確認しに大樹に登っていたムンが降りて来ると、木の上から確認できたことをりのまま皆に伝える。


「ちょっとムン……さっきの腹いせのつもり?」


 三百六十度、何処を見渡しても真っ暗で何も見えなかったと報告をしたムンに対し、リメスは嘘をいていると思ったのか、ムンを軽蔑するように一睨いちげいすると、検索魔法を詠唱し周囲の状況を調べる魔法を発動する。


「……そんな……」


 リメスは魔法でもたらされた結果とムンの報告が一致していることを知ると、小刻みに震えながら声を漏らす。


「おいっ、ドリ、大丈夫かっ?」


 物音を立てながら突然倒れ込んだドリに気付いたムンが慌てて駆け寄り、声を掛けながらドリの肩を揺らすが反応が無い。


「おいおい、一体どうしたんだよっ」


 息はしているものの、どれだけ強く揺さぶっても一向に目を覚まさないドリに声を荒げるムンであったが、気付けば自身もドリと重なり合うようにその場に倒れ込むのだった。


「ちょ、ちょっとー、ドリ? ムン?」


 リメスは突然二人が倒れたことに動揺し、自分達が置かれている現状に理解が追い付かずその場にべったりと座り込んでしまう。


「落ち着けリメスっ」


 見たこともない蜘蛛くものような魔物に取り囲まれていることに気付いたラニアスは、ロングソードを構えながら魔物達を牽制けんせいすると、リメスの混乱状態を収めるために一喝する。


「ちっ、それにしてもこの眠気はこいつらのスキルなのか?」


 ラニアスは気力を振り絞り何とか眠気に耐えているが、一瞬でも気を抜いたら最後、魔物達を前にして深い眠りに落ちてしまいそうだ。


「おい、リメスっ、広範囲攻撃魔法は使えるか?」


 ラニアスは何とかこの場を切り抜けようとリメスに声を掛けるが、リメスは既に意識を失っていてラニアスの声に反応することはなかった。


「……くっ、ここまでか……」


 リメスが倒れたことで万策ばんさくが尽きてしまったラニアスは、その絶望に似た感情から諦めの念が湧き上り、力なくその場に倒れ込むのだった。


 具現化を解いて闇の中に混ざり込んでいた悪魔ケルフルは、自らのテリトリーに誘い込んだ獲物が全員深い眠りに落ちたことを確認すると、呼び出した魔虫まちゅう達をあちらの世界に帰還させ、獲物を喰らうためにもう一度黒いヘラジカのような魔獣に具現化する。


「……見付けたっすよー」


 悪魔ケルフルがリメスを丸呑みしようと大きく口を開け、口の中から無数のおぞましい触手を伸ばした瞬間、何処からともなく声が響き渡ると、悪魔ケルフルの創り出したテリトリー内に裂け目が入り、一気に空間が消滅するのだった。


「やーっと見付けたっす」


 悪魔ケルフルのテリトリーを破壊し、神力を解放した状態でコルレットが姿を現すと、間髪容れず空間に無数の矢を発現させ、迷うことなく悪魔ケルフルへ向け撃ち放つ。

 コルレットの不意打ちに対し後手に回った悪魔ケルフルは、躊躇ためらうことなく具現化した体を捨てると、一目散にあちらの世界へと逃げていくのだった。


「むう、まーた逃げられたっすか……」


 コルレットは今回が初めてではないような口振りでため息をくと、B班を探していた土筆つくしが近づいてくることに気付いて普段のコルレットの姿に戻る。


「おっ、ツクっち。こんな所で奇遇っすね」


 コルレットは何事もなかったような素振りで土筆つくしに声を掛けるのだった。


「ん……コルレットか? どうして此処ここに居るんだ?」


 B班を探しにきた土筆つくしは、コルレットがここに居ることに驚いて立ち止まる。


「いやー、あ、あれっす。ツクっち達と合流しようと森に入ったら何処どこにいるのか分からなくなったっすよ。それで森の中をうろうろしてたら、人が倒れてる現場に遭遇したっすよ」


