第56話 月下草と夜の森④

 街の中とは一味違った清々しい爽やかな風が薄っすらともやが掛かった森の朝に華を添え、月下草げっかそうの採取をし終えたカリアナ達は仮眠を取るために簡易テントの中に潜っていく。


 日の出と共に目を覚ましたルウツとホッツは、二人が眠っている間に仲間になっていたジュエリビートを見て大騒ぎし、「静かに」と土筆つくしに注意されるのだった。


 メルは草原の近くを流れる小川で仕留めてきた六本腕を持つ熊のような魔獣の血抜きを兼ねて水浴びに出掛け、シェイラはテイムについてホズミから説明を受けている。


 そして土筆つくしは何をしているのかと言うと、夜食用にと用意した食材を使い切るため、朝食の準備に取り掛かっているのだった。


「マスター。シェイラ、お勉強したよ」


 ホズミからテイムについての基本知識を教わったシェイラが、テイムしたジュエリビートを抱き抱えてやって来る。


「おおそうか、シェイラは偉いな」


 土筆つくしは料理の手を一旦止めると、タオルで手を拭きシェイラの頭をでる。


「えへへ。お名前も考えなきゃ」


 シェイラは満足そうに微笑むと、ホズミの元へ戻っていく。


「おっさん、腹減ったー」

「おっちゃん、腹減ったー」


 探検に出掛けると言い残して周辺の散歩に出かけたルウツとホッツは、シェイラと入れ替わりでやって来ると勤勉とは程遠い言葉を言い放つ。


「お兄さんな。味見したいなら手を洗ってこいよ」


 ここでビシッと言えない辺り、前世での父親像を引き継いでいるんだなと思い知る土筆つくしであった……



 日が高くなるに連れて薄っすらと掛かっていたもやも晴れ、月下草げっかそうの群生地である草原くさはら薫風くんぷうが通り過ぎるのに合わせて草花が揺れる。


 朝食の準備が終わった頃にはカリアナ達も仮眠から目覚め、メルも仕留めた獲物をぶるようにして戻って来る。


「いただきまーす」


 どれだけ世界が違ったとしても基本理念は変わらないようで、この世界でも「いただきます」の挨拶は食事前の定番となっているのだった。


「うんうん。朝ご飯も美味しいけど、狩ってきたお肉も楽しみだなー」


 メルは山のように盛られた魔獣肉の腸詰めを、次々に口の中に放り込みながら血抜きを終えた六本腕を持つ熊のような魔獣に視線を移す。


「あんなに大きな魔獣、宿舎じゃ解体できないから冒険者ギルドの解体施設でお願いな」


 簡易テントの前に置かれた六本腕を持つ熊のような魔獣の大きさは優に七メートルは超えており、この魔獣に襲われたジュエリビートはよく生き延びれたもんだと感心せずにはいられない。


「でもあれ、キングラマーですよね……メルさん何処まで遠出したんですか?」


 酒があったらなと言いたげな表情で魔獣肉の腸詰めを一齧りしたカリアナがメルに質問する。


「うーん……何処だろうねー。あっちにある大きな山の手前かな?」


 メルは口に放り込んだ魔獣肉の腸詰めを一気に飲みこむと、南東の方角を指差す。


「あっちにある大きな山って……ロホネ山まで行ってたんですかっ?」


 メルに慣れていないカリアナが驚くのも無理はない。

 ロホネ山は土筆つくし達が今朝食を食べている場所から南東の方角にある標高千メートルを超える大山で、メゾリカの街から直線距離にして二十キロメートは離れている。

 常識的に考えるのなら、いくら身体能力が高い獣人族であったとしても、数時間で往復することは不可能なのだ。


「さあ? 美味しい匂いを追いかけただけだからねー。うんうん、これも美味しいなー」


 メルは宿舎周辺の畑で育てた野菜をふんだんに使った茹で物を口の中に放り込むと、メルらしい回答をする。


「でも、それならジュエリビートを抱えて戻って来たことも納得です」


 ロホネ山付近にはたくさんの洞窟があり、周辺に住むドワーフ達の鉱山として知られている。


「そう言えば、スタンビートの発生した付近もその辺りじゃ……」


 土筆つくしはスタンビートについてゾッホから教えてもらった情報と繋がりそうな部分に言及しようとしたのだが、子供達がメゾリカに避難してきた経緯いきさつを思い出して口をつぐむ。


