第57話 合宿訓練と潜む影①

 カリアナ達を工房まで送り届けた土筆つくし達は、冒険者ギルドの前でキングラマーをぶったメルと別れ、後は宿舎に戻るだけとなった。


「おっさん、腹減ったー」


 メルが冒険者ギルド横に併設されている解体施設に消えて行くのを見送り、南西門へ向けて移動を開始しようとしたその時、ルウツが空腹を訴える。


「お兄さんな。でもそうだな、もうすぐ昼になるし、朝市で昼ご飯を買って帰るか」


 この世界には時計という概念がないので体内時計を頼りにするしかないのだが、日の高さを見る限り、後一、二時間もすれば昼ご飯の時間だろう。


「それなら、私はシェイラと二人で荷物の番をして待ってますよ」


 ホズミに抱き抱えられ眠たそうにしているシェイラを見た土筆つくしはホズミの提案に頷くと、通りで待たせるわけにもいかないので、冒険者ギルドの休憩スペースまで荷物を運び入れ、近くを通った女性従業員にホズミとシェイラの飲み物を注文する。


「おっさん、俺もここで荷物番する」


 朝市を見るよりもここで飲み物を飲んでいる方が良かったのか、ルウツは土筆つくしがホズミ達の飲み物を注文したのを見ると空いている席に座る。


「お兄さんな。分かった、ルウツもここで荷物の番だな。で、ホッツはどうする?」


 ルウツの現金な行動に小さい頃の娘達を思い重ねた土筆つくしは笑みを浮かべると、ホッツはどうするのかを尋ねる。


「俺はおっちゃんと朝市見て回りたい」


 ホッツには優柔不断なところがあり、少しの間、飲み物を取るか朝市を取るか迷っていたようだが、最終的には朝市を選んだようだ。


「お兄さんな。分かった、ホッツは俺と一緒に朝市だな。ルウツは何を飲むか決まったか?」


 ルウツが飲みたい物を決めると土筆つくしは近くの女性従業員に注文を行い、ホッツと二人で朝市へと向かうのだった……



 メゾリカの街の朝市は街の中の至る所で開催されており、土筆つくしは冒険者ギルドから一番近い広場で行われている朝市の会場へ足を運ぶことに決めた。


「ホッツ、何か食べたい物あったら遠慮なく言いなよ」


 土筆つくしは所狭しと建ち並ぶ出店を前に目移りするホッツにそう言うと、昼食に適した出店を探す。


「おっちゃん、向こうの店見て来ていいか?」


 土筆つくしの言葉を聞いていたのかどうか定かではないが、ホッツは奥の方を指差して土筆つくしに許可を求める。


「お兄さんな。ああ、後で迎えに行くから好きに見て来るといい」


 ホッツは土筆つくしの許可を得ると、人混みの中をうように去っていくのだった。


「さて、こっちは昼ご飯の買い出しでもするか……」


 ホッツが人混みに消えて行くのを見送った土筆つくしは、子供達が喜びそうな食べ物を探すため、朝市巡りを開始するのだった……



 ナッツ独特の香ばしい匂いが鼻孔をくすぐったサンドイッチを今日の昼ご飯にすると決め人数分購入した土筆つくしは、風妖精シフィーの力を借りてホッツの居場所を割り出し迎えに行く。


