閑話其の2 エッヘンのエピローグ
その出来事が何であったのかは今になっても明らかになっていない。
前線で耐え続けた兵士の誰もが最悪の結末を覚悟した時、唐突に降ってきた光輝く球体のような何かは押し寄せる魔物の群の中央付近に衝突すると、その際に発生した衝撃波により魔物の群れをほぼ壊滅させたのである。
最前線で光輝く球体を目の当たりにした重装歩兵の一人は、その球体の中にぼんやりと人らしき姿が見えたと証言しており、非公式ではあるが、ユダリルム辺境伯軍の兵士達はエッヘンの危機に女神様が救いの手を差し伸べてくれたと真しやかに伝えられているのだった。
その光輝く球体の正体がメルであることは置いておくとして、その後、メルが
しかし、今回の騒動はそれだけでは終わらなかった……
ユダリルム辺境伯軍が殲滅作戦に入った矢先、突如、東の森で不吉な黒い雲が湧き上がり陽の光が遮られると、次の瞬間、大きな地震がエッヘン周辺を襲う。
ユダリルム辺境伯軍陣営の最後方に設営された天幕の中から冒険者達が次々と出てくる中、エッヘンの街の北側でおぞましい魔獣の
天幕の外で見張り塔の屋根からメルが飛んでいくのを見ていたゾッホとザギギは
ベフエフが目覚めさせた厄災の魔獣は、かつてこの地域に封印されたボウラヴニスと呼ばれる巨大な
ボウラヴニスは地中を自由に移動することができ、発達した聴覚で獲物を見定めると地中から突然現れ、その円形の大きな口で喰らい付く。
知能はさほど高くないものの、強力な土属性の攻撃魔法と毒特性を兼ね備える消化液を吐きかけて攻撃を仕掛けてくるので中位が必要だ。
ゾッホとザギギが北門の前に一番乗りした時には、北門の門衛が腰を抜かしその場で震えていて、その怯えた視線の先には地中から頭部を出したボウラヴニスがおどろおどろしく迫って来ているのだった。
「今回は出番なしだと思っていたが……」
「最後に大物が来たってか」
ゾッホとザギギは門衛達の前に出て仁王立ちすると、それぞれの武器を構えて肉体強化スキルを発動する。
「そんじゃ、あいつらが駆け付けてくる前に一戦と行きますかっ」
ザギギの掛け声を合図に合わせゾッホもボウラヴニスに向かって駆け出すのだった。
ゾッホとザギギに反応したボウラヴニスは、空中に展開した複数の魔方陣から岩を作り出すと、二人に目掛けて打ち放つ。
スキルで大幅に運動能力を強化した二人は向かってくる岩に飛び乗ると、その岩を踏み台に跳躍してボウラヴニスの頭部に一撃を加える。
ベフエフから送られるはずの瘴気の大半をメルが神力を解放して浄化したこともあり、目覚めたボウラヴニスは厄災と呼べるような力は持ち合わせておらず、二人の攻撃から逃げるように地中へ潜っていった。
「なんでえ、見掛け倒しかよ」
しかし、ボウラヴニスにとって最大の不運は力の大半を失って目覚めたことではなかった。
ボウラヴニスにとって最大の不運……それは、この王国を代表する諸侯であるスタオッド伯爵とユダリルム辺境伯が所有する領地における最強の戦士二人が揃って目の前に立ちはだかったことだろう。
「確かに見掛け倒しだが、地中に潜られると厄介だぞ」
ゾッホの言う通り、地中から大口を開けて喰らい付いて来るボウラヴニスに対し、二人は防戦一方になる。
「けっ、図体デカい癖にやること小せいなっ」
ザギギは足元から大口を開けて襲い掛かってくるボウラヴニスを後ろに飛んで
「そろそろあいつらが到着する頃合いだ。前哨戦はお開きだな」
ゾッホはそう言うと、地面に大剣を突き立てると、地面に向かって
「一旦引くぞっ」
ゾッホが
「応援に来ましたぜ」
ゾッホとザギギが北門前まで退却すると、デリスの指示により駆け付けた冒険者が続々と集まっていた。
「おう、ご苦労。早速だが作戦だ」
ゾッホの凄いところは見た目が脳筋なのに、非常に戦略的に物事を見られることである。
ゾッホは未知の魔獣に対して一戦交えた経験を元に完璧な作戦を練り上げ、集まった冒険者達に伝える。
「ザギギ。これで問題ないか?」
ゾッホは自身の作戦を伝え終わると、エッヘン支店の代表であるザギギに意見を求める。
「俺は戦えればそれでいい」
