第38話 土筆と厄介なはぐれモノ④

 農家が経営している小さな休憩所から出発したモストン商会が所有する五台の馬車は、ボルダの村へ向け街道を東へ進んで行く。


 この世界の文化水準を考えれば、街の外で野盗や魔物の群れと遭遇して戦闘に発展するような場面を思い浮かべる人もいるかもしれないが、整備された地域を移動している限り、そのような危険と遭遇することは稀である。

 目的地であるボルダ村周辺はスタオッド伯爵とユダリルム辺境伯との間で領土問題が起きている地域ではあるが、それでも一定水準以上の治安は維持されているので、街道の往来で困ることはない。


 土筆つくし達を乗せた馬車は生憎な空模様の下、メゾリカの街の東側を流れる川の上流に架かる橋を渡り、いよいよ領土問題が起きている地域へ入って行くのだった……



 土筆つくしがボルダ村を視界に捉えて最初に驚いたのは村を囲む外壁だった。


 未開拓地である東の森から近い場所にあるとはいえ違和感すら覚える立派な外壁は、とても村を取り囲んでいる代物とは思えず、村の中心に設置されているであろう西門の中心を境に、北側と南側で全く仕様の異なる造りになっているのである。


「これはまた……話には聞いていたが、ここまでとは……」


 土筆つくしと同じ馬車に乗り込んでいる冒険者の一人が、目の前に広がる異質な景色に声を漏らす。


 この国の法律では領主同士の紛争を避けるため、開拓するための村の設置は領地の境界から一定の距離を置くように定められているのだが、管理している国の中枢には無数の派閥が存在しており、ボルダ村のように同時に申請を受け付け許可されてしまう場合も珍しくない。


 本来であれば、それなりの地位の者が両領主の仲介に入り落とし所を探るのだが、不幸なことにボルダ村周辺には開拓に適した土地が他に見当たらず、日和見され先送りされた結果、一つの村に二つの領土が併存することになってしまったのである。


 土筆つくし達を乗せた馬車はボルダ村の西門に到着すると、村の南側と北側それぞれの検閲を受けて村に入る許可を得る。

 馬車を先導する案内人も南北それぞれの担当者が付き、村の中央を横断する大通りを緩衝地帯にして、村の南側と北側が完全に分断されているのだった。


 土筆つくし達はその異様な光景に戸惑いを感じながらも、村の中央にある広場まで移動し馬車から降りると、広場の真ん中に別々に設置されたスタオッド伯爵とユダリルム辺境伯の銅像の前で南北それぞれの代表者達に迎えられた。


「これはこれは冒険者の皆様方、この度はスタオッド伯爵領メゾリカから遥々はるばる足を運んで頂きありがとうございます」


 ボルダ村の南側の代表を務める老人が挨拶をすると、集まっていた南側の住民が歓声の声をあげ、北側の住民が敵意の目でそれを見る。


「ボルダ村に住まわれる皆さまの歓迎、心より感謝申し上げます。私共は国王様より依頼を承った冒険者ギルドの指示により、国王軍到着、そして引継ぎを行うまでの間、ボルダ村の防衛を務めさせて頂く所存です」


 土筆つくしは敢えて国王を前面に出すような表現を多用し、領土問題を抱える両領主の名を出さないことで南北両方の立場を尊重しつつ、国王軍が到着した際に円滑に引き継げるように距離を置くような立ち振る舞いをする。


 南側の領地から派遣された土筆つくしがスタオッド伯爵の名を一度も口にしなかったことを受け、集まっていた北側の住人も安心したのかその場の緊張も随分と緩くなるのだった。


 土筆つくしはこの村の置かれている現状に、さざ波を立てないよう注意を払いつつ無事に挨拶を終えようとした頃、背後から並々ならぬ視線を感じる。

 振り返るまでもなくモストン商会の主からの視線だと悟った土筆つくしは、挨拶の最後にモストン商会の宣伝を付け加えるのだった……



 土筆つくし達が村の防衛を行う期間の宿泊場所として、南北それぞれの代表者が自身の地域にある建物の提供を申し出てきたので、土筆つくしは見張り担当の冒険者を二つの班に分け、担当する場所に近い方の建物を宿泊場所として利用してもらうことにし、残りの冒険者は村の東門に併設されている詰所を借りることにした。


 依頼内容は”村の防衛業務”となっているものの、実際の業務内容はスタンビートに触発された魔物への警戒と討伐である。

 その証拠に、派遣された冒険者の大半が哨戒任務に適したスキルを保有していて、戦力として計算できる冒険者は男性の五人しか居ない。

 更に、村の状態から派遣した冒険者が二班に別れることもミアは予想していたらしく、休憩所で挨拶を交わした時の情報を元に人材を割り振っていけば、自ずと割り振りは固定されていくのだった。


 打ち合わせを終えた冒険者達は各々の担当業務に移行し、土筆つくしは足繁く現場まで出向いて問題がないか確認をする。

 

 急ごしらえの防衛体制が形になる頃には日も傾き、土筆つくしが東門に併設されている詰所内の待機室で同じく待機している冒険者のウルノと共に食事をしていると、詰所にギルドの遣いが訪れる。


「失礼しやす。土筆つくし殿はいらっしゃいますか?」


 呼ばれた土筆つくしが食事の手を休めて詰所の入り口に向かうと、そこには鳥人族と呼ばれる

鳥型の獣人が立っているのだった。


「はい、私が土筆つくしですが?」


 鳥人族の男は袈裟掛けしている鞄の中に羽を突っ込むと、一通の封筒を取り出してスキルを発動する。


「確かに土筆つくし殿ご本人ですな。エッヘンの冒険者ギルドからでやす」


 鳥人族の男はそう言いながら封筒を土筆つくしに手渡すと、足早に立ち去って行くのだった。

 今回土筆つくしが請け負った依頼ではエッヘンからの情報提供が不可欠であるため、一日一回の定時連絡と有事の際の緊急連絡を鳥人族に依頼しているのである。


「ニロク商会か?」


 ニロク商会は空を高速で移動できる鳥人族が集まって運営している商会で、手紙などの軽量荷物を専門に配達している。

 

「ああ、エッヘンの冒険者ギルドから日次報告が届いたみたいだ」


 声を掛けてきたウルノに返事をした土筆つくしは手に持った封筒を開封すると手紙を取り出し、スタンビートの近況報告に目を通す。


「うん、魔物の大群は予想されてた通りエッヘンを通過するようだ」


 土筆つくしは手紙をウルノに手渡すと、椅子に腰掛けて食事を再開する。


「エッヘンには申し訳ないが、こちらとしては有難い展開だな。この村の状況を考えると、例え壊滅する事態に陥っても住民は村の外へ退避することを拒むだろうからな」


 ウルノ程のベテラン冒険者であれば気付いているのだろう。この村に居を構える村人は住人であると同時に領領主から派遣された工作員であることを。今ボルダの村は武器を持たぬ戦争の真っ只中であり、相手よりも先に村から退避すると言うことは敗北を意味するのである。


「ご馳走さま。食事も済んだし、エッヘンからの報告を皆に知らせてくるから留守番を頼む」


 土筆つくしはウルノの言葉に苦笑いを浮かべながらスプーンを置いて手を合わると、村の事情で別々になっている拠点の様子と見張り担当者から話を聞くついでに、エッヘンから届いた情報を各々に伝えるため出掛けることにする。


「ああ、任された」


 ウルノも土筆つくしの表情を見て心情を察っし苦笑いを浮かべると、去って行く土筆つくしの背中に向かって手を振るのだった……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る