「おーいホッツ、こんな所に居たのか」


 広場の一番奥、冒険者向けの道具を取り扱っている露店で商品を眺めているホッツに土筆つくしが声を掛ける。


「すまん、待たせたか?」


 ホッツは土筆つくしの言葉に対して首を横に振る。


「俺、父ちゃんのような冒険者になりたい」


 ホッツの父親は傭兵団に所属していた冒険者で、先日発生したスタンビートに巻き込まれ、未だその安否は定かではない。


「そうか、なら冒険者になるための知識を沢山学ばないとな」


 この世界で成人として認められるのはよわい十五歳からだ。

 労働自体に年齢は関係ないが、冒険者ギルドなどで登録を行うには成人していることが条件となっている場合が多い。


「おっちゃん、俺に教えてくる?」


 ホッツは露店にならぶ武器防具を見たまま土筆つくしに問い掛ける。


「お兄さんな。ホッツがそれを望むならな」


 土筆つくしはそう答えると、ホッツの頭を力強く撫でるのだった……



 買い物を終え、ホッツと合流した土筆つくしは冒険者ギルドに戻ると、テーブルで荷物の番をしていたホズミ達とも合流し、改めて宿舎に向かって歩き始める。


「あっ、土筆つくしさん。冒険者ギルドで偶然ミアさんとお会いして、シェイラのレックルを魔獣登録してもらいました」


 南西門を抜けて土筆つくしの所有する敷地内に入った頃、ホズミが思い出したように報告をする。


「おおっ、そう言えば従魔登録もあったな……ごめん、すっかり忘れてた」


 カリアナを工房まで送り届けた時点で土筆つくしの眠気は最高潮に達していて、少しでも気を抜いたら卒倒する自信がある。


「いえ、お気になさらず。土筆つくしさん、さっきから凄く眠そうな顔してますよ」


 しかし、それはそれで仕方ないことだった。土筆つくしは昨夜、眠りに落ちそうになったことはあったものの、ほぼ徹夜状態で現在に至っているからだ。


月下草げっかそうの護衛は昨日の夕方突然決まったからなあ……宿舎に帰ったら直に寝るよ」


 両目の下にくっきりとくまを作った土筆つくしが、半笑いしているような表情を作って答えて見せる。


「荷物の後片付けは私が引き受けますので、どうぞゆっくりお休みになってくださいね」


 ホズミはそう言うと宿舎の扉を開け、土筆つくしを招き入れるのだった。


「ホズミ感謝する。これ皆の昼ご飯だから」


 土筆つくしはそう言ってホズミに朝市で購入したサンドイッチの袋を手渡すと、ふらふらと自室へ戻って行くのだった……



 ベッドに倒れ込んでからの記憶は全くなかった。寝ようと思ってから実際に眠りに落ちるまでのタイムを競う競技があるとしたら、きっとこの世界に来てからの最短記録を達成したに違いない。


 土筆つくしが目を覚ますと、部屋の窓の外は混じりっ気のない見事なまでの茜色あかねいろに染まっていた。

 猛烈な眠気は鳴りを潜めたのだが、その代わりに時差ぼけのような感覚が頭の中をグルグルと回り続ける。


「喉が渇いたな……」


 土筆つくしはそう呟くと、服を着替えて一階の食堂兼休憩室へと向かう。


「あっ、起きたみたいだよ」


 宿舎西棟一階の食堂兼休憩室にあるテーブルを囲んで女子トークに花を咲かせていたミルルとエトラが、土筆つくしの姿に気付いて声を上げる。


土筆つくしさん、お邪魔してます」


 女子トークに加わっていたミアは、欠伸をしながら水を飲むために厨房へ向かう土筆つくしに向かって挨拶をする。


「えっ、ミアさん? いらっしゃい」


 椅子から立ち上がって挨拶をしたミアに気付いた土筆つくしがまごついて立ち止まる。


「ミアさん、土筆つくしさんが起きるまで待っててくれたんだよ」


 エトラはそう言うと、ミルルと顔を見合わせて席を立つ。


「そうだったのか……起こしてくれれば良かったのに」


 ミアが宿舎に仕事で訪れたと言うことは、間違いなく指名依頼だろう。


「いえ、急ぎの用件ではなかったので……」


 最初から土筆つくしが起きて来るまでと決めていたのか、エトラとミルルは「さよなら」と手で合図を送って中庭の方へ去って行くのだった。


「お待たせしてしまって申し訳ない。何か飲みますか?」


 土筆つくしはテーブルに置かれていたカップの中身が空になっていることを確認すると、厨房に入って飲み物の用意を始める。


「いえ、お構いなく」


 ミアは隣の椅子に置いてあった鞄と資料の入った封筒を手に取ると、カウンター席に移動する。


「なら、俺と同じ物でいいですね」


 土筆つくしはそう言うと、茶葉を入れたポットに二杯分のお湯を注ぐのだった。


「ありがとうございます」


 土筆つくしが用意した飲み物がカウンターの上に出されると、ミアはお礼の言葉を口にして宿舎を訪れた用件を話し始める。


土筆つくしさんのことですから、既にお察しだとは思いますが、指名依頼が入ってます」


 ミアが差し出した羊皮紙ようひしには土筆つくしを指名した依頼内容が記載されていて、依頼書の標題は”合宿訓練の付添つきそい業務”となっている。


「合宿訓練の付添つきそい業務ですか?」


 今年成人を迎えた新成人が冒険者ギルドに登録してから数カ月が過ぎ、そろそろ辞める者は辞め、素行が悪い者の特定も終わり、今後冒険者として一人立ちできる人材の目星もある程度付いた時期に差し掛かっている。


「はい、今年冒険者ギルドに登録した新人冒険者さん達の合宿訓練に付き添ってもうらう内容となっております」


 冒険者ギルドでは駆け出しの冒険者に対し請け負える依頼の制限を設けていて、比較的安全な依頼をこなしながら経験を積んでいく仕組みになっている。

 そして、この合宿訓練で冒険者としての能力を認められた者はその制限が解除され、いよいよ冒険者としての人生がスタートするのだ。


「既に人選は終わっていまして、土筆つくしさんには八名の新人冒険者を担当してもらいたいと考えております」


 ミアはそう言うと資料の中から八名のプロフィールが記載された羊皮紙ようひしを取り出す。


「指名依頼となりますがお断り頂いても問題ありません。請け負って頂けるなら合宿訓練中は合宿施設にて宿泊して頂くことになります」


 ミアは一通りの説明を終えると、最後に返答期限を提示して席を立つ。


「依頼の内容は把握しました。今夜検討して明日ギルドへ報告します」


 土筆つくしは受け取った資料を手に持ちミアを見送るのだった……

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