第43話 土筆と厄介なはぐれモノ⑨

 土筆つくし達がボルダ村の防衛業務に就いて五日目の夕方、エッヘンからの定時連絡でスタンビートの状況報告やそれに伴う様々な情報がニクロ商会の配達員によって土筆つくし達にもたらされる。


「エッヘンの状況はどうですかな?」


 土筆つくしと共に詰所の待機室で待機当番を行っているウルノが声を掛ける。


「はい。予想以上に魔物の数が多いようで、前線の領軍が疲労し始めてるみたいだね」


 土筆つくしは読み終わった手紙をウルノに手渡すと、概要を口にする。


「これはエッヘンの領軍も大変でしょうな」


 通常のスタンビートは、海岸に打ち寄せる波のように何度も何度も魔物の群れが押し寄せては引いてを繰り返し、次第にその勢いを弱めていくものなのだが、エッヘンから送られてきた情報を分析する限り、当初観測されていたスタンビートよりも遥かに規模が大きくなっているようである。


「現場を見ないと何とも言えないけど、まるでスタンビートの発生源が移動してるような感じだな」


 最初にエッヘンで領軍と魔物の群れが衝突してから既に数日が経過し、本来であればそろそろスタンビートにも終わりが見えてくる頃だ。


「エッヘンから送られてくる報告を読んでいる限りでは、ユダリルム辺境伯陣営も情報収集を怠っているようには見えませんからな……」


 定時連絡に記載されているどの情報を見ても、ユダリルム辺境伯が人傑じんけつであることは疑う余地がない。


「しかし、魔物が空間から突然現れるなんて聞いたことありませんからな。きっと森の中にでも未確認の魔物の巣か何かあって巻き込んでいるのでしょうな」


 ウルノは読み終わった手紙を丁寧に折り畳んで封筒に入れ土筆つくしに返す。


「何にしても、国王軍がこの村に到着さえすればエッヘンに援軍を送り込むことも可能になるし、俺達が心配したところでエッヘンの状況は変わらないからね。やるべき事をやるだけさ」


 土筆つくしはウルノから受け取った封筒を引き継ぎ用のかごに入れると、詰所の待機業務をウルノに任せて定時連絡を周知するために出掛けるのだった……



 夜が明け、ボルダ村に滞在してから初めてのが詰所二階の窓から仮眠室に差し込む中、風妖精シフィーから緊急の知らせを受けた土筆つくしはベッドから飛び起きた。


「ウルノ、申し訳ないが皆に緊急招集をかけて欲しい」


 土筆つくしが飛び起きる音で目を覚ましたウルノは、土筆つくしの様子を一目見て察すると、急いで詰所の待機室へ向かう。

 土筆つくしは身支度を整え詰所を飛び出すと、そのまま東門の真上に設置されている見晴し台へと駆けて行く。

 肉眼では迫りくる魔物の姿を確認することは出来ないが、風妖精シフィーの力を借りた広範囲の索敵情報には、東の森の奥からボルダ村へ向けて進行する魔物の気配がはっきりと確認できる。


「十、二十……いや、雪だるま式に増えているようだな」


 風妖精シフィーがもたらしてくれる情報を分析してみると、先導する魔物の後を東の森に生息している魔物が追従しているようである。

 先導する魔物が何故ボルダ村を目指しているのかは皆目見当がつかないが、国王軍の到着もこの村に住む住人の避難も間に合わないことは確実だった。


「何が起きているのか聞いても宜しいかな?」


 詰所の待機当番に有事を知らせたウルノが土筆つくしの姿を追って東門の真上に設置されている見晴し台へ駆け着けると、息を整えながら問い掛ける。


「ああ。皆が集まったら説明させてもらうよ……」


 土筆つくしはウルノの問い掛けにそう答えると、地妖精ドニを召喚し、魔物の群れの移動経路となるボルダ村東側の平地に巨大な罠を仕掛けるようにお願いをする。


「……ギリギリ足りて良かった」


 地妖精ドニに根こそぎ魔力を持ってかれた土筆つくしはその場にへたり込むと、腰に巻いているバッグからマジックポーションを一瓶取り出して飲み干し、慣れない苦さに顔をしかめるのだった……



 土筆つくしは緊急招集を受けて集まった冒険者達にボルダ村の東の森の中で起きているであろう事態を説明すると、念のため、土筆つくしは見張り担当の冒険者数人に広範囲索敵のスキルを発動してもらい、索敵結果に誤りがないか確認してもらう。


