第41話 土筆と厄介なはぐれモノ⑦

 結果から書き記すと、岩トカゲ程度ではメルの足元にも及ばなかった。


 メルは襲い掛かってくる魔物達を、まるで御弾おはじきでもはじくかのように指先一本でけながら森の中を進み、やがて噴石ふんせきと火山灰に覆われた岩山地帯に辿り着く。


 その昔、活火山の噴火によって灰色に染められて、緑色が抜け落ちてしまった無機質な光景を目の前にしたメルであったが、これと言った興味を示すこともなく岩トカゲの気配を探り始めるのだった。


「結構居るなー」


 岩トカゲは保護色で岩肌と一体化しているのだが、メルの前ではただの肉塊でしかない。


「そういえば、何匹必要なのか聞いてなかったなー」


 メルが突っ立ったまま考え事をしている隙を狙って、近くの岩トカゲが捕食しようと忍び寄る。


「うーん……この大きさなら、食べれても三匹くらいかな?」


 岩トカゲはメルに狙いを定め、岩属性の攻撃魔法を解き放つ。


「もうっ……今考え事してるんだから邪魔しないでよねっ」


 メルは一瞬で岩トカゲの前まで移動すると、両目の真ん中付近にある額板がくばんに狙いを定めデコピンを繰り出す。

 刹那せつな、周りの空気が衝撃で振動すると同時に岩トカゲが痙攣けいれんし引っ繰り返るのだった。


「うんうん。三匹くらいあればいいよねっ」

 

 メルはそう呟くと、足元に落ちている適当な石を拾い上げて近くに潜んでいる岩トカゲに投擲とうてきを行い、難無く三匹の岩トカゲを手に入れるのだった。


「これでいいよねっ。後は帰りに森の小川で血抜きして帰るだけだー」


 メルは岩トカゲづくしを想像して表情筋を緩めると、狩った肉……もとい、岩トカゲ三匹の尻尾を指の間に器用に挟み、ずるずると引きずりながらエッヘンの街へ戻って行くのだった……



 エッヘンの北門でメルを止められなかった門衛の二人は、メルが北の森へ単身入って行くのを見送った後、時間が経っても一向に戻って来る気配がないことに気を揉んでいた。


「なあ、あのお嬢ちゃん大丈夫だと思うか?」

「大丈夫も何も、あの証明書を見せられたら俺達では何もできん」


 この門衛が言う証明書とは、ユダリルム辺境伯が派遣要請に応じたゾッホ達の活動に支障を来さないようにと配慮した証明書の事である。


「そうだよな。内密で何かを処理しに行ったのかも知れないもんな」

「ああ。内容次第では俺達も消されるかもしれない」

「見ぬは極楽知らぬは仏ってやつだな」

「ああ、そうさ。俺達は門衛の仕事だけをしていればいいのさ」


 岩トカゲづくしを食べる為だけに、メルが北の森に入っていたのだと彼らが考えるはずもなく、北の森に流れる小川で血抜きを終えたメルが岩トカゲを引きづりながら戻った時にはちょっとした騒ぎになるのであった……



 その頃、料理屋の大将は猫耳の嬢ちゃんが岩トカゲを狩ってくると言って立ち去ったことを気に掛けていた。


「猫耳の嬢ちゃん、あんな事言って去って行ったが大丈夫だろうか……」


 昼時のピークタイムが終わり、流し台に貯まった食器を大将が一人で洗っていると、何やら店の外が騒がしいことに気付く。

 何事かと洗い物の手を止めて大将が外の様子を見に行くと、大勢の野次馬に囲まれた岩トカゲの横にメルの姿があったのである。


「あっ、大将だー。肉持って来たよー」


 料理店の大将と目が合ったメルは手を振りながら大将に話し掛ける。


「猫耳の嬢ちゃんか?……その岩トカゲどうしたんだ?」


 大将は目の前の光景に度肝を抜かれて目を丸くする。


「北の岩山で狩ってきたんだよー」


 練達の冒険者でさえもパーティーを組み十分な準備をして挑む岩トカゲの討伐を、目の前の華奢きゃしゃな猫耳の嬢ちゃんが単独で、しかも短時間で討伐して帰ってくることが可能なのかと疑問を感じられずにはいられない大将であったが、目の前に積まれた三匹の岩トカゲを否定することもできない。

