第10話 監視者ポプリと贈り物

 水精霊ディネとの契約が一段落ついた後、土筆つくしはお礼を兼ねてコルレットに朝食を振る舞いがてら、コルレットが宿舎を訪れた目的を尋ねるのだった。


「あれ? メル先輩から何も聞いてないんすか?」


 コルレットは東の森に生息する魔獣の腸詰めを頬張りながら、器用に驚いて見せる。


「ん? あぁ……」


 土筆つくしは言い難そうに言葉を濁しながら話を進めるのだった。


「昨日帰って来たのが遅くて、直に寝ちゃってさ……それで、さっきメルがその話を切り出した所でちょうどコルレットが訪ねて来たからさ……なぁメル?」


 少しばかり返答に困った土筆つくしは、メルに話を振るのだった。


「うん、そーだよー。うんうん、朝ご飯は何度食べても美味しいなー」


 メルは適当に返事をすると、二回目となる朝ご飯に舌鼓を打っている。


「なーんだ、そーだったんすか……メル先輩の事っすから、てっきりお願いしていた言伝ことづてを忘れてたんじゃないかと思っちゃったっすよ」


「鋭っ……ゴホンっ……いくらメルだって、さすがにそんな事は無いと思うけどなぁ……」


 土筆つくしはコルレットの鋭い指摘に本音が出そうになるのを咳払いで何とか誤魔化すと、乾いた笑いを浮かべながらその場を乗り切るのだった……



 テーブルを囲んでの和やかな朝食が無事に終わり、土筆つくしが運んできた飲み物に手を伸ばしたコルレットが話を切り出す。


「今日は三つ用件があって来たっす。一つ目は昨日の井戸の話っす」


 コルレットは中庭の方に一度視線を向けた後、軽く身を乗り出して話を続ける。


「あれから井戸の中を調査して緩んだ結界は修復したっすけど、いまいち原因が分からなかったす……なので、ツクっちの所有する土地全体に結界を張る事になったっすよ」


 そう言うと、コルレットは神力を発動させ、光の文字で綴られた契約書を発現させる。


「昨日の今日で悪いっすけど、もう一度サインをお願いするっす」


 土筆つくしは昨日と同様、隅々まで内容を確認して署名欄にサインをするのだった。


「ありがとうっす。結界はコルレットちゃんが責任を持って張っておくっす」


 螺旋状に渦を巻きながら発光し、天高く飛んで行く光の文字を見送りながらコルレットはそう言うのだった。


「……続いて二つ目の用件っすね。さっきの契約内容にあった通り、監視者を配置する事になったっす」


 コルレットは立ち上がると、くるりと一回転し装いを手品師の衣装へとチェンジする。


「さあお立合いっす。今から何も無いこの場所に奇跡を起こして見せるっすよー」


 そう言うとコルレットは胸元から大きな赤い布を取り出し、布の両端を持って土筆つくし達から奥が見えないように広げると、波打つように揺ら揺らと揺らし始めた。


「見事成功した暁には盛大な拍手をお願いするっす……では行くっすよ! ジャカジャカジャカジャカ……」


 コルレットは一人で場の雰囲気を盛り上げると、勢いよく赤い布を跳ね上げた。


「ジャーンっ!」


 コルレットが赤い布を跳ね上げると、そこに小柄な女の子が不機嫌な顔をして立っているのだった。


「天使のポプリちゃんっす。拍手っす」


 演出魔法による紙吹雪が舞い散る中、一人で拍手をして盛り上げているコルレットとは対照的に、ポプリと呼ばれた女の子は嫌そうな顔をして黙ったまま立っている。


「ポプリちゃん、挨拶するっすよ?」


 ポプリはコルレットに促されると、渋々挨拶をするのだった。


「……ポプリよ」


 コルレットは土筆つくしにそっと近寄ると、耳元で囁いた。


「ちょっとばかり恥ずかしがり屋さんっすけど、めちゃくちゃいい子っすから、宜しくお願いするっすよ」


 獣耳と尻尾がフルに反応したメルに飛び付かれ、否応なしに抱き締られて赤くなっているポプリを見て、土筆つくしは優しく頷くのだった……



「……さて、いよいよ最後の用件っす」


 手品師の衣装から元の服装に戻ったコルレットは、空間魔法を使って一枚の羊皮紙を取り出した。


「ぱんぱかぱーんっ! ツクっち使命達成おめでとうっす」


 コルレットから手渡された羊皮紙には、神から授かった使命を達成した旨の表記がされていたのだった。


「ツクっち、報酬があるっすよ。その羊皮紙に魔力を流すっす」


 土筆つくしはコルレットに言われるがまま羊皮紙に魔力を注ぐと、羊皮紙が土筆つくしの魔力に反応し虹色に燦めきながら小箱へと形を変えるのだった。


「あっ、宝箱だー」


 ポプリを抱き締めていたメルの獣耳が小箱に反応すると、コルレットが慌てて止めに入る。


「メル先輩駄目っす」


 コルレットは間一髪のところでメルより先に小箱を掴むと大事そうに抱え込んだ。


「メル先輩駄目っすよ。こんな所で開けたら大惨事っす」


 一瞬の出来事で全く反応することができなかった土筆つくしであったが、コルレットの言葉には反応する。


「ん? コルレット……今、大惨事って言わなかったか?」


 コルレットは土筆つくしの冷ややかな視線を感じて、慌てて補足説明をする。


「ち、違うっすよー……この箱の中身が危険って意味じゃなくて、この場所で開けると大変な事になるって言ってるんすよー」


 コルレットは小箱を奪おうとするメルの手を巧みにかわしながら叫ぶのだった。


「ふっ、身から出た錆ね」


