第40話 土筆と厄介なはぐれモノ⑥

 土筆つくしが用意したボルダ村住民からの懐柔対策は効果覿面こうかてきめんだった。

 土筆つくしは報告を受けた後、直ぐ様各所を回ると、あらかじめ用意しておいた対応マニュアルを冒険者達に周知する。

 対策内容は日本で勤めていた会社で受けた贈収賄防止講習の記憶を元にして、この世界向けにアレンジした程度の代物であるが、場面場面を想定した対応マニュアルは想像を絶する破壊力を見せるのだった。


「いやはや、ぱたりと収まりましたな。お見事お見事」


 土筆つくしによる指導を受けた冒険者達がマニュアルに沿った対応をした後も南北それぞれの村人による懐柔行為は続いたようだが、暖簾のれんに腕押しぬかに釘とはよく言ったもので、余りにも手応えが無かったのか南北両方の住民は冒険者への懐柔作戦に見切りを付けたのだ。


「皆の道徳心に感謝だな」


 土筆つくしはウルノの言葉に腸詰めの入ったスープを口に運びながら軽く頷くと、自身の提案を受け入れてくれた冒険者全員に感謝の気持ちを声に出す。


「またまた謙遜を。貴方が一人一人と友好な関係を築いていたからこその結果ですぞ」


 弱肉強食の色合いが濃いこの世界だからこそ、友好関係を構築する効果は大きい。

 この世界の人々は生まれてからその人生を終えるまで、常に身分の差と力の優劣の中で生きているのである。


「一先ず目先の問題は解決したけど、徐々に魔物の出現が増えて来てるのは気になるな」


 日が進むにつれ、東の森から現れる魔物の数が増えている事に加え、出現する群れの数も多くなっているのだった。


「確かに……エッヘンからの定時連絡では昨日から魔物の群れと街を防衛する領軍が衝突を開始したと書かれていたが、昨日今日の東の森からの魔物の現れ方が少々引っかかりますな」


 ウルノも土筆つくしと同じような疑問を持っているようで、夜に昼行性の魔物が東の森から現れたりとボルダ村の外でも不穏な空気が漂い始めているのだった。


「まあ、どちらにしても俺達は国王軍が到着するまで防衛するだけさ」


 この時、土筆つくしはまだボルダ村に忍び寄る魔の影の存在に気付いていないのだった……



 土筆つくしがボルダ村で防衛業務に勤しんでいる頃、ゾッホからの指名依頼でエッヘンの街に入ったメルは、文字通り”食い倒れ”を満喫していた。


「うんうん。今日はこのお店にしよーう」


 一食一軒、全メニュー制覇にチャレンジしているメルは、ゾッホからお呼びが掛かるまでの自由時間を利用して、今日もメルサーチ(仮)に反応した料理店の暖簾のれんをくぐる。


「おっ、猫耳の嬢ちゃん。最近噂になってるアレかい?」


 メルがエッヘンの街に入って数日しか経っていないのに、既にちまたでは謎の美少女が食いまくってると噂になっているのだった。


「アレが何だか知らないけど、この店にある全メニュー持ってきてー」


 店内に居合わせた客がどよめきの声を上げる中、注文を受けたこの店の料理人は腕をまくり厨房へと消えて行く。


 暫くしてメルの元に大量の料理が運ばれてくると、メルは食事をしている他の客の目を気に留めることもなく、その華奢きゃしゃな体に次々と運ばれてきた料理を吸い込んでいく。


「うんうん、いい味出してるねー。ご馳走さまっ」


 テーブルに並んだ全ての料理の汁の一滴まで綺麗に平らげたメルの姿に料理人が膝を折ると、居合わせた客達から自然と沸き起こった拍手に見送られ、凛とした足取りでメルは店を後にするのだった……



「ゾッホさんっ」


 この世界では珍しい眼鏡をかけた冒険者ギルドの女性職員が、真新しい請求書を手にゾッホに詰め寄る。


「どうした、デリス?」


 ゾッホはエッヘンの冒険者ギルドが用意した建物の執務室で事務作業をしている手を止める。


「どうした、じゃないですよ。見てください、この請求書をっ」


 デリスは手に持った請求書をゾッホの顔の前に突き出す。


「おおっ。メルの嬢ちゃん、また豪快に食ったなー」


 請求書の内容を見たゾッホが豪快に笑い飛ばしたのが気に食わなかったのか、デリスは声を荒らげる。


「なーに笑ってるんですかっ。金額見てくださいよっ、き、ん、が、く、をっ」


 デリスの突き出した請求書には、今回ユダリルム辺境伯の要請を受けてエッヘンに派遣した冒険者全員合わせた一日分の食費が、メルの一食分の食費と同じ金額である事が記されている。


