第39話 土筆と厄介なはぐれモノ⑤

 村を取り囲む立派な外壁には南側と北側が競い合うようにして建てたと思われる見張り塔が設置されているのだが、使われているような形跡はなく、至る所に埃が積もっている。


 土筆つくしは南北それぞれの見張り塔を訪れて見張りを担当してる冒険者から意見を聞き、エッヘンからもたらされた情報を伝えていく。


 エッヘンで進行する魔物の大群と防衛軍が衝突すれば、渋滞を引き起こした魔物の群れの後方が列からはぐれ、ボルダ村方面に流れて来る可能性を否定できない。


「エッヘンからの距離を考えれば確率的には高くないかも知れないけど、だからと言って警戒を怠って良いことにはならないからね」


 土筆つくしは見張りを担当する冒険者一人一人と丁寧にコミュニケーションを図りながら友好的な関係を築いていく。


 南北二つの見張り塔を巡った土筆つくしは、その後宿泊場所として提供を受けた南北それぞれの建物も訪れ、食後の運動としては少々ハードな行程をこなして詰所へ戻るのだった。


土筆つくしさん、おかえりなさい」


 土筆つくしが詰所に戻ると交代時間を過ぎていたのか、先ほどまで仮眠していたヤノとブリッフの二人が待機室で雑談をしていた。


「ヤノ、ブリッフ、ただいま。エッヘンから送られてきた手紙は読んだ?」


 土筆つくしは待機室の奥にある更衣室で着替えながら、ヤノとブリッフに情報が伝わっているかどうかの確認を行う。


「はい、ウルノさんから手紙を引き継ぎました」


 土筆つくしは着替えを終えると、睡眠前の水分補給をするために待機室に戻る。


「了解。なら特に伝えることはないかな? これから仮眠に入るので後は宜しく」


 ヤノとブリッフに見送られながら土筆つくしは詰所二階に用意されている仮眠室へ移動するのだった……



 詰所での待機業務は二人一組で六時間交代でローテーションを組んでいる。

 当然、問題が発生した場合は休憩時間中でも職務に復帰することになるが、この世界に詳細な時間と言う概念がないので、交代時間も体内時計が基準となる。


 昨日の夜、ヤノとブリッフへ待機業務を受け渡した土筆つくしが、次の待機業務に入るのは今日の昼頃だ。

 どんよりとした空気の中で目を覚ました土筆つくしは身支度を整えると、待機室で業務中の二人に挨拶を済ませて行き先を告げ、残りの時間を使って各班の様子見を兼ねてランニングに出掛けるのだった。


 ボルダ村は昨日に引き続き分厚い雨雲が空を覆い、唯でさえギスギスしている村の雰囲気を更に重くする。


 土筆つくしは昨夜と同じように冒険者一人一人と丁寧にコミュニケーションを図りながら各所の様子を見て回ると、村の地形を覚えるために外壁の内側を走り始めるのだった。


 村を囲い込んでいる外壁と比べると、村の中はとても質素な造りになっていて、ボルダ村を分断している東西に貫く大通りの周辺以外は土筆つくしの所有する荒れ地と大差がない。


 村を囲む外壁の内側を反時計回りに一周した土筆つくしは、外壁の南東方向に設置されている見張り塔を過ぎたところで減速すると、クーリングダウンを行うためにウォーキングに切り替える。


