第36話 土筆と厄介なはぐれモノ②

 思わぬ形で求めていた情報を得ることに成功した土筆つくしは、保存可能な食料を中心に持てるだけ買い込むと宿舎に戻っていくのだった。


 宿舎の出入り口に隣接するロビーでは、今日もコルレットが年少組の子供達と遊び戯れている。

 土筆つくしが宿舎の中に入ると、四つん這いになったコルレットがホッツを背中に乗せて走り回っている。


「……」


 宿舎の入り口で立ち止まった土筆つくしがその様子を無言で眺めていると、コルレット達の隣で積み木遊びをしていたシェイラとラーファが土筆つくしに気付いて近寄ってくるのだった。


「ますたー、おかえりなたい」


 二人の愛らしい仕草に目を細めた土筆つくしは買い込んだ荷物を床に置くと、二人の頭を撫でながらただいまの挨拶をする。


「あっ。ツクっち、ロリコンっすか?」


 コルレットは自分達への視線とシェイラとラーファへの対応の落差に不満を漏らす。


「あっ、おっさんだ。おかえり」


 今までコルレットの背中に乗っていたホッツは土筆つくしが帰宅した事に気付くと、コルレットの背中を蹴って飛び降り土筆つくしの元へ駆け寄る。


「痛いっす」


 コルレットはうつむけに倒れると、踏み台にされる形で蹴られ赤くなった背中を擦る。


 土筆つくしは年少組の三人を近くで見守っていたホズミとエトラに、ルウツとネゾンとミルルを呼んできて欲しいと頼み、シェイラ達を連れて隣の食堂兼休憩室へ移動する。

 子供達全員が揃ったところで、メゾリカの街の中で一番評判が良いパン屋で購入した蜂蜜パンを配り、おやつの時間にするのであった。


 土筆つくしが購入してきた食料を厨房奥にある食材置き場に片付けていると、復活したコルレットがやって来て声を掛ける。


「あれれ、ツクっち。また随分と買い込んだっすねー」


 コルレットは普段土筆つくしが使用するような新鮮な食材ではなく、干し肉や乾燥野菜やドライフルーツなど、保存期間が長いものばかり購入している事に気付く。


「ツクっち。もしかして家事に疲れちゃったっすか?」


 この世界の時事に精通しているコルレットが長期保存可能な食料を買い溜めした理由を知らないはずもなく、これはコルレット的には戯れざれごとなのだろう。


「バレたかー。コルレットと毎日会う事に疲れちゃってさ、ちょっと旅に出ようと……ねっ」


 土筆つくしはコルレットの戯れざれごとに乗っかる事にした。


「そうっすかー、それは悲しいっす。でもボルダ村には温泉も観光地も何もないっすよー」


 やはりコルレットは土筆つくしが何故保存可能な食料を買い込んで来たのかを知っているのだった。

 

「毎回思うんだが、何処で情報仕入れて来るんだ?」


 土筆つくしは呆れた表情で問い掛ける。


「それは女の子の秘密っすよー」


 コルレットはおどけて見せると、逃げるように去って行く。


 土筆つくしが買ってきた食料を片付けて厨房に戻ると、カウンター席に腰掛けたホズミとミトラとミルルの三人が声を掛ける。


土筆つくしさん?」


 珍しい組み合わせに土筆つくしは少しだけ不安の念に駆られる。


「ん、どうした?」


 土筆つくしは努めて平静を装うと、声を掛けてきたホズミに目線を合わせる。


「その……私達三人で家事を取り回すことはできるので、もしお仕事で不在になったとしても心配は要りませんから」


 ホズミとミトラとミルルの向こう側には、にんまりとほくそ笑むコルレットの姿が確認できる。

 余分なことを仕出かしてくれたコルレットには後でお灸を据えるとして、ホズミ達の気持ちは素直に嬉しい。

 

「そうか、ありがとな。でも、どうして突然そんな事言い出したんだ?」


 土筆つくしに疑問を投げ掛けられた三人は、遠くから様子を見ているコルレットの方を一瞬振り向くと、俯いて首を横に振るのだった。


(コルレットへのお灸の量倍増し確定だな)


