閑話其の1 ボルダ村のエピローグ

 土筆つくしが目を覚ましたのは翌日の朝だった。


 土筆つくしは地竜が放とうとしたドラゴンブレスの暴発に巻き込まれたところまでははっきりと覚えているのだが、怨嗟えんさに焼かれたはずの皮膚やドラゴンブレスの暴発に巻き込まれて失ったはずの左腕が元通りになっている理由は、記憶が抜け落ちているためか皆目見当が付かなかった。


「あっ、土筆つくしさんが目を覚ましたよっ」


 ベッドに横たわったまま目だけを開いている土筆つくしに気付いた冒険者の一人が声を上げると、同じ部屋で土筆つくしが目覚めるのを待っている間に眠りに落ちていた他の冒険者達が、続々と土筆つくしの横たわるベッドの周りに集まって来る。


「皆、おはよう」


 土筆つくしは寝顔を見られた乙女のようにほんのりと頬を赤らめると、小さな声で挨拶をするのだった。


 土筆つくしが目を覚ましたことを確認して一安心したのか、土筆つくしの寝室に集まっていた冒険者達は一人また一人と退室していき、最後にはウルノと土筆の二人きりとなる。


「本当にお疲れさまでした。国王軍への引継ぎも無事に終わっておりますぞ」


 ウルノは安心したのか、今にも泣きそうな表情を見せる。


「そうか、ウルノが代わりにやってくれたんだね。ありがとう」


 土筆つくしはウルノの顔を見ないように視線を窓の外へ向けるのだった。


「おおっ、そう言えば。国王軍の将官であるダリニッチ殿が事情を聞きたいと言っておりましたな」


 思い出したように声を上げるウルノに対して土筆つくしは返事を返し頷くと、身支度を整え、王国軍が駐留していると言うボルダ村の中央広場に向かうのだった……



 ボルダ村の中央広場では王国軍が忙しそうに動いていた。

 土筆つくし歩哨ほしょうに立つ兵士に声を掛けると、その兵士は土筆つくしのことを知っていたようで、応接用にと設営された天幕に案内してくれるのだった。


「これは、お初にお目にかかる。私はこの隊を国王より預かっているダリニッチだ」


 ダリニッチは腰掛けていた椅子から立ち上がり姿勢を正す土筆つくしに対し、身に付けていた小手と手袋を外して手を差し出すと握手を求める。


「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。冒険者ギルドから依頼を受け、王国軍到着までの間この村の防衛業務を請け負っておりました土筆つくしと申します」


 土筆つくしはダリニッチの握手に応じると、無礼とならないよう言葉を選んで挨拶を返す。


土筆つくし殿、そんなにかしこまらないで頂きたい。あの地竜を一人で討伐するような腕の立つ冒険者……ドラゴンスレイヤー殿に気を遣って頂くほどの人物ではございませんゆえ」


 ダリニッチはザッハシュテルナ侯爵家の四男として生まれ、騎士学校を卒業後すぐに王国軍へ入隊、その飾らない性格と的確な状況判断により数々の功績を積み上げ、若くして将官にまで上り詰めた誰もが認める逸材である。


「では、早速で申し訳ないが、ウルノ殿から受け取った情報の補足をお願いしたい」


 ダリニッチは従軍している書記官の準備が整ったことを確認すると、一昨日に発生した黒炎を纏った狼による小規模なスタンビートについてと、昨日土筆が単独で討伐した地竜についての情報を求めるのだった。


 土筆つくしは自身が覚えている情報の中から悪魔に関係する情報だけを巧みに抜き取って説明を行う。

 話を聞き終えたダリニッチと書記官が問題がないかを確認をしている間、心の何処かでそわそわした気持ちが治まらず心拍数が上がり切ったままの土筆つくしだったが、ダリニッチ達からは特に追及されることもなく、無事に情報の補足を終えることができたのだった。


土筆つくし殿、以上で引継ぎの補足は終わりになります。お疲れ様でした」


 土筆つくしはダリニッチから最後にもう一度握手を求められそれに応じると、書記官から差し出された依頼達成通知書を受け取り、王国軍が駐留しているボルダ村の中央広場を後にするのだった……