「おや? これはこれは土筆つくしさま、おはよう御座います」


 土筆つくしが東門の詰所の前を通り過ぎて大通りを歩いていると、従者を連れたモストン商会の主が声を掛けてきた。


「これは幸運ですな。実は私共、土筆つくし様へお別れの挨拶をと思い、向かっておったので御座います」


 モストン商会の主の表情を見る限り、良い商談に巡り合えたようである。

 土筆つくしがモストン商会の主をぞんざい扱うわけにもいかず、社交辞令的な会話を交わしながらモストン商会の主の成果話を聞かされるのだった。


「おおっと、いけません」


 モストン商会の主は話の途中に何かを思い出したようで、軽く手を叩いて話を中断する。


「例の物を……」


 モストン商会の主に命令された従者が抱えていた小箱を土筆つくしに手渡す。


「これはなんですか?」


 土筆つくしが押し付けられるように渡された小箱を手に困惑の表情を浮かべると、モストン商会の主は円熟した深い営業スマイルを見せる。


「はい、これはマジックポーションで御座います」


 マジックポーションとは錬金術で生成する魔力回復薬である。


「今回、商談をさせて頂いた方の中に、凄腕の錬金術師様がいらっしゃいまして……」


 モストン商会の主は土筆つくしに渡した小箱の蓋を開けると、中から青緑色の液体が入った瓶を取り出す。


「私のスキルで鑑定したところ、とても素晴らしい品質なのですが……」


 モストン商会の主は取り出したマジックポーションに鑑定のスキルを発動する。


「この容器が残念な品質でマジックポーションの劣化速度が早すぎましてな」


 モストン商会の主は取り出したマジックポーションを小箱に戻すと蓋を閉じる。


「このまま埋もれさせてしまうのも勿体ないと思いまして、このマジックポーションに見合う容器をご用意させて頂くことにしたので御座います」


 モストン商会の主の話では、お近づきの印としてマジックポーションを購入したものの、今回連れてきた御者の中に必要とする者が居なかったため、防衛業務に当たっている土筆つくし達にプレゼントしようと思い付いたそうだ。


「この容器ですと一週間程度で低品質のマジックポーションと同等になりますのでご注意を……」


 これが村人からの賄賂であれば受け取りを拒否するのだが、話を聞く限り、これはモストン商会からの厚意であると判断した土筆つくしは有難く受け取るのだった。


「いえいえ。我が商会としても良い商談に巡り合わせて頂きましたので、感謝の気持ちで一杯で御座います」


 モストン商会の主は土筆つくしへの挨拶を終えると、昼過ぎにはメゾリカの街へ発つことを伝え去って行くのだった……



 土筆つくしはモストン商会の主から受け取った十二本のマジックポーションが入った小箱を抱えて詰所に戻る。


土筆つくしさん、おかえりなさい……って、なんですかそれ?」


 詰所二階の仮眠室から出てきたヤノは、土筆つくしが抱えてる小箱を見て声を上げる。


「やあ、ヤノ、ただいま。モストン商会の主から使ってくれってマジックポーションを受け取ったんだけど……」


 土筆つくしは小箱の蓋を開けて中をヤノに見せる。


「箱ごとですか?」


 高額なマジックポーションを見たヤノの声が裏返る。


「ああ。容器に問題があって日持ちしないから防衛任務で使ってくれって」


 難ありだと聞いたヤノは納得するように何度も軽く頷く。


「日持ちしないと厳しいですね。そうでなくてもポーションは冒険毎の使い捨てですから」


 薬師の薬草と違い錬金術師の生成するポーションは即効性があり冒険者には必須のアイテムではあるが、保存期間中にどんどん効果が弱くなるため買い溜めや次回冒険への使い回しができないのである。


「どちらにしても、うちらは接近戦メインなのでマジックポーションは不要ですけどね」


 ヤノが言うように、この詰所で待機しているのは魔物が現れた時に討伐する実戦メンバーなので、そもそも魔法回復の必要がない。


「そうだよな。見張り担当の冒険者も索敵や検索スキルしか使ってないからマジックポーションなんて飲まないよね」


 この世界での甘味かんみは貴重品であるため、この手のアイテムの味はもの凄く苦くて不味いのが常識だ。当然の事ながら、好き好んで飲もうとする者は希少である。


「厚意で受け取った物だから、使わないなら使わないでもいいからね。一応、夕方にでも欲しい人居るか聞いてみるよ」


 土筆つくしはそう言うと、更衣室にある自身の荷物置き場にマジックポーションの入った小箱を仕舞い込むのだった……



 防衛業務二日目となるこの日、昼過ぎに東の森から魔物が何回か現れて討伐したものの、それ以降、特に問題は起きなかった。

 しかし、この日の夜から南北それぞれから提供を受けた宿泊用の建物や見張り塔にて、南北それぞれの住民から袖の下と思われるような接待を受けたとの報告が入るのだった。


「やはりこういう展開になりますな」


 エッヘンからの定時連絡を受け取るために席を外していた土筆つくしに変わり、見張り担当の冒険者達から報告を受けたウルノがため息混じりに呟いた。


 土筆つくしはこういう展開になることを確信していたため、初日の打ち合わせ時にボルダ村の現状を皆に説明し、住人から賄賂などの提供が行われても受け取らないように指示を出していたのである。

 冒険者達が請け負った依頼内容に記載されている規程ではないので、土筆つくしの出した指示には何の拘束力もないのだが、その辺りはミアの仕事だけあって人選に抜かりはない。


「国王軍が到着するまでの繋ぎでしかない俺達を懐柔する意味なんて全くないけどね」


 土筆つくしはやれやれと言いたげな表情でそう答えると、今後の方針について話し合うために見張り担当の冒険者達の元へ向かうのだった……

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