第37話 土筆と厄介なはぐれモノ③

 窓から見える景色が夕焼けに染まり、夜を待ちきれなかった虫達が音色を奏で始める頃、土筆つくしは夕食に集まった皆に仕事で宿舎を空ける事を伝えると、食事を済ませた後、指名依頼である”村の防衛業務”を請け負う旨を伝えに冒険者ギルドへ出向いた。



土筆つくしさん、依頼を受けて頂いてありがとうございます」


 冒険者ギルドの一階窓口で依頼書に承諾を意味する署名を行った土筆つくしにミアが頭を下げる。


「いえいえ、条件も良かったのでこちらとしても指名して頂いて有難いです」


 土筆つくしは社交辞令を絡めながらミアと雑談を楽しむと、ギルドへ依頼を出したいと伝える。


「依頼ですか?」


 所属する冒険者からの依頼自体は珍しくないものの、土筆つくしが依頼をする事は今まで無かった事もあり、ミアは思わず聞き返すのだった。


「はい、依頼中は外泊になるので、その間宿舎に食材を届けてもらおうと思いまして……」


 土筆つくしの所有する敷地内であれば、ポプリの創りだした魔法生物による監視の目もあり安全を確保できるが、子供達だけで街中に買い出しに出掛けるのは少々心配である。


「そうでしたか……それなら毎日、ギルド職員が宿舎まで必要な物をお届けしましょうか?」


 ミアは土筆つくしの話を頷きながら最後まで聞き届けると、直ぐに提案を行う。


「それは有難い申し出ですけど、良いのですか?」


 思い掛け無いミアの提案に、今度は土筆つくしが聞き返すのだった。


「はい、大丈夫です。今回の案件は非常に規模が大きくなっておりまして、参加される冒険者の皆さまに対しては、ある程度の裁量が認められていますので」


 ミアは事務的な回答を行った後、一呼吸置いて言葉を続ける。


「それに、土筆つくしさんに引き取られた子供達の様子を私も見てみたいですからね」


 ミアは土筆の耳元でそうささやくと、片目をつぶって見せるのだった。


「ギルドの方が届けてくれるなら安心です。可能であれば是非お願いしたいです」


 ミアは土筆つくしの返事を聞いて笑顔で頷くと、届ける食材の内容や時間、購入時の代金の支払いは今回の依頼報酬から天引きするなど、必要な条件を契約書に記載していく。


「内容は以上でよろしいでしょうか?」


 契約の署名を前に、ミアが土筆つくしに最後の確認を行う。


「はい、問題ないです」


 土筆つくしは契約書に署名をすると、ミアに頭を下げる。


「いえいえ、これもお仕事ですから……それでは明日、記載された集合場所へお願いします。お疲れ様でした」


 ミアは事務的に話をまとめると、深々と頭を下げて土筆つくしを見送るのだった……



 翌朝、どんよりと曇った空を見て、土筆つくしは持ち物の中にカリアナが水弾きの付与をしてくれた合羽かっぱを仕舞い込み、土筆つくしよりも一足先に出発するメルを起こして送り出した後、ホズミ達お姉さん三人衆にギルド職員が毎日食材を届けてくれることなどを伝え、自身も宿舎を後にする。


 集合場所となっているメゾリカの街の北門に土筆つくしが到着すると、宿舎の購入でお世話になったモストン商会の主が出迎える。


土筆つくし様、その節は当店をご利用いただき、誠にありがとうございました」


 相変らずの円熟した深い営業スマイルは、今日のような曇り空でも衰えることはない。


「こちらこそ、その節はありがとうございました。」


 土筆つくしはモストン商会の主が何故北門で自分に声を掛けてきたのか分からないまま、世間話に付き合うのだった。


「……ハッハッハッ、左様で御座いますか……おっと失礼、皆さまお揃いになりましたようで御座いますな」


 モストン商会の主はそう言って土筆つくしとの会話を中断すると、ボルダの村で防衛業務を担う冒険者達を集めて挨拶を始めるのだった。


「皆さま、ごきげんよう。この度、我がモストン商会では冒険者ギルド様より皆様をボルダ村までお送りする依頼を受けております。ボルダ村での防衛業務を請け負っている冒険者の方は、どうぞ我がモストン商会が用意致しました馬車へとご乗車下さいませ」


