第44話 土筆と厄介なはぐれモノ⑩

 土筆つくし達の目に映る悪魔の姿は幻が具現化したものであり、幻である以上、首を切断されたからと言って致命傷を負うことはない。

 しかし、幻と言えどもこの世界に具現化している以上、その身に受けたダメージは蓄積し、ウルノ達によって繰り出された攻撃は最終的に黒炎を纏った狼の体力を全て削り取ったのである。


 悪魔によって囚われていた怨嗟えんさ達は悪魔の消滅によって解放され剥がれ落ち、地面で不気味な音を立てながらのた打ち回り消滅していく。


 蓄積したダメージが致死に至った悪魔は具現化した姿を維持することができず、土筆つくし達の世界からその存在を拒絶されたかのように灰燼かいじんす。

 黒炎を纏った狼が悪魔だと知らないウルノ達は、その不思議な光景をただただ眺めているのだった……



 悪魔の消滅を確認した後、再び気を失った土筆つくしを詰所に運び込んだウルノ達は見張りの警戒レベルを引き上げると、ボルダ村の南北それぞれの住人の力を借りて討伐した魔物の後処理を始める。

 魔物の亡骸を野晒しにしておくと、腐臭を好む魔物や死霊悪霊など招かざる客を招く事態になり兼ねない。


 灰燼かいじんと化した黒炎を纏った狼と魔法攻撃を受けて燃え尽きた魔物達は回収できる素材や肉は存在しないので魔石だけを回収すれば良いのだが、弓矢や斬撃による攻撃で息絶えた魔物達からは様々な回収物が得られるため、魔物の状態を確認して選別を行いながら、解体する魔物は荷台に乗せてボルダ村内の広場に運び込む。

 そして、最後に不要となった魔物の亡骸を一ヶ所に集め、薪をべて火葬するのである。


 土筆つくしが意識を失っている間に魔物達の後処理作業は終了し、協力してくれた南北それぞれのボルダ村の住人には冒険者からのお礼として解体して得られた魔獣の肉が贈呈され、その贈呈された魔獣の肉を使って南北それぞれの広場でちょっとした宴が開催されたのだった……



 日が変わり、土筆つくし達がボルダ村の防衛業務に就いてから七日目の朝を迎えた。


 昨夜、この村に住む凄腕の錬金術師が詰所を訪れ、村を守ってくれたお礼にと特製の回復薬を調合してくれたお陰で土筆の体調もほぼ万全の状態にまで回復し、国王軍も今日中にはボルダ村に到着する予定となっていて土筆つくし達の”村の防衛業務”も無事終了となる。


土筆つくしさん、おはようございます。お体大丈夫ですか?」


 詰所の待機室で待機当番をしていたヤノが土筆つくしに気付き声を掛ける。


「ああ、お陰様で。昨日は迷惑かけたな」


 土筆つくしは引き継ぎ用のかごに入っているエッヘンからの定時連絡を取り出すと、内容を一読する。


「エッヘンの方は相変わらず大変な状況っぽいな……」


 土筆つくしは定時連絡を引き継ぎ用の籠に戻すと、二階の仮眠室から降りてきたウルノと挨拶を交わす。


「防衛業務も最終日ですな」


 ヤノとブリッフから待機当番を引き継いだウルノが土筆つくしに声を掛ける。


「ああ。後は何事もなく国王軍へ引き継げることを願うだけだな」


 昨日魔物の群れを先導していたのは間違いなく悪魔なのだが、あの黒炎を纏った狼は自身で考えて行動する知能は持ち合わせていなかった。

 それは背後に命令を下したモノが存在することを意味し、そのモノは考える知能を有し、何か目的を達成するために黒炎を纏った狼を利用したことになる。

 今土筆つくしが持ち合わせている情報だけでは、その目的も黒炎を纏った狼の背後にいるであろう悪魔の存在にも辿り着くことができないのだ。


「それには同感ですな。冒険者の私が言うのも何だが、平和が一番ですわい」


 ウルノは朝食のパンを口に放り込むと、豪快に笑い声を上げるのだった……



 ――しかし、土筆つくしの願いが女神様の元へ届くことは無かった



 今日到着予定である国王軍への引継ぎ作業を進めていた土筆つくしの元に風妖精シフィーから異変の知らせが届いた。


 風妖精シフィーによりもたらされた情報を解析して一つの結論に辿り着いた土筆つくしは、隣で作業をしているウルノにボルダ村に住む全ての住民を中央広場に至急集めるように指示を出すと、自身は広範囲の索敵を得意とする見張り担当の冒険者を集め東門の真上に設置されている見晴し台へと向かう。


「これは……確かに土筆つくしさんの仰る通り、巨大な何かがこちらに向かってます」


 土筆つくしからの要請に応じて広範囲索敵を行った冒険者が深刻そうな表情で呟く。

 彼女の索敵スキルでは魔力量を感知することは出来ても、その対象が何であるのかは調べられない。

 土筆つくしは彼女達の索敵結果を確認すると、荷物をまとめて広場に集まるように指示を出し、一足先にスタオッド伯爵とユダリルム辺境伯のの銅像が設置されているボルダ村の中央広場へ向かうのだった……