「確かに食費だけを考えれば手痛い出費だが、これでメゾリカから連れてきた冒険者が誰一人命を落とさずに済むなら安いと思わないか?」


 諭すようなゾッホの言い分に請求書を持つデリスの手が震える。


「ふ、ざ、け、ないで下さいっ。たかが女性冒険者一人が加わっただけで、そんなことが可能になると本気で思ってるんですかっ?」


 全く聞く耳を持たないデリスを前に、ゾッホは落ち着けと手振りを沿えて話をする。


「メルの嬢ちゃんについての責任は全て俺が負う。だから意見があるならメゾリカに帰ってからにしてくれないか?」


 責任の所在を明白にされてしまった以上、デリスがこの場でこれ以上強く出ることはできないのだった。


言質げんち取りましたからね。この件につきましてはメゾリカに帰ってからきっちりと追及させて頂きます」


 きびすを返し、ドスドスと収まらない怒りを発散しながら去って行くデリスに向かって乾いた笑いを浮かべるゾッホを余所に、エッヘンでは今、一人の少女による伝説が生まれようとしているのだった……



 今日もメルはオリジナルスキルであるメルサーチ(仮)に反応した料理店の暖簾のれんをくぐる。


「大将っ、全メニュー持ってきてー」


 巷で噂になっている美少女の登場に、にわかに騒がしくなる店内。

 当然、この店の大将も巷の噂は承知していて腕をまくりたいところなのだが、辛そうな表情で力なく首を横に振るのだった。


「猫耳の嬢ちゃん。全メニューを用意してやりたいのは山々なんだが、生憎材料を切らしちまっていて無理なんだ……」


 この店の大将の話では、岩トカゲを狩ることができる凄腕の冒険者達が、目前まで迫ってきているスタンビートに備えて冒険者ギルドに緊急徴集された事により、食材を仕入れることができない状態らしい。


「だから申し訳ないが、うちの名物である岩トカゲづくしを嬢ちゃんに振舞うことができないんだ」


 この店の大将の目に薄っすらと涙が浮かぶ。


「うんうん。それって、岩トカゲが用意できれば全メニュー食べられるってことでいいのかな?」


 メルは大将の話を聞いて、唯一とも言える解決策を導き出す。


「そりゃあ、材料さえ手に入れば嬢ちゃんにこの店の全メニューを出す事はできるが……」


 岩トカゲはエッヘンの街の北にある魔素の濃い岩山に生息する魔物であるが、全長十メートルを超える巨体と岩のように硬い外皮を持ち、更に魔力も高く、岩属性による攻撃魔法を使う極めて危険な魔物である。


「うんうん、なら問題ないねっ。ちょっとお肉狩ってくるから待っててー」


 メルはそう言うと、危ないからと引き留めるこの店の大将の制止を振り切って、岩トカゲが生息していると言うエッヘン北の岩山へ向かうのだった……



 エッヘンの街の北門で門衛が止めるのもお構いなしに、メルは北の森へと入って行く。

 北の森の先は竜の住処すみかと呼ばれる険しい山脈へと続いていて、濃厚な魔素を好む危険な魔物達の巣窟となっている。

 メルは魔物の気配を気にも留めず、襲ってきた哀れな魔物達を瞬殺しながら森の中を進んで行くと、ふと足を止める。


「クンクン。何か臭うなー」


 メルは空を見上げて鳴らすように鼻から息を吸うと、嗅ぎ覚えのある匂いに違和感を覚える。


「この匂い、何だったかな?」


 腕を組み、何度か尻尾をうねらせて考え込むのだが、記憶にもやがかかったように思い出すことができない。


「うん、分かんないや。それよりも、今は岩トカゲのお肉が先だよねっ」


 メルは店の大将が出してくれる岩トカゲづくしを想像してよだれを垂らすと、匂いの事は一旦忘れ、再び岩山に向かって進み始めるのだった……

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