ゾッホと違い、百パーセント脳筋のザギギは自身の役割である止めの一撃にしか興味を示さない。
「分かった、それではこの作戦で行く。各自準備をっ」
役割を与えられた冒険者は各々の配置に散って行くのだった……
ゾッホの
知能がさほど高くないためか本能で行動する度合いが強く、先ほどゾッホとザギギから受けた一撃の痛みに過剰な反応を示したのである。
そして、その行動こそがボウラヴニスにとって致命的なミスとなるのだった。
「よーし、作戦開始だっ」
ゾッホの合図で、感覚強化スキルを発動した身軽な
ボウラヴニスはゾッホとザギギ以外の反応に興味を示すと、地中から大口を開けて喰らい掛かるのだった。
その姿を見切ったゾッホが地面に向けてフルパワーの
北門の見張り台に配置された魔法使い部隊が地上に現れたボウラヴニスに向かって一斉に攻撃魔法を打ち放つと、百人規模による魔法攻撃にボウラヴニスの動きが一瞬止まり、その機を見逃さなかったザギギの巨大なバトルアックスがボウラヴニスの頭部を一刀両断する。
大きな音を立てながら地面に崩れていく巨大な魔獣の姿に、何処からともなく歓声が沸き上がるのだった。
こうして、ベフエフにより目覚めた厄災の魔獣ボウラヴニスは冒険者達の活躍によって討伐されるのであった……
冒険者がボウラヴニス討伐に歓声を上げる頃、ベフエフを瞬殺し目的を果たしたメル=トリト=アルトレイはその体をメルに戻そうとしていた。
「アルトレイさまー。ミュルンは寂しいですよー」
悪魔により呪いを受けてしまったメルの体では神力を宿し続ける負担が大き過ぎるため、メル=トリト=アルトレイがこの世界で具現化しているメルの体に宿り続けることはできない。
「ミュルン、心配しないで下さい。貴方との約束を成し遂げるまで私は貴方の側にいます」
天使の
「アルトレイさまー」
ミュルンは子供のように涙を浮かべると、メル=トリト=アルトレイの胸に顔を埋める。
「仕方ない子ですね……」
メル=トリト=アルトレイは
「……さあ、そろそろ戻りなさい」
ミュルンはもう一度メル=トリト=アルトレイの顔を見上げると、涙を拭って微笑む。
「アルトレイさまー。ミュルンも頑張って悪魔探しますからね」
ミュルンはそう言うと、笑顔のままメル=トリト=アルトレイから離れ、空間を割って元いた次元へ戻って行く。
「無理はしないで下さいね」
メル=トリト=アルトレイは優しい表情のままミュルンの気配が消えるまで見送り続けるのだった……
「あれれれれ?」
メルはユダリルム辺境伯軍陣営の最後方に設営された天幕の中で意識を取り戻した。
「皆何処行ったんだろう?」
先ほどまで待機していた冒険者は北の門へボウラヴニス討伐に向かっているため、天幕の周囲に人の気配は全くない。
「まあいいか」
先ほどまで感じられていた人の気配が突然無くなったことに疑問を感じたメルであったが、さして興味を示すこともなく、食べかけだった一食一軒、全メニュー制覇チャレンジを再開するのだった……
メルが一食一軒、全メニュー制覇チャレンジの残りを平らげた頃、厄災の魔獣ボウラヴニスを討伐したゾッホ達が戻って来る。
「あっ、見当たらないと思ったらこんな所にいたっ」
天幕に入ってメルを発見したデリスがメルをビシッと指差して大声をあげる。
「おお、嬢ちゃん、今日も完食かー」
「結局、メルの嬢ちゃんに勝てる料理店は現れなかったな」
ユダリルム辺境伯からの依頼はスタンビートが終息した事により無事終了となるため、メルの食い倒れ放題の旅も今日で終わりを迎える。
「二人とも何言ってるんですかっ?」
デリスはメルだけが天幕の中で何事もなかったように食事をしていたことが許せなかった。
「冒険者は北門へ向かえって命令を無視してたんですよ? これは
声を荒げて抗議するデリスを他所にメルは居眠りを始める。
「ちょ、ちょっとメルさんっ。貴方何寝ようとしてるんですかっ」
ゾッホとザギギが大爆笑する中、エッヘンを襲った騒動も無事終息に向かうのであった……
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