第58話 合宿訓練と潜む影②

 翌日、日課の鍛錬で汗を流した土筆つくしは子供達と朝食を共にした後身支度を整えると、昨日ミアが置いていった指名依頼”合宿訓練の付添業務”を請け負うために冒険者ギルドへ向う。


「ますたー、いってらなっしゃい」


 雌ゴトッフ達の搾乳さくにゅうを終えてミルクが入った瓶を持ったエトラと手を繋いだラーファが、宿舎から出ようと扉に手を掛けた土筆つくしに声を掛ける。


「ラーファ、お乳お疲れさま……行ってくる」


 土筆つくしはラーファと目線を合わせられるようにしゃがんで言葉を交わすと、頭を優しくでて宿舎を後にするのだった……



 異世界ラズタンテは日本とは気候が違うので単純に比較することはできないが、えて例えるなら初夏と表現するのが適切だろう。


 宿舎から南西門へ続く畦道あぜみちはじには名も無い草花が勢いよく生い茂り、夏本番が来る前にこちらも対策が必要になりそうだと、道すがら土筆つくしは考えるのだった。


「あら、土筆つくしさん」


 土筆つくしが冒険者ギルド・メゾリカ支店の受付カウンターに並んでいると、書類を持ったミアが声を掛けてくる。


「ミアさん、おはようございます」


 土筆つくしが昨日受けた”合宿訓練の付添業務”の指名依頼を請け負うことを伝えると、ミアは「ちょうどよかった」と土筆つくしを応接室へ案内する。


土筆つくしさん、王都のオークション主催商会から出品した商品の入金報告が入っていますのでご確認をお願いします」


 ミアはそう説明をすると、書類の中から一束にまとめられた羊皮紙ようひしを抜き取って土筆つくしに手渡す。


「ありがとうございます。もっと時間が掛かると思ってましたけど、意外に早かったですね」


 土筆つくしが討伐した地竜の素材は冒険者ギルド内に店を構える解体屋によってボルダの村で解体され、魔石や外皮などの素材については王都のオークションに出品されることになっていたのだった。


「私も人伝ひとづてに聞いた話ですが、どれも即日落札で大盛況だったらしいですよ」


 竜種の素材はコレクションとして貴族やコレクターが収集する以外にも、武器や防具の素材に利用されたり、錬金術や薬師などりとらゆる職業の素材として重宝されている。


「それは良かった。あの地竜も必要としている人の元へ行けるなら本望だろうし……」


 土筆つくしは戦いの最中、地竜が自らの尊厳を守るために命を断とうとしたことを思い出す。


「それで、こちらが落札額と土筆つくしさんが受け取る金額になります」


 土筆つくしはミアが差し示した、各素材の落札額と出品者へ支払われる金額が記載された羊皮紙を見ると、息を吸うのを忘れ危うく卒倒しそうになる。


「ミ、ミアさん……これゼロの数間違えてませんか?」


 リストの一番上に記載されている地竜の魔石の落札価格が金貨五十万枚と表記されているのだった。


「間違ってないですよ? 元々竜種の魔石は高価ですし、あのサイズの地竜の魔石でオークションとなれば、これぐらいで落札されるのは妥当だと思います」


 本来、竜の討伐は複数のパーティーが集まって共同で行う。当然、竜の討伐によって得られる素材の価格には参加した人数分の利益が上積みされ、その分高値になるのだ。


「あのサイズの地竜ですと最低でも三十人以上は討伐に参加しますから、地竜の魔石の取り分が一人金貨一万枚程度だと考えれば納得できるのではないでしょうか?」


 出品者である土筆つくしが受け取る金額が金貨三十万枚であることを考慮すれば、ミアの指摘した通り一人当たり金貨一万枚程度の報酬となり、地竜の討伐報酬としては適正なのかも知れない。


「でも、これで土筆つくしさんの元にお嫁に行く人は、一生生活に困らないですね」


 ミアは悪戯いたずらっぽい表情を浮かべると、しっかりと土筆つくしに冷かしの言葉を投げ掛けるのだった。


 何はともあれ、スタオッド伯爵からの恩賞で所有地を荘園しょうえんとして管理することになった土筆つくしにとっては、思わぬ朗報となったことは間違いない。


 土筆つくしは当初の目的であった指名依頼”合宿訓練の付添業務”の請負契約を終えると、子供達の昼ご飯の買い出しをする前に石材を取り扱う商会と木材を取り扱う商会に立ち寄り、南西門から宿舎までの道路整備と土根から砂糖を取り出すための作業小屋を注文し、早速明日から作業を始めてもらうことにするのだった……



