第45話 土筆と厄介なはぐれモノ⑪

 ボルダ村に隣接する東の森は魔素の濃度が濃い地域ではなく、平時であれば竜種が出現するような場所ではない。


 土筆つくしの予想が正しければ、ボルダ村に向かって進路をとる地竜は何らかの理由で魔のモノに操られており、その魔のモノは昨日の黒炎を纏った狼を駒として使った存在と同一である可能性が高い。


 その名が地上に知れ渡っているような魔のモノであれば、このような姑息な手段を用いらずに自ら手を下して目的を果たすはずなので、その点において希望の光はまだ完全についえてはいないのだった……



 土筆つくしは予想される地竜の移動経路上にある森の中の空き地で足を止めると、名付け契約している全ての妖精、精霊を召喚し、更に髪の中に潜っているフェアリープラントのタッツの力をも総動員して頭の中で導き出された設置可能な罠を余すことなく張り巡らせる。

 現状から想定される最悪の事態に陥ったとしても、地竜の進行を遅らせることで得られる恩恵は計り知れないのである。


 土筆つくしは全ての罠を設置し終えると、モストン商会の主から譲り受けたマジックポーションを一瓶取り出して口に運ぶ。

 常用しているものよりも一層効きそうな苦みに顔をしかめながら、土筆つくしは地竜と会話を試みるために移動を始める。


 先ほどの空き地から更に森の奥へと進んで行くと、次第に地竜の足音が地響きと共に大きくなっていく。


 土筆つくしは比較的開けた場所で立ち止まると、風妖精シフィーの力を借りて地竜に向け会話の意思を伝えるのだが、風妖精シフィーの力は地竜に届くことなく遮断されてしまう。


「やはり、悪魔によって操られているみたいだな」


 土筆つくしは何度か風妖精シフィーの力が地竜を包む怨嗟えんさによって四散するのを確認すると、地竜との会話を諦め、先ほど罠を仕掛けた空き地まで戻るのだった……



 地竜とは何かとメルに尋ねてみれば、返って来る答えは”でっかいトカゲ”であることは想像に難くない……が、土筆つくしに同様の質問をした場合の答えは恐竜である。


 過去、地球に存在した恐竜がどれほどの知能を持ち合わせていたか土筆つくしは知る由もないのだが、異世界ラズタンテに生息する地竜はあらゆる言語を理解し、高度な知識を有した恐竜のような生き物なのだ。


 竜と聞いて思い浮かべるイメージは人それぞれであるが、土筆つくしにとっての竜は博識であり、自然との調和の象徴であり、温厚な生き物なのである。


「どこまで出来るか分からないけど、やれるところまでやるしかないな」


 土筆つくしはそう呟いて気合いを入れると、腰に巻いたバッグの中身をもう一度手の感触を頼りに確認し、近づいてくる圧倒的な恐怖にあらがいながらその時を待つ。


 やがて、局部的な地震でも起きているかのような地響きと共に、その巨体を揺らしながら土筆つくしの前に地竜が姿を現す。


「先ずは、挨拶変わりに受け取ってくれ」


 土筆つくしは地妖精ドニに合図を送ると、地竜が踏み込んだ右前足周辺の地面を泥沼化し、同時にタッツの力を借りて仕掛けておいた特製のつるの罠を発動させ、地竜の動きを封じる。


 土筆つくしの存在を気にもしなかった地竜は足場をなくして体勢を崩したものの、瞬時に魔力を発動させ足場を成形し体勢を直すと、絡んできたつるにも臆することなく魔力を放出して焼き尽くす。


「随分な挨拶だな。もう一丁受け取ってくれよ」


 土筆つくしはそう吐き捨てると、再び地妖精ドニの力を借りて泥沼化した地面を、泥沼化する前よりもカッチカチに硬化させる。


 昨日の黒炎を纏った狼と同様、地竜も怨嗟えんさによって周囲に壁が作られているため、怨嗟えんさそのものに効果を発揮する浄化魔法か、怨嗟えんさの壁を貫くことができる高出力の魔法以外の魔力は効果が望めない。

 その点、土筆つくしの精霊魔法は物理的現象を利用しているので怨嗟えんさを無視して効果を発揮するのだが、土筆つくしの攻撃力では竹槍で戦車を突くようなものである。


 地竜は地面に埋まった右前足を引き抜こうとするが易々と引き抜くことができず、数回引き抜く動作を見せた後、耐え兼ねたのか、地面に埋まった右前足から強力な魔力を放出し、周囲の地面ごと粉々に粉砕して右前足を引き抜くのだった。


