第12話 地味なアーティファクト

 土筆つくしが食堂兼休憩室へと戻るとメルの姿はなく、コルレットがメルの座っていたテーブルの椅子に腰掛けているのだった。


「あれ、メルは?」

「メル先輩っすか? コルレットちゃんが来た時にはもう居なかったっすよ」


 コルレットはそう言うと目を閉じて感知のスキルを発動させる。


「……おっ、居たっす。この棟の上の階に居るみたいっすよ」


 どうやらメルは土筆つくしが中庭に向かった後、自発的に寝室の片付けをしているようである。


「そうか、ありがとな……紅茶で良いか?」


 土筆つくしは厨房に入ると、ドリップポットをセットした調理用の魔道具に魔力を注ぎ、お湯を沸かし始める。


「サンキュっす。ちょうど喉乾いてたっすよー」


 コルレットは片手を挙げて答えると、そのまま大きく伸びをする。


「あっ、そうっす。結界の方は張っといたっすよ」


 コルレットは肩を回して首を傾げると、何処で覚えたのか両腕を動かして肩甲骨はがしを始める。


「それはお疲れ様でした……まぁ、俺には見ることも感じる事もできないけど」


 土筆つくしは茶葉の入ったティーポットにお湯を注ぐと、二人分のカップと共に木製のトレイに載せ、コルレットの待つテーブルに運ぶ。


「ツクっち……その言い方だと、コルレットちゃんが信用されてないみたいじゃないっすか」


 コルレットは土筆つくしからカップを受け取ると、冗談めかして笑って見せる。


「ん? ……悪い悪い、言い方が不味かったみたいだな」


 土筆つくしは軽く受け流す様に笑って答えた。


「コルレットちゃん、傷付いたっす」


 コルレットは精一杯頬を膨らませて口を尖らせるのだった。


「まぁ、結界については見ることも感じる事も出来ないけど、さっきポプリも張り終わったって言ってたからな」


 今日出会ったばかりのポプリを自分よりも信用しているかのように聞こえたコルレットは、少しばかり機嫌を悪くするのだった。


「……何かジェラシーっす」


 土筆つくしは、自身のカップに紅茶を注ぐ音によってコルレットの小さな呟きを聞き取る事が出来なかった。


「ん? 何か言ったか?」

「ううん、何も言ってないっすよ」


 コルレットは何事も無かったかのように、平然と答えて見せるのだった…… 



 土筆つくしが淹れた紅茶で一息入れたコルレットはご馳走様と手を合わせる。


「そう言えばコルレットちゃん、ツクっちに引っ越し祝い持って来たっすよー」


 そう言うとコルレットは収納魔法を発動して古びたランタンを取り出すと、テーブルの上に置くのだった。


「ランタンか?」


 テーブルに置かれたランタンは、発光する魔法石を用いたアンティーク感が漂うお洒落なデザインの物だ。


「そうっす、ランタンっす。アーティファクトに分類される超レアなランタンっすよー」


 コルレットは自慢気に胸を張って見せると、ランタンの底の部分を分解して土筆つくしの前に差し出した。


「ツクっち。この部分にこのランタンをイメージしながら魔力を注ぐっす」


 土筆つくしは少々怪しいと思いながらも、コルレットの言う通りにランタンのイメージを浮かべながら魔力を注ぐのだった。


「うんうん、登録が成功したっす。」


 コルレットはそう言って分解したランタンを元に戻すと、そのままランタンを持って宿舎の入り口付近に移動する。


「ツクっち。手にランタンを持ったイメージを浮かべながら呼ぶっす」


 土筆つくしはコルレットに言われ通りにランタンを持つ仕草をして声に出して呼んでみるのだった。


「……ランタンよ来い」


 するとコルレットが持っていたランタンが微かに発光し、次の瞬間、土筆の手にぶら下がっているのだった。


「……」


 驚く土筆つくしの顔を肴に、コルレットは嬉しそうに戻って来る。


「どうすっか? 」


 ぶら下がるランタンを見つめながら土筆つくしは感想を漏らす。


「これは凄いな……」

「しかも、それだけじゃないっすよ。何と省エネ魔石仕様で必要魔力量五分の一っす。更に明るさ調整も自由自在っす」


 そう言うとコルレットは、ランタンの使い方を手取り足取り土筆つくしに教えるのだった……



「地味だ……」


 コルレットの説明を一通り理解した土筆つくしは、総括のような感想を漏らした。


 コルレットの話によると、このランタンは天界が管理するダンジョンの宝物として作られたのだが、人気がなく廃棄された物らしい。


 確かにダンジョンで発見されるアーティファクト、つまり古代遺物は魔法の剣など戦闘に関するアイテムが主流である。

 贅沢な比較ではあるが、このランタンの人気がないのは当然の結果なのかもしれない。


「……これで以上っす」


 コルレットはカップに残っていた冷めた紅茶を一飲みすると、やり切った表情を見せる。


「因みに、このランタンはコルレットちゃんの知り合いが作ったっすよー」

「そう言えば、天界の管理するダンジョンの宝物って言ってたっけ?」

「そうっすよー」


 この世界のダンジョンには天然の物と管理されている物に分かれていて、天界や魔界がこの世界に影響を及ぼすための手段の一つとなっている。

 コルレットが言うには、この世界のダンジョンの九割はまだ発見されていないらしく、新しいダンジョンを発見すれば、冒険者ギルドへ報告する事により多額の報奨金を得られ、一獲千金の夢が詰まっているらしい……


