第49話 土筆と宿舎の仲間たち

 東の森を起点として発生したスタンビートによる騒動も、ユダリルム辺境伯の主導によるエッヘンの街防衛戦の成功により終息に向かうこととなり、人々は悪魔が裏で暗躍していた事実を知ることもないまま、平穏な日常へと戻っていくのだった。


 ボルダ村から帰還した土筆つくしは地竜から採取した魔石や素材の扱いについて冒険者ギルドと取り決めを交わし、ほとんどの素材が王都で開催されているオークションにかけられることとなった。

 なお、地竜から得られた食材については冒険者ギルドが独占して買い取る事になったようである。


「取り決めは以上になります。土筆さん、お疲れさまでした」


 東の森でスタンビートが発生し開拓村から沢山の避難民を受け入れたり、ユダリルム辺境伯からの要請を受け、メゾリカ支店の代表を務めるゾッホ以下練達の冒険者がエッヘンに遠征に出掛けたり、更には紛争地域であるボルダ村へ国王軍が到着するまでの防衛業務に派遣した土筆つくし達が、小規模なスタンビートを制圧し地竜との戦闘に巻き込まれるなど、冒険者ギルドの事務仕事の量は天文学的な数に上り大変なことになっているようだ。


「そうでした。こちらの書類にも署名を頂けますか?」


 ミアが差し出した書類には、土筆つくしがボルダ村へ派遣されている間に配達した食材の詳細とその料金が記載されていた。


「はい、分かりました。そう言えば、宿舎の子供達もミアさんに”ありがとう”と伝えて欲しいと言ってました」


 土筆つくしが宿舎を離れていた間、ミアが毎日新鮮な食材を宿舎まで届けてくれていたことを宿舎の子供達から聞いていた土筆つくしは、頭を下げて感謝の言葉を伝える。


「いえ、そんな、仕事ですから……それに、子供達とっても可愛かったですよ」


 目の下に薄っすらと隈をこしらえたミアは笑顔でそう返すのだった……



 冒険者ギルドを後にした土筆つくしは久しぶりにメゾリカでの馴染みの屋台の味が恋しくなったのか、目抜き通り沿いを散策することにした。


「おっ、兄ちゃん久しぶりじゃないか」


 土筆つくしが周りの風景を楽しみながらのんびりと歩いていると、顔馴染みの屋台の店主が声を掛けて来る。

 土筆つくしは軽く挨拶を返すと、店主の屋台のメニューを眺めた。


「今一推しなのは、これっ」


 主が得意げに見せた包みの中には、薄切りにされた魔獣の肉が何層にも重ねられたパストラミのような物を挟んだサンドイッチだった。


「この商品、開拓村で人気だったって避難して来た獣人が教えてくれたんだ」


 開拓村と獣人、土筆つくしはこの二つのキーワードに脳内アンテナを激しく反応させると、宿舎で待つ子供達のお土産に人数分買い込むのだった。


 その後、土筆つくしは宿舎に引っ越すまで活動の拠点としてお世話になったカンジェさんの宿屋に入り、メルの好物だった料理をお持ち帰り用に包んでもらうと、宿屋の看板娘シルユの見送りに手を上げて応え宿舎に向かって歩き出すのだった……



 土筆つくしが宿舎に戻ると出入り口に隣接するロビーでコルレットが年少組の子供達と遊んでいた。


「ツクっち、お帰りなさーいっす」


 コルレットも子供達の扱いに慣れたようで、ネゾンに蹴られて肌を赤くしていたのが遠い昔のようである。


「コルレット、いらっしゃい。おやつ食べていくか?」


 土筆つくしもコルレットが宿舎に居ることが当たり前になったのか、違和感を覚えることなく返事をする。


「マジっすか。やったー、勿論もちろん食べてくっすよー」


 両手を上げながら年少組の子供達よりも大喜びするコルレットに、土筆つくし若干じゃっかん引き気味になりながら、子供達を手洗いへ連れて行ってもらうのだった。


 土筆つくしが持っていた荷物をカウンターの上に置くと、いつもの指定席で書物を読んでいるポプリが顔を上げる。


「おかえり」


 土筆つくしとメルが宿舎を空けていた間、ポプリも影ながら家事を手伝ってくれていたことを土筆はホズミから聞いている。


「ただいま。紅茶でいいか?」


 ポプリは土筆つくしの問い掛けにゆっくりと頷くと、再び読書の世界へ戻っていくのだった……



 土筆つくしがおやつを皿に盛りつけてカウンターに並べていくと、年長組の子供達を連れてコルレット達が戻ってくる。


「ツクっち、手洗って来たっすよー」


 コルレットの前を歩く子供達は誰に言われるでもなく、いつも座っている席に付く。

 土筆つくしはトレーに乗せたおやつが盛り付けられた皿と飲み物をテーブルに配膳すると、子供達はお行儀よく食べ始めるのだった。


「そう言えばメルは?」


 土筆つくしは食いしん坊なメルが居ないことに気付いてコルレットに尋ねる。


「メル先輩っすか? コルレットちゃんが来た時には既に出掛けた後っすよ」


 コルレットは、隣に座るラーファの頬っぺに付いたパストラミを指先でつまみ取る。


「あっ、ラーファしってるー。おねえちゃん、おにくかりにいくっていってたよお」


 土筆つくしとコルレットの会話を聞いていたラーファは口の中に入れたおやつを急いで飲み込むと、一呼吸置いてからメルが出掛けたことを知らせてくれるのだった……


 実は、土筆つくしが討伐した地竜の肉は全て冒険者ギルドに買い取ってもらう事になっている。

 何故かと言うと、土筆つくしがボルダ村から帰った日の夕方、久々に厨房に入って料理を作ろうと準備していた土筆つくしの元にシェイラの守護獣であるホズミがやって来て竜について耳打ちをしたのである。