 土筆つくしは三人の健気な仕草を眺めながら、この後コルレットにどうやってお灸を据えるのかを考えるのだった……



 窓から見える景色が夕焼けに備え始める頃、持ち運び用の葉っぱに包まれた肉を抱えたメルが宿舎に戻ってきた。


「たっだいまー」


 メルは勢いよく宿舎の出入り口の扉を開けると、カウンターの上に今日の成果を置く。


「メル、おかえり。今日は何の肉?」


 土筆つくしは厨房での作業を一旦止めると、エプロンで手を拭いながらカウンター越しに話掛ける。


「今日はウッガーだよ。焼き鳥食べたいなー」


 先日試しに料理したウッガーの焼き鳥風がいたく気に入ったメルは、最近ウッガーを狩りに行く頻度が増えているのだった。


「了解。今日はウッガーの焼き鳥風で決まりだな」


 土筆つくしは包みの中からウッガーのブロック肉を取り出すと、串に刺せるように丁寧に切り分けていく。


「うんうん、決まりだねっ」


 メルは尻尾を揺らしながら土筆つくしの言葉に返事をするのだった。

 

「あっ、そうだ」


 暫くの間、土筆つくしが料理する風景をカウンター席に座って眺めていたメルは、突然思い出したように声を上げる。


「そういえば、さっき冒険者ギルドで指名依頼受けてきたよ」


 唐突なメルの発言に、料理をする土筆つくしの手が止まる。


「そうなんだ。どんな依頼?」


 土筆つくしはメルに質問を投げ掛けると、料理を再開する。


「えっと……確か、エッヘンとか言う街で食い倒れ放題って言ってた気がする」


 本来”食い倒れ”と言うのは、贅沢な飲食をして全財産を使い込むことを意味する言葉であるが、メルの言う”食い倒れ”とは文字通り”倒れるまで食べる”ことを意味する。

 話せば長くなるので割愛するが、コルレットが何処からか仕入れてきた地球のことわざを勘違いしてメルに使ったのが原因である。


「なんだよそれ……仕事要素ないんだけど?」


 土筆つくしは声を出して笑いながら突っ込みを入れる。


「あれれ? 言われてみれば確かにそうだ」


 メルも笑いのツボにはまったらしく、ケラケラと声を出しながら笑い出す。


「はい、これ。もらった書類」


 お腹を抱えて笑うメルから依頼書を受け取った土筆つくしは、羊皮紙の濡れる面積が少なくなるように指先で器用につまんで広げる。


「そう言う事か……ゾッホに付いてエッヘンに行けば、依頼中の食事は好きなだけ食べることができて、その代金は全額ギルドの経費で負担するって条件なんだな」


 概ねミアの差し金だとは思うが、メルの特徴を良く捉えた素晴らしい依頼内容である。


「そうそう、そんな感じだったと思う」


 メルはまだ笑いのツボから抜け出せない様子で、ケタケタと思い出し笑いを繰り返しているのだった。


 メルが請け負った依頼の内容は土筆つくしが昼間ゾッホから聞いた内容に沿うもので、ユダリルム辺境伯からの要請に応じ派遣されるゾッホの部隊にメルも参加するというものである。


「それにしてもギルドも思い切った事するな……」


 今回の依頼を請け負いエッヘンへ派遣される冒険者達の生存率を考えれば、ギルドがメルの力を求めるのは当然のことだろうが、メルを食欲で釣り上げた代償は計り知れないだろう。

 更に、指名依頼なので他の冒険者達と報酬が同じとは限らないが、少なく見積もってもユダリルム辺境伯からの依頼についてギルドが収支を黒字に持っていくとは不可能である。

 今回の依頼で冒険者ギルドが欲しているのは目先の利益ではなくユダリルム辺境伯との人脈なのは容易に推測できるが、辺境伯がそれを計算に入れて派遣要請をしたのならば、ユダリルム辺境伯は噂にたがわぬ人傑であると見て良さそうだ。


「エッヘンは初めて行くからね。楽しみ楽しみだよー」


 今回のメルの請け負った依頼は、魔物の群れに飛び込んでいく非常に危険な業務なのだが、例え数百数千の魔物が襲ってこようとメルにかすり傷すら与える事はできないだろう。

 悪魔から呪いを受け、聖白な天使の翼を失い獣人化してしまったメルであっても、メル=トリト=アルトレイと言う少女の戦闘能力は一騎当千などと言う軽々しい言葉では表しきれないのだ。


「そうだな、ゾッホの頭の産毛まで全部毟り取ってやれ」

「それだと何も食べられないじゃんっ」


 危険な依頼を前にしても土筆つくしとメルの日常は変わることはなく、宿舎にはゾッホのスキンヘッドをさかなに爆笑する二人の笑い声が木霊こだまするのだった……

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