 モストン商会の主の言葉を合図に、待機していた馬車五台が横付けされる。


「ささっ、土筆つくし様はこちらの馬車へどうぞ」


 御者ぎょしゃに依頼書を見せ次々と冒険者が馬車に乗り込む中、土筆つくしはモストン商会の主に促されるまま先頭の馬車に乗り込む。


 モストン商会の主は依頼された全ての冒険者が馬車に乗り込んだ事を確認すると、自身は土筆つくしの乗った馬車の御者ぎょしゃ用の座席へ乗り込むのだった。


「まさか、店主自らが御者ぎょしゃをするのですか?」


 土筆つくしは目の前に腰掛けるモストン商会の主を見て驚きの声を上げる。


「ハッハッハッ、折角ボルダ村まで足を延ばすのですから、空の馬車で戻ってくるなんて味気ないでは御座いませんか」


 モストン商会の主は振り向いてそう答えると、円熟した深い営業スマイルを見せ、馬車を出発させるのだった……



 ここからボルダの村までの道のりは、メゾリカの街の北門からエッヘンまで延びる街道を北上し、途中で交差している街道を東に曲がりメゾリカの街の東側を流れている川の上流に架かる橋を渡った先となる。


「こうして手綱たづなを握っていると若い頃を思い出しますな」


 モストン商会の主は爽快に手綱たづなを捌きながら見事に馬車を走らせる。

 この世界では街道でも凸凹でこぼこが多く、御者ぎょしゃの技術が低いと乗り物酔いしてしまうものだが、出発してから随分経った今でも、同乗している誰一人として気分を悪くする者は現れていないのである。


「もう少し先に集落がありますので、そこで休憩と致しましょう」


 馬車の進行方向に薄っすらと見え始めた集落を指差したモストン商会の主は、後ろを振り向きながら報告を行うのだった……


 

 モストン商会の主の指差していた集落は、王都方面からボルダの村に伸びる街道との交差点付近に点在している農家が経営している小さな休憩所だ。

 休憩所には行商人や旅人達が安全に宿泊することができる簡易宿所のほか、馬車などを駐車するための繋ぎ場なども備えている。


「それでは、私は少し用事が御座いますので失礼します」


 モストン商会の主は土筆つくしにそう伝えると、この休憩所を経営している農家の家に疾風の如く消えていく。


「間違いなく商談に行ったな……」


 金の匂いを嗅ぎ付けたのか、揉み手をしながら去って行くモストン商会の主を見送った土筆つくしはそう呟くと、休憩のために馬車から降りて来る冒険者達に集まってもらい挨拶を行うのだった。


「こんにちは。今回、依頼の指揮をギルドから任された土筆つくしだ、よろしく」


 土筆つくしは一人一人と挨拶を交わし握手をすると、依頼に参加した冒険者達の名前と特徴を覚えていく。

 挨拶を交わした冒険者の中には、先日ギルド内でゾッホと論戦を繰り広げていた現場を見ていた人も多く、土筆つくしの顔を見て話題にする者も少なくなかった。


 土筆つくしが軽く雑談を交えながら得た情報を整理すると、今回、共に依頼を遂行するメンバーの大半が探索や索敵を得意とする冒険者で、武器も中遠距離用の弓や攻撃魔法を扱う者が多い。

 冒険者ギルド・メゾリカ支店の主要な戦力がエッヘンの街へ送り込まれていることを考慮すれば仕方がない事であるが、メンバー構成を考える限り、有事の際は自分達で打開するのではなく、王国軍が到着するまで耐え凌ぐ戦法を選ばざる得ないだろう。


「皆さま、そろそろ出発すると致しましょう」


 土筆つくしが参加する冒険者との挨拶を終えて結成されたチームの戦力を把握したところに、ほくほく顔のモストン商会の主が農家の家から出て来るのであった。


 気の知れた仲間であれば突っ込むべき場面なのだが、モストン商会の主と土筆つくしはそのような間柄ではない。


「おや? これは随分と打ち解けていらっしゃるご様子で。お互い良い休憩時間を過ごせたようで何よりで御座います」


 モストン商会の主はそう土筆つくしに話し掛けると、自身の部下である御者ぎょしゃを集め問題がなかったの確認を行い、目的地であるボルダの村へ向け移動を開始するのだった……

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