 冒険者達の宿泊施設は王国軍が手配してくれていたらしく、南北それぞれの長老達も王国軍からの要請とあってはいがみ合う事も無かったようだ。

 土筆つくしは王国軍が手配してくれた宿屋に戻ると、一階の食堂で食事をしていたウルノ達に混ざって昼食を取ることにした。


「おおっ、ダリニッチ殿とのお話は終わりましたかな?」


 料理が運ばれてくるのを待っていたウルノは、土筆つくしが座れるように場所を空ける。


「ああ、無事に依頼達成通知書を受け取って来たよ」


 土筆つくしは注文を聞きに来たこの宿屋の看板娘にウルノと同じ物を注文すると、鞄から依頼達成通知書を取り出してウルノに見せる。


「それは良かったですな。これで後は帰るだけですわい」


 ウルノは自身も受け取った依頼達成通知書を懐から出して土筆つくしに見せるのだった。


「失礼しやす。土筆つくし殿はいらっしゃいますか?」


 この宿屋の看板娘がウルノが注文した食事を持ってきた時、入り口で土筆つくしの名前を呼ぶ声がする。


「あっ……はい、私が土筆つくしですが?」


 土筆つくしは立ち上がり、宿屋の入り口で待つニクロ商会の配達員の元へ向かうと、ニクロ商会の鳥人族の男は封筒を手にスキルを発動する。


「確かに土筆つくし殿ご本人ですな。メゾリカの冒険者ギルドからでやす」


 鳥人族の男はそう言いながら土筆つくしに封筒を手渡すと足早に飛び去って行くのだった。


「料理届いてますよ。エッヘンからですか?」


 土筆つくしが席に戻ると、ウルノが配膳された料理を受け取っていてくれたようで、テーブルに料理が並んでいる。


「いや、メゾリカの冒険者ギルドからみたいだね」

「メゾリカからですか?」

「ああ、一先ず料理を食べたいところだけど、緊急の用件かもしれないし……」


 土筆つくしは封筒の封を切ると、中から一通の手紙を取り出して一読する。


如何様いかようでしたかな?」


 土筆つくしが読み終わる頃合いを見てウルノが問い掛ける。


「うん、どうやら地竜の解体をこの村で行うための人材を送ってくるらしい」


 土筆つくしが討伐した地竜は今、ボルダ村の中央広場で王国軍が一時的に預かっている状態なのだが、この村では解体できる業者もおらず取り扱いに困っていた。


「それで解体が終わるまでの間、この村で待機していて欲しいってさ」


 冒険者ギルド・メゾリカ支店からの手紙によれば、地竜討伐の一報を受けて、今朝モストン商会の馬車でメゾリカを発ったらしい。


「どれどれ……ほう、この手紙によると今日の夜には解体が終わりそうな勢いですな」


 通常、大型種である地竜の解体には数日を要するものだが、メゾリカの街もエッヘンと同じく、大型の魔物を討伐する練達の冒険者達がゾッホの指揮下に入りエッヘンに派遣されていて暇を持て余しているようだ。


「食事を済ましたら、皆に伝えにいくよ」


 土筆つくしはウルノと雑談を交わしながら昼食を済ませると、複数の宿屋にて滞在している冒険者達の元を巡って手紙の内容を知らせるのだった……



 国王軍からの知らせを受けた土筆つくしは、国王軍が駐屯する村の中央広場の西側に置かれている地竜の元へ向かった。


「これは土筆つくし様では御座いませんか」


 地竜の横にある空き地に馬車を止めたモストン商会の主が土筆つくしに気付いて寄ってくる。


「どうも、先日はお世話になりました」


 何となくそんな予感をしていた土筆つくしであったが、やはり今回もモストン商会の主が直々に出向いてきていたのだった。


「いやはや、ご活躍のほどは伺っております。なんとっ、この地竜を仕留められたとか」


 モストン商会の主は大きく手を広げると、相変わらずの口調でマシンガントークで攻め立てる。


「いえ、少しばかり運が良かっただけですので……」


 土筆つくしは早く会話を切り上げようとするが、中々に上手くはいかない。


「何と謙虚なことでしょう。運も実力のうちと申しますれば、それは土筆つくし様の実力で御座いますよ」


 永遠と続くモストン商会の主との会話を切り上げられずにいた土筆つくしに救いの手が入る。


「会長……」


 モストン商会の主は耳元にささやかれた報告に何度も頷くと、直ぐに指示を出す。


「それでは土筆つくし様。私は少々用事が御座いますのでこの辺で失礼致します」


 モストン商会の主は勝手に話し始め勝手に話を切り上げると、荷物を持った部下を引き連れて去って行くのだった……



 その後土筆つくしはダリニッチと会い、地竜の解体について冒険者ギルドから送付されてきた手紙を添えて説明すると、総勢二十人に及ぶ解体団に地竜の解体を依頼する。


 地竜の元を離れる間際、土筆つくしは動かなくなった地竜の前で両手を合わせ黙祷もくとうを捧げた。

 ここは天使も悪魔も魔法も存在するファンタジーな世界なので、もしかしたら地竜の残留思念のような何かが土筆つくしの心に語り掛けてくるかもと少しだけ期待してみたが、現実は案外あっさりとしたものだった。


土筆つくし殿」


 黙祷もくとうを終えた土筆つくしが宿屋に戻ろうときびすを返すと、ダリニッチが呼び止める声が聞こえる。


「貴殿が地竜と戦った付近に飛び散っていた地竜の破片の中で価値のありそうな物を回収してあるので受け取って欲しい」


 そのまま黙って持って帰っても土筆つくしが何かを言うことはないのだが、その辺りはダリニッチらしさが出ているのだった。


「わざわざありがとうございます」


 土筆つくしはダリニッチに感謝の言葉を告げ、地竜の素材が保管されている天幕まで移動すると、そこに保管されている地竜の頭の残骸を全て国王軍に寄付し、感謝の言葉を背中に浴びながら宿屋に戻って行くのだった……



 その日の夜、今回の防衛任務に参加した冒険者達はボルダ村で一番大きい居酒屋のホールに集まってパーティーを行っていた。


 夕方、土筆つくしがウルノにお礼を兼ねた打ち上げパーティーの相談をしたところ、何処どこからか聞きつけた解体業者の責任者が地竜の肉を届けてくれたのである。


「いやあー。長いこと冒険者をやっておりますが、地竜の肉は初めてでございますな」


 なみなみとエールが注がれたジョッキを片手に、地竜のステーキにかじり付いたウルノが楽しそうに声を掛ける。


「ささ、皿が空になっておりますぞ」


 防衛任務中はアルコールは元より、滞在場所も固定されていたので、冒険者達のストレスもそれなりに溜まっていたようだった。

 それは土筆つくしにとっても同じだったようで、土筆つくしにしては珍しく酒を飲み、がっつりと食事を取ると、仲間達と一緒に居酒屋のホールで飲み潰れて眠るのだった……



 このようにして、防衛任務最後の夜は賑やかに過ぎていくのである。

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