「…………」


 カリアナもその辺りの事情はミアから聞いているようで、知らぬ顔で朝食を口に運びながら「やっちゃたな」と言わんばかりの仕草を見せるのだった。


 思わぬ土筆つくしの失言で会話が途切れたものの、特に雰囲気が悪くなるような気配はなく、世間話とともに食事は進んで行く。


「シェイラ、ひらめいたっ」


 突然飛び出したシェイラの一言が、微妙な空気を一変させる。


「シェイラ、何をひらめいたのですか?」


 目的語の存在しないシェイラの言葉にホズミが質問を投げ掛ける。


「うんとね、この子のお名前」


 シェイラはそう言うと、テイムしたジュエリビートを両手で持ち上げる。


「シェイラ、どんな名前にしたんだ?」


 朝食を食べ終えたホッツが口に含んだ飲み物を飲み込むと、シェイラのひらめいた名前に興味を示す。


「れっくる」


 シェイラが何故ジュエリビートにレックルと言う名を付けたのかは分からないが、レックルの尻尾の振り方を見る限り満更まんざらでもなさそうだ。


「おっ、いい感じじゃん」


 ホッツと同じく朝食を食べ終えたルウツがレックルの尻尾に賛同する。


「レックルか……良い名前じゃないか。後から名付け契約もしないとな」


 土筆つくしは心の中で何回かレックルと繰り返し呼んでみると、しっくりとくる感じに数回頷く。


「名付け契約をしたら、従魔登録もしないとです」


 ホッツとルウツに続いて食事を終えたカリアナが、飲み物が入ったカップを片手にやるべきことを追加する。


「うんうん。レックル良い名前だねっ。大きく育つんだよー」


 更に残っていた魔獣肉の腸詰めを全部口の中に放り込んだメルの発言に、一同が同じツッコミを思い浮かぶのだが、この空気を台無しにしないようにと自粛するのだった。


「シェイラ。食事が終わったなら、あちらで名付け契約を行いましょう」


 意外とマイペースなホズミは両手を合わせて「ご馳走様」をすると、名付け契約を行うためシェイラを連れて離れていく。


「さて、後片付けをしたらメゾリカの街へ帰るぞ」


 土筆つくしはメルが残り物をさらえた皿を一つずつ生活魔法を使い洗っていくと、風妖精シフィーの力を借りて乾燥させていく。


「おっさん、手伝うぜ」

「おっちゃん、手伝う」


 早々に帰り支度を済ましたホッツとルウツが手伝いに駆け付ける。


「お兄さんな。じゃあ、これを鞄に入れてってくれ。丁寧に入れないと全部入らなくなるからな」


 ホッツとルウツは適当な返事をすると、二人で協力しながら荷物を袋に仕舞っていく。


「うんうん、食べた食べた。出発する時起こしてねー」


 最後の残り物をさらえたメルは、そう土筆つくしに告げると、簡易テント前に置いてある六本腕を持つ熊のような魔獣の臀部でんぶを枕に食後のお昼寝に入る。


「マスター。れっくるー」


 名付け契約を無事に終えたシェイラが、レックルと言う名を授かったジュエリビートを両手で掲げながら土筆つくしに向かって駆け寄ってくる。


「こら、シェイラ。危ないですよ」


 ホズミが注意するも空しく、レックルの重みでバランスを崩したシェイラが前のめりに転ぶ。


「あっ、シェイラ、大丈夫ですか?」


 言わないことではないと指二本を額に当てたホズミは、心配そうにシェイラの元へ駆け寄る。

 土筆つくしは転んだシェイラだけでなく、シェイラに放り出されてしまったレックルの心配もするのだが、レックルは空中で何事もなかったように停止すると、ゆっくりとシェイラの元へ降りていくのだった。


「ユニークスキルか?」


 転んだままのシェイラの元へ駆け寄った土筆つくしは、シェイラが怪我をしていないかホズミに確認すると、先ほどのレックルの動きを見て呟く。


「はい、そうみたいです。シェイラとの名付け契約でユニークスキルが発現したみたいです」


 名付け契約で発現するユニークスキルは術者の潜在能力と密接な関りがあり、レックルの空中浮遊は空間属性の魔法である。


「シェイラは空間属性の魔法の才能があるんだな」


 ホズミの手を借りて立ち上がったシェイラは、そのことを知るや知らずや心配そうに寄ってきたレックルを持ち上げてモフモフしている。


「シェイラはハイエルフですから、空間属性だけでなく全ての魔法属性に才能を持ってますよ」


 ホズミの親馬鹿ぶりに少々引き気味な土筆つくしであったが、子供達の才能の一片を垣間見れたことが心の底から嬉しかった。


「よし、忘れ物はないな……さあ、帰るぞ」


 シェイラが素っ転んで泥だらけになるトラブルが発生したものの、無事に月下草げっかそうの素材採取を終えた土筆つくし達は、メゾリカの街に向かって帰途につくのだった……

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