 天使は嘘を付くことができないため、コルレットはお茶を濁すような言い回しをする。


「ふーん、そうか、それは大変だったな」


 土筆つくしもそれを理解しているので、えてコルレットの言動に追及することはしない。


「そんなことよりも、この子達気を失ってるみたいっすから、気付け薬出すっすよ」


 コルレットに急かされた土筆つくしは腰に巻いている鞄から気付け薬の小瓶を取り出すと、B班のメンバーであるラニアス、リメス、ムン、ドリの口に流し込む。


「おおっと、コルレットちゃんは部外者っすから、彼らが目を覚ます前に宿泊施設へ戻ってるっす」


 コルレットは何時いつも通りの口調で土筆つくしにそう告げると、一人宿泊施設の方へ向かって去って行くのだった……



「……ここは?」


 気付け薬を服用して暫くすると、順次倒れていた四人が意識を取り戻し始める。


「ん、意識が戻ったか……どうだ、体に不調を感じる部分はあるか?」


 土筆つくしは頭に手を当て放心状態のラニアス達に声を掛ける。


「……倒れる前の記憶はあるか?」


 土筆つくしは思い当たる節があり質問を変えてみた。すると、四人は揃って倒れる目の記憶が消えているようだと答える。


「そう言うことか……」


 大方、彼らの記憶はコルレットによって忘失ぼうしつさせられたのだろう。

 それはつまり、この場所で何かが起き、それにラニアス達が巻き込まれ、その何かにコルレットが関わっていることを意味する。


 コルレットが関わっているなら任せておけば問題ないと判断した土筆つくしは、B班を引き連れ、早々に合宿訓練施設へ戻ることにするのだった……



 駆け出し冒険者達の合宿初日の行程が全て終了し、野宿の際の見張り番について説明した土筆つくしは明日の予定も伝えると、待機場所である子供達の待つ宿泊施設へと戻る。


「あっ、ますたー、おかえりなさ……」


 宿泊施設内へ土筆つくしが入ってきたことに気付いたラーファが、何時も通り土筆つくしに「おかえりなさい」と言おうとして言葉を止める。


「どうしたのラーファ?」


 ラーファの相手をしていたエトラが、言葉に詰まって考え込むラーファに尋ねる。


「うんとね……ここはおうちじゃないから、おかえりなしゃいじゃないの」


 ラーファのごもっともな疑問に土筆つくしは感心すると「おかえりなさい」で良いんだよとラーファの頭を優しくでる。


「エトラ、特に問題はなかったかい?」


 土筆つくしは冒険者達の指導をする業務に従事しているので、宿泊中の子供達の世話は姉御三人衆に任せっきりだ。


「はい、大丈夫ですよ。宿舎での生活と何もかわりませんからね」


 確かにそう言われてみれば、ポプリは事情があって宿舎から離れられないが、それを除けば寝泊まりする場所が変わっただけのような気もする。


「なら、俺もいつも通り夕食を作らないとな」


 土筆つくしはそうエトラに返事をすると、他の子供達と挨拶をしながら、普段と変わらず厨房に入り夕食の準備に取り掛かるのだった。


「たっだいまー」


 土筆つくしがルウツとホッツに明日予定している冒険者になるためのついての勉強について話をしていると、メルがいつも通りに元気よく入って来る。


「メルお帰り。一応聞くけど、間違えて宿舎に戻ってないよな?」


 土筆つくしは昼間メルと別れた時に考えたことを思い出し、ネタとして使ってみた。


「えっ、何で知ってるの?」


 メルは冒険者ギルドで魔獣の肉を解体してもらった後、何も考えずに宿舎に戻ってポプリに失笑されたことを自ら暴露する。


「もう、ポプリちゃん酷いな。秘密にするって約束したのに」


 メルは勝手に自爆したことに気付くこともなく、尻尾をブンブン振りながら口を尖らし頬を膨らませる。


「いや、ポプリは何も言ってないから……」


 土筆つくしは、思わぬ八つ当たりに遭遇してしまったポプリに同情の念を抱くと、メルから今日のお肉を受け取り、メインディッシュの仕上げに入る。


「さてと……確かここにはお風呂あるんだよね?」


 そう、この宿泊施設にはこの世界では珍しい大浴場が完備されているのである。


「うんうんん。これはご飯の前に湯舟だねー」


 メルは嬉しそうに笑顔を見せると、尻尾を揺ら揺ら揺らしながらお風呂場へ向かうのだった。


「うん。やっぱり、何も変わらないな」


 土筆つくしは宿舎と変わらない雰囲気に居心地の良さを感じながら、出来上がった料理を大皿に盛り付けるのだった……

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