 土筆つくしが広場に到着した時には、既にボルダ村に住む住人達がウルノ達の呼び掛けによって集まっていた。


「これは土筆つくし殿。一体何があったのですかな?」


 南側の代表を務める老人が土筆つくしに問い掛ける。


「はい、今からお話させて頂きます」


 土筆つくしは南北それぞれの住人の注目を集めるように声を上げると、東の森からここボルダ村に向かって地竜が迫って来ている事を告げるのだった。


「な、なんと……なんと言うことだ……」


 さすがにこの時ばかりは南北両方の住民が一体となってざわつく。

 それもそのはず、この世界での地竜は動く災禍さいかと例えられ、一頭の地竜だけで村程度なら簡単に壊滅させられる力を持っているのである。


「そこで、皆さんにはこの村から至急退避してもらいたいと思います」


 領主の命を受けてこの村に住んでいる一部の住人が眉をひそめる。


土筆つくし殿。申し訳ないが儂等はこの村を離れることはできん」


 今まで友好的だった南側の代表を務める老人が険しい表情で答えると、北側の代表も同じ様に拒否の姿勢を取る。


 この村の内情を鑑みれば、土筆つくしの判断が正しかったとしても彼らがそれを受け入れる事は有り得ないのであるが、土筆つくしにはこの手順を踏む必要があったのである。


「分かりました。この村に残りたいと希望する方を無理やり退避させることはしません……が、退避を希望される方は冒険者が安全な場所まで護衛しますので、直に準備をお願いします」


 この村の住人全てが領主の命を受けている訳ではない。

 土筆つくしの予想が正しければ、地竜は悪魔の手引きによって間違いなく、ここボルダ村を目指して移動しているだろう。

 その際に籠城を決め込んだ住人を説得して逃がすには、できる限りその数を減らす必要があるのだった。


「この村に残られる方はできるだけ村の西門近くの建物に避難してください。一ヶ所にとは言いませんが、できる限り集まるようにしてください。命に危険が迫った時は、冒険者の指示に従って村の外へ退避してもらいます」


 土筆つくしがギリギリの所まで譲歩した案に不平を叫ぶ住民は現れなかった。


「そうですな……その時は我ら土筆つくし殿の指示に従うと誓いましょう」


 南北それぞれの代表の決断に従い、街の外へ退避する者と、西門近くの北側、南側それぞれの領地に避難する者に別れ、村の外へ退避する住民には見張り担当の冒険者が護衛として付き添うことになった。


「それでは、退避する住民をお願いします。西へ街道沿いに進めば国王軍と何処かで合流できますから、地竜について報告をお願いします」


 土筆つくしは見張り担当達を取り仕切っていた女性冒険者に指示を出すと、支度を終えた住民たちを連れて西門から退避を始めるのだった。


 この村に残る決断をした住人達は西門近くの南北それぞれの建物に集まってもらい、詰所で待機業務を行っていたウルノ達を二手に分けて護衛することをお願いする。


「分かり申した、彼らの事はお任せくだされ。それで貴方はどうするのですか?」


 土筆つくし自身の役割が無いことに気付いたウルノが土筆つくしに問い掛ける。


「俺? 俺は地竜と話し合いにでも行こうかと思う」


 土筆つくしの突拍子もない発言に、ウルノにしては珍しく声を裏返して驚くのだった。


「竜族は人族の言葉を理解できる者も多いし、俺なら精霊魔法で会話も可能だからね」


 土筆つくしとしてはこの騒動の背後に悪魔の存在が見え隠れしているため、これ以上ウルノ達を関わらせたくないのだが、それを口に出すことはできない。


「そ、それは危険過ぎますぞ。もし仮にその地竜が人族の言葉を理解できなかった場合は取り返しが付きませぬ」


 さすがのウルノも土筆つくしの真意を読み取ることはできないようだ。


「その時は国王軍が到着するまでの時間稼ぎでもするさ」


 ウルノが本気で身を案じてくれているのが嬉しい土筆であったが、ここは譲ることができなかった。


「昨日の黒炎を纏った狼の討伐では美味しいところを全部ウルノ達に持ってかれたからね。ここは俺に譲って欲しい」


 ウルノほどの熟達じゅくたつした冒険者であれば、過去に同じような場面を何度も経験したことだろう。

 ウルノは土筆つくしの目を見てそれを悟ると、意を決するのだった。


「分かり申した。国王軍がここに到着したら私も直ぐに駆け付ける故、それまでの間、宜しくお頼み申す」


 そう言って突き出された拳に土筆つくしは拳を当てて笑顔を見せると、共に待機業務を行った冒険者達と視線を交わせる。


「なーに、ヤバくなったら無理せず逃げ帰ってくるさ。その時は村人と一緒に国王軍のところまで競争だ」


 土筆つくしはそう言い残してその場を去ると、詰所にて身支度を整え地竜が居る東の森へ出発するのだった……

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