 大将は自身の頬を両手で叩いて気持ちを切り替えると、約束通りに岩トカゲを持ってきたメルの気持ちに報いようと心に誓うのだった。


「嬢ちゃん凄いな。でも済まないが、岩トカゲの解体はここでは無理なんだ。できれば冒険者ギルドの解体施設まで持って行ってくれないか?」


 メルが引きづってきた岩トカゲはどれも全長十五メートル超えの大物である。


「分かったー。でも、ギルドってどこ?」


 メルにとってエッヘンは初めて訪れた街であり、冒険者ギルドの所在地すら知らない。


「おお、そうか。それなら俺が案内してやろう。荷台を用意するから少し待ってな」


 メルの傍らに横たわる三匹の岩トカゲを見た大将は、冒険者ギルドの解体施設まで運ぶための荷台を取りに店内に戻ろうとする。


「大将、ありがとう。じゃあ、ギルド目指してレッツゴー」


 メルは岩トカゲ三匹の尻尾を指の間に器用に挟むと引きづりながら歩き始める。

 その光景を目の当たりにした料理店の大将は再度、度肝を抜かれるのだが、動じる素振りを必死に抑えながらメルを冒険者ギルドの解体施設まで案内するのだった……



 冒険者ギルド・エッヘン支部に到着したメル達は、併設されている解体施設に岩トカゲを持ち込む。


「すいませーん」


 メルは入り口から少し入った場所で大声を上げる。スタンビートの影響で解体施設を使うような大物の魔物討伐が激減していて、解体施設内には人っ子一人姿が見えない。


「嬢ちゃん、こりゃ受付に行かんとらちが明かんかも知れんな」


 大将がメルに向かってそう語り掛けた時、解体施設の奥から数人の男が顔を出す。


「おっ、解体する魔物の持ち込みか……ってそこにあるのは岩トカゲじゃないかっ」


 岩トカゲを討伐できる腕利きの冒険者達がスタンビートの対応で緊急徴集されていることもあり、当分の間、岩トカゲが持ち込まれることが無いと思っていた解体施設の人が驚きの声を上げると、その声に反応した他の人達がわらわらと集まってくる。


「しかも、こりゃあ、また見事な状態の岩トカゲだな……血抜きも完璧だ」


 岩トカゲはその肉だけでなく、外皮や牙などの素材も高値で取引されるのだが、硬い外皮を持つ岩トカゲはそれ相応の火力で攻撃しないとダメージが通らないこともあり、ここまで綺麗な状態で持ち込まれることはまずないのである。


「これ、嬢ちゃんがやったのか?」


 岩トカゲを観察していた解体施設の人の一人がメルに尋ねる。


「うんうん、そうだよ。ここをね、ぺちんってやるんだよー」


 メルはそう言うと、岩トカゲの額板がくばんを右手でデコピンする仕草をする。


「ハッ、嬢ちゃん、面白い冗談言うねー……ん? この岩トカゲ、額板がくばんだけ割れてやがる」


 メルに尋ねた人の言葉に他の解体施設の人達も反応し、三匹の岩トカゲが全部額板がくばんだけ割れている事を知るのだった。


「そんな事より、はやく肉ちょうだいっ」


 メルは一向に進まない岩トカゲの解体作業に嫌気が差すと、目的である肉を要求する。


「大将、岩トカゲづくしに必要なお肉ってどこ?」


 メルは後方で控えていた料理店の大将に必要な部位を聞くと、不要な分は全部ギルドに卸すから早くしてと急かし始める。

 結局、岩トカゲの肉は料理店の店主が三匹分まとめて引き取ることになり、それ以外は全て冒険者ギルドが買い取る事になったのである。


「支払い? 今はゾッホさんが全部持つって言ってるからゾッホさんに回してくれればいいよ」


 そう言ってメルがユダリルム辺境伯が発行した証明書を見せると、周りの空気が一変する。

 報告を受けた冒険者ギルド・エッヘン支店のお偉いさんが飛んで来てメルを接待し始め、最重要案件として岩トカゲの解体作業が迅速に行わたのである。

 その後、メルは無事に岩トカゲづくしを含む大将の店の全メニューを完食するのだった……


「うんうん。大将っ、岩トカゲづくし美味しかったよー」


 一連のメルの行動により、エッヘンの北門や冒険者ギルド・エッヘン支店で大騒動になっている事を知って知らでか、エッヘン滞在中の日課となっている一食一軒、全メニュー制覇をこなしたメルはメルサーチ(仮)に反応する次のお店を探すために大将の料理店を後にするのだった……

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