「このランタンが眠るダンジョンは危険な生物がうじゃうじゃ巣くってるっすからねー。ツクっちだと一瞬で食料になっちゃうっすよー」


 コルレットは両手を構えて猛獣が襲い掛かる仕草をしながら鳴き声を模倣する。


「でも、そんな危険なダンジョンを探索して出てきた宝物がランタンだとショックだろうな」


 土筆つくしはコルレットの仕草に反応しながらランタンをテーブルの上に置く。


「そうなんすよねー。彼女、才能はあるんすけどズレてるんすよねー」


 コルレットはお手上げのポーズを取りながら、本当に残念そうに笑って見せた。


「……おっと、もうこんな時間っす。コルレットちゃんはポプリちゃんとお話をして帰るっす」


 コルレットは土筆つくしに対して一方的に別れを告げると、特に急ぐ素振りもなく去って行くのだった……



 土筆つくしはコルレットから貰ったランタンを食堂兼休憩室の壁に掛けると、メルが片付けをしていると予想される西棟三階の寝室へ向かうのだった。


 宿舎西棟の一階は食堂兼休憩室を中心に厨房などがあり、出入り口の向かい側には二階へと続く階段がある。

 その階段を上ると、事務作業用の大部屋が広がっていて、その奥には執務用の小部屋が複数設置されている。

 小部屋が連なっている通路の最奥には鍵付きの扉があり、その扉を開けると三階へと続く階段が現れる。

 宿舎の西棟三階は他よりもちょっと豪華な造りになっていて、開拓当時は最高責任者が家族と共に暮らしていたようだ。


 土筆つくしは物音一つしない事に多少の不安を覚えながら、メルが居るであろう寝室の扉を開ける。

 すると、片付いた部屋のベッドで気持ち良さそうに寝ているメルの姿が現れるのだった。


 土筆つくしはベッドの脇に腰掛けるとメルの体を優しく揺らす。


「メル?」


 何時ぞやと同じシチュエーション。

 メルは毛並みの良い白い尻尾を一振りして怪訝な仕草を示して見せる。

 しかし、今回土筆つくしは強力な”言葉”を持ち合わせていたのだった。


「買い出しに行かないと飯抜きになるぞ」


 メルの獣耳がピクリっと反応すると、目にも留まらぬ速さで跳ね起きるのだった。


「御飯抜きはダメーっ」


 土筆つくしはあたふたするメルの頭を優しく撫でると、満足そうに微笑んだ。


「もしかして騙した?」

「いや、騙してなんかないよ」


 確かに土筆つくしは嘘などついてはいない。

 実際に今日の朝食で、昨日持ち込んだ食材は底を突いているのだった。


「準備が出来たら、昼ご飯食べがてら残りの予定も終わらせような」


 ちょっと納得できないと言う表情を浮かべるメルをなだめるように、土筆つくしが優しく諭すと、メルは渋々身支度を始める。


「ポプリにも声掛けて来るから、一階に集合でいいか?」


 メルが二度寝しない事を確信した土筆つくしは、入口手前で振り返り、下を指差しながら話掛ける。


「うん、いいよ」


 メルの二つ返事を聞いた土筆つくしは、踵を返すとそのままポプリの部屋に向かうのだった……



 土筆つくしがポプリの部屋を訪れた時には、既にコルレットの姿はそこには居なかった。


「コルレットとの話は終わったのか?」

「ええ」


 ポプリは相変わらず素っ気ない対応を見せる。


「そうか……これから俺とメルは用事で出掛けるけど、ポプリはどうする?」


 ポプリは何を聞かれたのか分からなかったのか、不思議そうな目で土筆つくしを見る。


「昼ご飯を食べがてら買い出しと用事を済ませる予定だけど、ポプリはどうする?」


 土筆つくしはポプリの意思を尊重する為に、敢えて命令に受け止められそうな言葉は使わない。


「……どうするって何を?」

「一緒に来る?それともここに残る?」

「……そういう意味ね」


 ポプリは漸く理解した素振りを見せるのだった。


「私はここから離れられないから、好きに行って来ればいいわ」

「そっか……なら、帰りに何か食べるものを買ってくるよ、何か希望はある?」


 土筆つくしの問いに、ポプリはまた不思議そうな表情を浮かべるのだった。

 

「どうかした?」


 土筆つくしはポプリが何を食べたいのか迷っているようには見えず、何を不思議そうにしてるのか想像もつかなかったのである。


「何も要らないわ」

「お腹空いてないのか?」

「不要だからよ」

「……」


 ポプリの回答に、今度は土筆つくしが不思議そうな表情を浮かべるのだった。


 ポプリの説明によると、そもそも天界人に物を食べる行為は必要ないようだ。

 生命維持の為のエネルギーは自然界に存在する魔素や人々の信仰で補われているらしく、物を食べる事自体は可能だが、その必要性は皆無らしい。


「……あいつら普通に食べてるんだが?」

「趣味ね」

「美味しいとか不味いとか言ってるけど?」

「味覚はあるわ」

「メルなんて、普段からめちゃくちゃく食うんだけど?」


 メルと言う言葉を聞いたポプリは複雑そうな表情を浮かべると、少しの間黙り込む。


「……あの人は……呪いを受けてるから違うのかもしれないわ」


 土筆つくしはポプリの微妙な変化に気付いていたのだが、今は踏み込むべきではないと判断し、そのまま会話を続けるのだった。


「そっか……ならポプリはお留守番って事でお願いな」


 土筆つくしはそう言い残すと、ポプリの部屋を後にするのだった……

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