「確かに……土筆つくしさんの説明通り、魔物の群れがここを目指して迫ってきています」


 見張り担当者の一人が土筆つくしの説明を肯定すると、その場に緊張が走る。


「それでどうするんだ? さすがにこの人数で三桁の魔物を相手にするのは無理があると思うのだが……」


 今回ボルダ村に派遣された冒険者は土筆つくしを含めて三十人、そのうち戦闘職となる前衛が五人しかいないことを考えれば、今直ぐにでも荷物をまとめて逃げるのが定石である。


「……」


 ウルノの発言にその場に居る誰もが言葉を失う。


「しかし、ここで手をこまねいていても仕方ないだろう」


 土筆つくしの発言にその場に集まった冒険者達の視線が集まる。


「一種の賭けにはなるが、一つ作戦を提案したい」


 土筆つくしはそう言うと集まった冒険者全ての了承を得て、頭の中で導き出された複数の解の中から最適な解を導出し作戦として伝えるのだった。


土筆つくしさん、確かにその作戦なら何とかなりそうだけど……」

「本当に作戦通り事が運ぶのか……」

「どうやってその状況を作り出すんだ?」


 土筆つくしの作戦を聞いた冒険者の中には、前代未聞な内容に疑心暗鬼に陥ってしまう者も少なくない。

 しかし、土筆つくしの中では先導する魔物の存在が作戦の確実性を高め、決して口には出さないが成功に対して揺るぎない自信を持っていた。


「作戦自体は俺一人で受け持つ。ただ、作戦後は成否に限らず魔力切れで戦力にはならないだろうから、各々の判断で残りの魔物を討伐してもらうことになると思う」


 土筆つくしの提案した作戦が成功すれば魔物の群れの大部分を削る事ができるのだが、もし失敗してしまった場合、東門の外側で待ち構える前衛の五人が危険に晒されることになる。


「これは腕の見せ所であるな」

「ここ数日は小物しか相手にしてなかったから腕が鳴るぜ」

土筆つくし殿の作戦には何か熱くなるものを感じますな」


 さすがは冒険者とでも言うのか、一番危険である前衛の五人が快く作戦に賛同したのを受け、弱気だった冒険者も腹を括り始める。


「では、私も配置場所に向かうので、御自身のタイミングで作戦を開始してくだされ」


 最後まで土筆つくしの側に残っていたウルノはそう告げると、ゆっくりと見晴し台の階段を下りて行くのだった……



 一帯を包み込む張り詰めた空気の中、徐々に魔物達の足音が大きくなっていく。

 東の森から姿を現した魔物の群れはその数を三百以上にまで膨らませ、エッヘンには遠く及ばないものの、魔物の規模としてはスタンビートと呼ばれる現象になっていた。


 土筆つくしは地妖精ドニと風妖精シフィーを召喚した状態で機を見計らうと、魔物の群れの先頭を走る魔獣が罠に差し掛かったところを狙い、風妖精シフィーの力を借りて複数の塵旋風じんせんぷうを引き起こす。


 地妖精ドニが用意した砂状の土が旋風により舞い上がると、一瞬にして周囲の視界が遮られるや否や、土筆つくしは地妖精ドニが仕掛けた罠を発動させる。

 地妖精ドニの力によって一時的に地中が空洞化されると、その上を駆ける魔物達の重みに耐え切れなくなり地面が陥没する。

 そして、視界が遮られ陥没に気付くことができない魔物達は追従するように次々と陥没した穴に落ちていくのだった。

 後続する魔物の重みによって押し潰される魔物達の断末魔の叫びが響き渡る中、土筆つくしは腰に巻いているバッグからマジックポーションを一瓶取り出して飲み干し、地妖精ドニに受け渡すための魔力を回復させると、陥没した穴に落ちた魔物達を生き埋めにするため、再び地妖精ドニの力を借りて一時的に空洞化した地面を元に戻す。


――ものの数分の出来事だった


 魔物達の悲痛な叫び声が途絶え、視界を遮っていた砂埃が収まり周辺の様子が明るみになると、三百以上に膨らんでいた魔物の群れの大部分が土筆つくしの思惑通りその姿を消していた。


 土筆つくしは苦しそうに息を荒げながら自身が行った作戦の結末を見届けると、急激な魔力の増減による体への過負荷に耐えられずその場に倒れ込む。


 同時に、それぞれの配置場所で事の顛末を見守っていた冒険者達は、土筆つくしが成した結果に手応えを感じると攻勢に打って出る。


 外壁の上の通路で構えていた見張り担当の冒険者達が、土筆つくしの罠から運よく逃れた魔物に対して一斉に弓矢や攻撃魔法を仕掛けると、その直撃を受けた魔物達が次々と倒れていく。