 ようやく解放されたポプリは、自身の服に付いた埃を叩きながら呟くのだった……



「ごほんっ……メル先輩が危険なので、一先ず場所を移動するっす」


 よれよれになったコルレットはわざとらしく咳払いをすると、宿舎の地下にあるゴミや排泄物などを処理する場所に案内するように申し出るのだった。


「……ツクっち、ちょっと待ってて欲しいっす……コルレットちゃんはポプリちゃんに用事があるっすよ」


 先ほどポプリが放った一言を聞き逃さなかったコルレットは、興奮冷めやらぬメルへの生贄としてポプリを献上し、揉みくちゃにされながら助けを求めるポプリを尻目に、悪戯っぽい笑みを浮かべながら土筆つくしと二人で地下へと降りて行くのだった……


「んふふっ……ポプリちゃん可愛いなー。お人形さんみたいだよー」



 --この世界には汚水を浄化処理する施設や設備はまだ無く、田舎では今でも垂れ流し状態である。

 土筆達が暮らしているメゾリカのような整備された街であれば、生活で排出される汚水や排泄物は一旦地下に用意された空間へ溜められ、浄化魔法によって分解されるのだが、この世界の生活基準を考えれば少数派である事は否めない。


「到着っすねー」


 コルレットは備え付けられている照明用の魔法石に魔力を注ぎ明かりを灯すと、神力を発動して部屋全体に魔方陣を描き始める。


「これで大丈夫っす」


 コルレットは描かれた魔方陣を確認すると、持っていた小箱を土筆つくしに渡した。


「こっちに来て、その小箱を開けるっすよ」


 コルレットは魔方陣の中央に移動すると、おいでおいでをしながら土筆つくしを手招きする。


「さっきの大惨事って言葉が引っかかってるんだが……本当に大丈夫なんだろうな?」


 土筆つくしはコルレットの元まで移動すると、微塵も信用していない眼差しでコルレットを見る。


「嫌だなー、大丈夫っすよー。コルレットちゃんを信じるっす」


 自信に満ちたコルレットを前に、土筆つくしは腹を決めて小箱を開けるのだった。


「ん……種?」


 土筆が小箱を開けると、中には真ん丸い種のような物が一粒入っていた。


「そうっすよー。これはスライムの種っす」

「スライムの種?」


 土筆つくしは、初めて見るスライムの種を指で摘まむと、目の高さまで持ち上げて観察を始める。


「でも、スライムって分裂して増えるんじゃなかったっけ?」


 この世界に生息するスライムは核分裂を行う事で分裂し増殖していくと言うのが定説である。


「そうっすよ。このスライムは天界で創造された特別なスライムっす」


 コルレットは自慢気に胸を張って見せた。


「ツクっち、早速っすけど、魔力を送っちゃって下さいっす」


 土筆つくしは促されるままスライムの種に魔力を注ぐと、スライムの種は液状化して指から零れ落ちた。


「コルレット?」


 土筆つくしが驚いた顔でコルレットの方を見てみると、既にコルレットは遠くに退避した後だった。

 その間にも零れ落ちた液体はどんどん膨らんでいき、あっと言う間に天井近くまで巨大化するのだった。


「終わったっすね」


 コルレットはスライムの膨張が終わったのを確認すると、軽快な足取りで土筆つくしの元へ戻り、口をあんぐりさせている土筆つくしを見て満悦そうに目を細める。

 それを横目で見た土筆つくしの拳骨が、コルレットの脳天に鉄槌を下したのは言うまでもない……



 コルレットは自身の頭にできた"たん瘤"を撫でながらスライムについての説明を始めた。


「えっと……このスライムは殆どの有機物を分解処理してくれるっす」


 そう言うとコルレットは空間魔法を発動させ、手のひらの上に林檎りんごのような果物を出現させた。


「百聞は一見に如かずって言うっす」


 コルレットがスライムに向かって林檎りんごのような果物を放り投げると、林檎りんごのような果物はスライム体内に吸い込まれるように吸収され消化されていく。

 土筆つくし達がその様子を注視しながら待っていると、暫くしてスライムの体内から液体と黒土のような固形物が排出されるのだった。


「おっ、終わったっすね」


 コルレットはスライムから排出された黒土のような固形物を拾うと土筆つくしに手渡し、代わりに土筆つくしが持っていた小箱を受け取る。


「あっちの液体は純水で、この黒いのは堆肥っす。もちろん肥料として使えるっすよ……んで、無機質で構成されている小箱はこうなるっす」


 コルレットは先ほどと同じように小箱をスライムに向かって放り投げると、小箱はスライムの体内に吸い込まれていくのだが、消化されずにそのまま排出されるのだった。


「無機質は消化できないっすから、そのまま排出されるっす。排出される場所は魔方陣で指定されてるっすから、手間要らずっすよ」


 土筆つくしが思わず拍手を送ると、コルレットは腕を組んで得意気な表情を作って見せるのだった。

 

「ちなみに、このスライムは天界のアーティファクトっすから他言無用でお願いするっす。魔方陣にも結界が仕掛けられてるっすから、所有者であるツクっちと天界にゆかりのある者にしか見えなくなってるっすよ」


 この後、注意事項や取り扱いについて一通りの説明を受けた土筆つくしは、メル達が待つ食堂兼休憩室へと戻るのだった。

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