土筆つくしさん、そのお肉、竜ですよね?」


 土筆つくしがギルドで地竜の肉を分けてもらったことを告げると、ホズミはもう一度土筆つくしの耳元でささやく。


「誠に申し訳ないのですが、獣人族やエルフ族は竜を崇拝の対象としているので、そのお肉を夕食に出すのは遠慮して頂けませんか?」


 ホズミによると、獣人族もエルフ族も崇拝の対象が地竜ではないものの、竜種の肉を食べるのにはかなりの抵抗があるらしい。

 同じ種族でも信仰に差があるようだが、できるなら止めておいた方が良さそうである。


「そうなのか……それは知らなかった、ありがとなホズミ」


 土筆つくしはそう言うと調理場に出した竜の肉を移動用の葉に包み、別の肉に変えてもらうため急いで冒険者ギルドに向かったのである。


 結局、預かってもらっていた地竜の肉は全て冒険者ギルドが買い取ることになり、メゾリカの街では地竜の肉の在庫が切れるまで、至る所で竜肉フェアーが行われるのだった……



 土筆つくしが肉と聞いて地竜のことを思い出していると、噂をすれば何とやら、宿舎出入り口の扉が元気良く開かれる。


「たっだいまー」


 おやつの時間で宿舎に住む全員が集まっているので、声の主はメル以外有り得ない。

 メルはいつもの通り、持ち運び用の葉っぱに包まれた肉をカウンターの上に置く。


「メル、おかえり。今日は何の肉?」


 カウンターに置かれた肉を厨房の中の作業台に移動した土筆つくしがメルに問い掛ける。


「ウッガーだよー。久々にウッガー食べたい気分だったの」


 メルが遠征していたエッヘンの街付近にはウッガーが生息していないので、メルが最後にウッガーを食べたのは一週間以上前となるはずである。


「そうか。料理のリクエストはあるかい?」

「丸焼きー」


 土筆つくしの言葉が終わらぬうちに、メルがリクエストを言う。


「うん。でも、ブロック肉に加工されてるから丸焼きは無理だな」


 土筆つくしは包みの中の肉を見ながら答える。


「ひゃあ、焼きやねー」


 メルは土筆つくしがおやつにと買ってきておいたパストラミのような物を挟んだサンドイッチに手を伸ばすと、かじり付いてモグモグしながら言う。


「了解。今日の夕食はウッガー焼きに決定だ」

 

 土筆つくしの言葉にメルは美味しそうに何度も頷くと、土筆つくしの分までパストラミのような物を挟んだサンドイッチを食べるのだった……



 陽が沈み、夕食を一緒に食べ終えたコルレットが帰り、メルも子供達も各々の部屋に戻って最後まで読書にふけていたポプリも自室に戻っていく。


 一人になった土筆つくしは、コルレットから貰ったアーティファクトのランタンを手に取ると、宿舎を出て東に歩いた所にある厩舎きゅうしゃへと足を運ぶ。


「主よ、何か用か?」


 厩舎きゅうしゃの中で眠る雌ゴトッフを見守るように入り口付近で座り込んでいたモーリスが土筆つくしに念話で呼び掛ける。


「ううん、特に何も」


 モーリスは立ち上がり厩舎きゅうしゃから出て来ると、土筆つくしの横に座り込む。


「妻達が眠っている故、起こさぬように願いたい」


 土筆つくしはモーリスにもたれ掛かるように腰を下ろすと、夜空を見上げる。

 異世界ラズタンテの夜空は地球の夜空と変わらず無数に散らばる恒星達のキャンパスとなっている。


(もしかしたら、あの空の何処かに地球もあるのかな?)


 ふと土筆つくしは前世の家族の姿を思い浮かべるのだった。


「なあモーリス? 戻りたくなったら遠慮なく言ってくれよ」


 ゴトッフは元々日が足の森の山小屋の近くの崖で生活をしていたのだが、宿舎を所有する者への義務内容の一つである外壁付近の除草を果たすためにテイムして来てもらったのである。


「主よ、我らは満足しているから問題ない」


 モーリスは以前土筆つくしに尋ねられた時と同じ言葉を返すのだった。


「我らは崖で生まれ、崖で育ち、崖で子を産み、崖で子を育て、最後には崖から下りて土へと還る……ただそれだけのことだ」

「その話だと、崖が中心になってないか?」


 土筆つくしは夜空を見ながら思わず笑う。


「主よ、茶化すでない。大切なのは何処どこで生きるのかではなく、務めを果たして土へと還るところだ」


 土筆つくしはモーリスが呆れた様子で説明するところが妙にツボにはまったようで、眠っている雌ゴトッフに配慮した静かな笑いは暫く収まらないのだった……

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