「これはまた豪快な……」


 土筆つくしはその圧倒的な力技に思わず声を漏らすと、地竜から向けられる精神的圧迫プレッシャーに身動きが一瞬取れなくなる。

 それは地竜が土筆つくしを敵として認識し、土筆つくしの存在をこのまま捨て置くことが出来ないと判断したことを意味するのだった。


 地竜は周囲の空間に地属性の攻撃魔法を展開すると、土筆つくしに向かって解き放つ。

 土筆つくしは地妖精ドニの力を借り盾変わり用に土の壁を造ると、自身はその場から離れ樹木の陰に身を隠す。

 地竜の放った地属性の攻撃魔法は地妖精ドニの造った土の盾を粉砕して貫くと、勢いそのままに地面へ突き刺さるのだった。


「竜種半端ないな……」


 土筆つくしは注意を引き付けるため、左腕に装着したクロスボウに電撃の魔法を挿入したシリンダと矢尻をセットし、樹木の陰から撃ち出すと地竜の前にその姿を現す。


 土筆つくしと地竜との戦闘能力の差は救いようがないのだが、一対一の戦いに限れば、相性自体はそれほど悪くはない。

 地竜は破壊力は凄まじいものの攻撃方法はそれほど多くなく、先ほど放った地属性の攻撃魔法と尻尾による殴打、更には前足による踏み付けが中心で、動きが遅いため突進などは安易に避けることが可能である。

 竜種にはドラゴンブレスと呼ばれる口から強力な魔力弾を吐くこともあるが、一対一の戦いであれば予備動作から先読みすることができるのだ。


 土筆つくしは事前に仕掛けた罠を利用しながら、地竜の意識を自身に向けるように攻撃を続ける。

 地竜との話し合いが頓挫した今、土筆つくしの目的は時間稼ぎに移行しているのである。

 そのためには、地竜にとって土筆つくしが敵として認識され続ける必要があり、地竜をこの空き地に繋ぎ止める必要もあるのだった。


「少しくらい痛そうにしてくれると嬉しいのだが……」


 土筆つくしは何回目かの攻撃を防ぎ、カウンターで何度も矢尻をセットした魔法弾を撃ち込むのだが、地竜にダメージどころか傷一つ付けることができない。


 しかし、地竜もストレスは溜まっているようで、攻撃のパターンを変えドラゴンブレスの予備動作を見せるのだった。


 土筆つくしは風妖精シフィーからもたらされる情報を分析しドラゴンブレスの軌道を計算すると、タイミングを見計らって回避行動を取る。

 地竜の口から放たれた強力な魔力弾は、重力を無視して土筆つくしが予想した軌道上にある全ての障害物を消滅させる。


「うわー、この星が丸く無かったら大変なことになってるな、これ……」


 土筆つくしはお返しにと地妖精ドニの力を借りて罠を発動させると、地竜の腹部下の地面を浮き上がらせて突き上げ、追撃で矢尻をセットした魔法弾を撃ち込むのだった。


「……」


 土筆つくしはドラゴンブレスを放った後に地竜が見せた一瞬のメッセージを見逃さなかった。


「勝機発見っ!」


 地竜はドラゴンブレスを発動した後、一瞬ではあるが、魔のモノから自我を取り戻したのである。

 それはこの地竜の意識が完全に魔のモノに掌握されていないことを意味し、大量の魔力を消費するドラゴンブレスを発動することによって、その反動で呪縛が緩むことを示しているのだった。


「そうと分かれば大放出だ」


 土筆つくしは腰に巻いてあるバッグから回復薬とマジックポーションの瓶を取り出して飲み干すと、出し惜しみしていた罠を片っ端から発動させる。


 ダメージは通っていないのだが、罠に邪魔されて身動きが取れなくなった地竜は二回目のドラゴンブレスを放つ予備動作に移る。


 土筆つくしは風妖精シフィーからもたらされる情報を解析し軌道を計算すると、回避行動を取りながら、昨日見張り担当の冒険者達に浄化魔法を詰め込んでもらったシリンダーを有りっ丈撃ち込めるように準備をする。


 地竜の口から放たれた強力な魔力弾が土筆つくしの横を通過していく瞬間を狙い、用意していた全ての浄化魔法を地竜に向け撃ち込むのだった……



 浄化魔法が込められた複数のシリンダーは地竜の外皮に矢尻が衝突した衝撃で割れると、中に閉じ込めれていた魔法が発動し、地竜を操っている呪縛の効果を弱める。

 先ほどよりもはっきりと自我を取り戻した地竜は、目の前の人族に対して念話で呼び掛ける。


(勇敢なる人族の子よ……我に安らぎを)


 地竜はそう呼び掛けると最後の自我を振り絞り、自身の口の中に魔力弾を発生させる。


 土筆つくしは地竜の想いを酌み取ると、怨嗟えんさの壁に身を焼かれることも厭わずに地竜の口目掛けて突進する。


 地竜は自らの意思で口の中に発生させた魔力弾を破裂させ自爆しようとするが、一足先に地竜の自我を魔のモノが掌握してそれを阻止する。

 そして、自我を奪われた地竜が三回目となるドラゴンブレスを土筆つくしに向けて発射しようと試みるのだが、僅かに土筆つくしの左腕が地竜の口の中へ到達する方が早かった。

 土筆つくしがクロスボウにセットしておいた電撃魔法を封じ込めたシリンダを撃ち出すと、地竜の口の中の魔力弾と衝突しシリンダが割れ、電撃の魔法が発動し起爆剤となる。


 大地を揺るがす轟音と共に地竜の口の中でドラゴンブレスが暴発すると、地竜の頭は元より近くにいた土筆つくしをも巻き込んでの大爆発を巻き起こすのだった……

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