「あっ、土筆つくしさんだ」


 土筆つくしが子供達の昼ご飯を求め目抜き通りを歩いていると、カンジュさんの宿屋の看板娘のシルユが声を掛けてくる。


「やあ、シルユこんにちは」


 シルユは食材の買い出しの帰りなのか、食材の入った大きな袋を両手で抱えていた。


「お手伝いか? シルユは偉いな」


 土筆つくしはそう声を掛けるとシルユの抱えている袋を代わりに持つ。


土筆つくしさん、ありがとうございます。お昼の買い物ですか?」


 シルユは土筆つくしが料理を販売する屋台を物色していたのを見かけて、昼ご飯でも探してているのだと推測する。


「正解。毎日似たような物になりがちだからな、何かないかなと探してたところ」


 シルユは、ここは商機とばかりに売り込みを始めるのだった。


「そういうことなら、ウチにお任せくださいな」


 シルユはそう言って自身の胸に手を当てると、土筆つくしが求めている昼ご飯のメニューを聞き出し、土筆つくしを宿屋へ連れ込む。


「ただいまー」


 シルユが元気よく帰宅の挨拶をすると、女将さんでもあるカンジェが厨房から顔を出す。


「お帰り。おや、土筆つくし君じゃないか」


 土筆つくしはカウンターの上に食材の入った袋を置くと頭を下げて挨拶をする。


「そうだ、お母さん。持ち帰りの注文受けてきたよ」


 シルユはそう言うと厨房に駆け込み、土筆つくしが注文した料理をオーダーする。


土筆つくしさん、すぐ出来るみたいだから適当に座って待っててね。」


 シルユは飲み物の入ったコップを土筆のいるテーブルに置くと、料理の手伝いをしに厨房の中へ消えていくのだった……



 栄養の偏りがないようにと数種類の料理が用意されると、土筆つくしは支払いをするためにカンジェの立つカウンターに移動する。


「ありがとね。そう言えば……あんた、最近多発している失踪事件のことを知ってるかい?」


 カンジェは土筆つくしからお代を受け取ると、最近メゾリカの街中で人が失踪する事件が多発している話を切り出す。


「いえ、初耳ですね……今カンジェさんから聞いて初めて知りました」


 土筆つくしは初めて聞く噂話に若干じゃっかん興味を持つ。


「そうなのかい……いやね、先日、家の向かいにある雑貨屋の娘さんが突然消えたって騒ぎになってね……」


 カンジェは土筆つくしが話題に食い付いたことを察すると、井戸端会議モードに突入する。


 話によれば、先日雑貨屋の娘が突然失踪して騒ぎになったのを切っ掛けに、連日のように人が失踪しているらしい。

 失踪した人物に共通点もや繋がりもなく、調査に当たっている騎士団もお手上げ状態らしい。


「最近……ほら、こう言っちゃいけないのは分かってるんだけど……開拓村が魔物の群れに襲われて色んな人がこの街に流れてきてるだろ? 治安のことも心配だし、家にも娘が二人居るからね、皆心配してるのさ……」


 カンジェは話したいことを一通り話終えると満足して厨房へと消えて行く。


 カンジェの話だけでは必要な情報が全く足りず、現時点では全体像すら思い浮かべることはできないが、今後何かと繋がる可能性がないとは判断できなかったため、土筆つくしは記憶の片隅に留めておくことにするのだった……



 その後、宿舎に戻った土筆つくしはカンジェの宿屋で購入した料理と別に、自家栽培で収穫した野菜で彩られたサラダを作ると、昼食の用意を終わらせる。


「ツクっち、コルレットちゃん来たっすよー」


 今日もしっかりと昼食の時間に宿舎にやってくるコルレットだが、土筆つくしも抜かりはなく、コルレットの分の昼ご飯もちゃんと用意済みだ。


「コルレット、いらっしゃい。悪いが皆を呼んできてくれないか?」


 これも日常となりつつある光景で、コルレットは土筆つくしに言われる前に既に行動に移っているのだった。


 子供達と共同生活が始まってから土筆つくしも色々と考えて試してみたのだが、最終的に宿舎での食事はビュフェスタイルに落ち着くこととなった。

 当初は年少組が好き嫌いをして栄養に偏りが出るのではと心配していたのだが、ミルル、エトラ、ホズミが予想以上に気を掛けてくれることもあり、土筆つくしが心配する対象はルウツとホッツだけである。


「そう言えばホッツ……この前冒険者の勉強したいって言ってたのは本気か?」


 土筆つくしは嫌がるルウツのお皿へ強制的にサラダを盛り付けながら、昨日朝市での話が本当なのかどうか尋ねる。


「うん、俺本気だよ」


 ホッツは土筆つくしが強制的にサラダを盛り付けてくる前に、ギリギリを狙って自身が許容できる量のサラダを盛り付ける。


「そうか……なら、冒険者の合宿訓練が今度あるから付いて来るか?」


 合宿訓練は冒険者ギルドの行事なのでホッツが参加することはできないのだが、土筆つくしの付き添いであれば同行は可能である。


「おっちゃん、それ本当か? 行く行く、俺絶対付いてく」


 容赦なく土筆つくしにサラダを盛り付けられて口を尖らせていたホッツだったが、土筆つくしの誘いを聞いて一転笑顔になる。


「えっ、何それ。俺も行きたい」


 隣で話を聞いていたルウツが声を上げる。それは他の子供達も同じようで、声には出さないものの、一緒に付いて行きたいオーラ全開だ。


「そっか……じゃあ、挙手な。合宿訓練に同行したい人手を挙げて」


 土筆つくしの言葉にその場にいた全員の子供達が挙手をするのだった。


「……分かった。森へ遊びに行く約束してたし皆で行くとするか」


 土筆つくしがそう宣言すると、子供達の雰囲気が一気に明るくなるのだった。


「……で、なんでコルレットも手を挙げているんだ?」


 指定席で本を片手に食事をするポプリは知らぬ顔で挙手もしていないのだが、子供達に混ざって昼食をとるコルレットが一緒に手を挙げている。


「ツクっち、何言ってるんすか? コルレットちゃんも付いてくからに決まってるじゃないっすか……」


 冗談ではなく本気で挙手していたことに驚いた土筆つくしが一瞬言葉を失う。


「まあ、何時も居るし場所が変わるだけか……」


 土筆つくしはそう呟くと、合宿場所や土筆つくしが仕事中の時の注意事項などを子供達に説明し、土筆つくしは遠くに肉狩りに行くと行って朝から出掛けて行ったメルの帰りを待つのだった……

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