第43話 土筆と厄介なはぐれモノ⑨
「エッヘンの状況はどうですかな?」
「はい。予想以上に魔物の数が多いようで、前線の領軍が疲労し始めてるみたいだね」
「これはエッヘンの領軍も大変でしょうな」
通常のスタンビートは、海岸に打ち寄せる波のように何度も何度も魔物の群れが押し寄せては引いてを繰り返し、次第にその勢いを弱めていくものなのだが、エッヘンから送られてきた情報を分析する限り、当初観測されていたスタンビートよりも遥かに規模が大きくなっているようである。
「現場を見ないと何とも言えないけど、まるでスタンビートの発生源が移動してるような感じだな」
最初にエッヘンで領軍と魔物の群れが衝突してから既に数日が経過し、本来であればそろそろスタンビートにも終わりが見えてくる頃だ。
「エッヘンから送られてくる報告を読んでいる限りでは、ユダリルム辺境伯陣営も情報収集を怠っているようには見えませんからな……」
定時連絡に記載されているどの情報を見ても、ユダリルム辺境伯が
「しかし、魔物が空間から突然現れるなんて聞いたことありませんからな。きっと森の中にでも未確認の魔物の巣か何かあって巻き込んでいるのでしょうな」
ウルノは読み終わった手紙を丁寧に折り畳んで封筒に入れ
「何にしても、国王軍がこの村に到着さえすればエッヘンに援軍を送り込むことも可能になるし、俺達が心配したところでエッヘンの状況は変わらないからね。やるべき事をやるだけさ」
夜が明け、ボルダ村に滞在してから初めての
「ウルノ、申し訳ないが皆に緊急招集をかけて欲しい」
肉眼では迫りくる魔物の姿を確認することは出来ないが、風妖精シフィーの力を借りた広範囲の索敵情報には、東の森の奥からボルダ村へ向けて進行する魔物の気配がはっきりと確認できる。
「十、二十……いや、雪だるま式に増えているようだな」
風妖精シフィーがもたらしてくれる情報を分析してみると、先導する魔物の後を東の森に生息している魔物が追従しているようである。
先導する魔物が何故ボルダ村を目指しているのかは皆目見当がつかないが、国王軍の到着もこの村に住む住人の避難も間に合わないことは確実だった。
「何が起きているのか聞いても宜しいかな?」
詰所の待機当番に有事を知らせたウルノが
「ああ。皆が集まったら説明させてもらうよ……」
「……ギリギリ足りて良かった」
地妖精ドニに根こそぎ魔力を持ってかれた
「確かに……
見張り担当者の一人が
「それでどうするんだ? さすがにこの人数で三桁の魔物を相手にするのは無理があると思うのだが……」
今回ボルダ村に派遣された冒険者は
「……」
ウルノの発言にその場に居る誰もが言葉を失う。
「しかし、ここで手を
「一種の賭けにはなるが、一つ作戦を提案したい」
「
「本当に作戦通り事が運ぶのか……」
「どうやってその状況を作り出すんだ?」
しかし、
「作戦自体は俺一人で受け持つ。ただ、作戦後は成否に限らず魔力切れで戦力にはならないだろうから、各々の判断で残りの魔物を討伐してもらうことになると思う」
「これは腕の見せ所であるな」
「ここ数日は小物しか相手にしてなかったから腕が鳴るぜ」
「
さすがは冒険者とでも言うのか、一番危険である前衛の五人が快く作戦に賛同したのを受け、弱気だった冒険者も腹を括り始める。
「では、私も配置場所に向かうので、御自身のタイミングで作戦を開始してくだされ」
最後まで
一帯を包み込む張り詰めた空気の中、徐々に魔物達の足音が大きくなっていく。
東の森から姿を現した魔物の群れはその数を三百以上にまで膨らませ、エッヘンには遠く及ばないものの、魔物の規模としてはスタンビートと呼ばれる現象になっていた。
地妖精ドニが用意した砂状の土が旋風により舞い上がると、一瞬にして周囲の視界が遮られるや否や、
地妖精ドニの力によって一時的に地中が空洞化されると、その上を駆ける魔物達の重みに耐え切れなくなり地面が陥没する。
そして、視界が遮られ陥没に気付くことができない魔物達は追従するように次々と陥没した穴に落ちていくのだった。
後続する魔物の重みによって押し潰される魔物達の断末魔の叫びが響き渡る中、
――ものの数分の出来事だった
魔物達の悲痛な叫び声が途絶え、視界を遮っていた砂埃が収まり周辺の様子が明るみになると、三百以上に膨らんでいた魔物の群れの大部分が
同時に、それぞれの配置場所で事の顛末を見守っていた冒険者達は、
外壁の上の通路で構えていた見張り担当の冒険者達が、
門前で待ち受けていたウルノ達前衛部隊は、弓矢や攻撃魔法による攻撃をも潜り抜けてきた魔物に対して容赦ない斬撃を繰り出し切り伏せていくと、
「こいつは初めて見る魔獣ですな……」
全長三メートルはあろうかという
他の魔物を全て倒し終えたのを確認した見張り担当の冒険者達が倒れ込んだままの
「中ボスとしては申し分ないですな……いざっ」
ウルノの掛け声を合図に、前衛部隊の猛者達が一斉に黒炎を纏った狼へ切り掛かる。
黒炎を纏った狼はウルノ達の攻撃を
不意を突かれたウルノ達であったが何とか黒炎を
「これは失礼。中ボスではなくラスボスでしたかな?」
ウルノは構えた大剣に魔力を込めると斬撃と共に撃ち放つ。
神速とも言える魔力の刃が黒炎を纏った狼の顔面を捉えるのだが、狼を覆う黒炎に触れた途端に飛散する。
「これはまた面妖なことで……魔力が効かぬなら物理で押し切るのみっ」
ウルノに合わせるように、前衛部隊全員が再度黒炎を纏った狼に切り掛かるのだった……
ウルノ達と黒炎を纏った狼が一進一退の攻防を繰り広げる中、過負荷によって倒れ込んでいた土筆の意識が戻る。
「あっ、土筆さん。大丈夫ですか?」
薄っすらと目を開けた土筆に気付いた見張り担当の女性冒険者が声を掛ける。
「ああ、何とかね……戦況は?」
土筆は女性冒険者に支えられながら見晴し台の
(何故ここに悪魔が居るんだ?)
黒炎を纏った狼は紛れもなく悪魔を具現化したもので、狼を覆う黒炎の正体はこの世に漂う
「ここに浄化魔法使える人は何人いますか?」
冒険者達による浄化魔法の詠唱に合わせ、
「ウルノーーーーーっ!」
「打てーーーーーっ!」
浄化魔法の効果により、狼を覆う
「機、見たり」
後方に飛び退いていたウルノは眼光鋭く言葉を吐き捨て、大気が震えるほどの唸り声を
ウルノの放った会心の一撃は、剥がれ落ちた
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