 門前で待ち受けていたウルノ達前衛部隊は、弓矢や攻撃魔法による攻撃をも潜り抜けてきた魔物に対して容赦ない斬撃を繰り出し切り伏せていくと、土筆つくしの仕掛けた罠によって激減した魔物の群れは更にその数を減らしていき、残りは群れを先導した異様な魔獣のみとなるのだった。


「こいつは初めて見る魔獣ですな……」


 全長三メートルはあろうかという恰幅かっぷくに六本足を持つ狼のような姿は全身黒い炎のようなもので覆われいて、冒険者の中でも一際大柄なウルノでさえも小さく見える。


 他の魔物を全て倒し終えたのを確認した見張り担当の冒険者達が倒れ込んだままの土筆つくしの元へ駆け寄る中、門前で戦い終えた他の前衛部隊の冒険者達もウルノに合流し、最後の一匹となった魔獣と対峙する。


「中ボスとしては申し分ないですな……いざっ」


 ウルノの掛け声を合図に、前衛部隊の猛者達が一斉に黒炎を纏った狼へ切り掛かる。


 黒炎を纏った狼はウルノ達の攻撃をかわして後方に飛び跳ねると、自身を覆っている黒炎を切り離し撃ち放つ。


 不意を突かれたウルノ達であったが何とか黒炎をかわすと、透かさず間合いを取って体勢を立て直すのだった。


「これは失礼。中ボスではなくラスボスでしたかな?」


 ウルノは構えた大剣に魔力を込めると斬撃と共に撃ち放つ。

 神速とも言える魔力の刃が黒炎を纏った狼の顔面を捉えるのだが、狼を覆う黒炎に触れた途端に飛散する。


「これはまた面妖なことで……魔力が効かぬなら物理で押し切るのみっ」


 ウルノに合わせるように、前衛部隊全員が再度黒炎を纏った狼に切り掛かるのだった……



 ウルノ達と黒炎を纏った狼が一進一退の攻防を繰り広げる中、過負荷によって倒れ込んでいた土筆の意識が戻る。


「あっ、土筆さん。大丈夫ですか?」


 薄っすらと目を開けた土筆に気付いた見張り担当の女性冒険者が声を掛ける。


「ああ、何とかね……戦況は?」


 土筆は女性冒険者に支えられながら見晴し台の笠石かさいしに両手を突き、門前で繰り広げられている戦闘に目を向けると息を呑み込むのだった。


(何故ここに悪魔が居るんだ?)


 黒炎を纏った狼は紛れもなく悪魔を具現化したもので、狼を覆う黒炎の正体はこの世に漂う怨嗟えんさであり、怨嗟えんさは悪魔の糧なのだ。


「ここに浄化魔法使える人は何人いますか?」


 土筆つくしは狼を覆う怨嗟えんさに攻撃を無力化されているウルノ達を見て、直に浄化魔法を扱える冒険者を集め作戦を伝えると、腰に巻いているバッグからマジックポーションを一瓶取り出して飲み干し、風妖精シフィーにお願いをする。


 冒険者達による浄化魔法の詠唱に合わせ、土筆つくしは対峙しているウルノ達に向かって大声で叫んだ。


「ウルノーーーーーっ!」


 土筆つくしから発せられた突然の叫び声に意図を察したウルノは、最後に黒炎を纏った狼に対し追撃を加えると後方に飛び退く。


「打てーーーーーっ!」


 土筆つくしの号令と共に、詠唱を行っていた冒険者達が一斉に黒炎を纏った狼に向かって浄化魔法を撃ち込む。

 土筆つくしは浄化魔法が黒炎を纏った狼に直撃した瞬間を見計い、風妖精シフィーのユニークスキルを発動して黒炎を纏った狼周辺に結界を張ることで、黒炎を纏った狼の本体である悪魔が逃げ出せないように動きを封じる。


 浄化魔法の効果により、狼を覆う怨嗟えんさが剥がれ落ちては地面でのた打ち回るのだが、本職でない冒険者の浄化魔法の威力では黒炎を纏った狼本体を完全消滅させるには至らなかった……


「機、見たり」


 後方に飛び退いていたウルノは眼光鋭く言葉を吐き捨て、大気が震えるほどの唸り声をとどろかせながら力強く踏み込むと、渾身の力を振り絞って大剣を一閃いっせんする。


 ウルノの放った会心の一撃は、剥がれ落ちた怨嗟えんさの隙間をって黒炎を纏った狼の首を両断するのだった……

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