第8話 土筆の長かった一日
「あっ、
淑やかな口調でミアが語り掛けると、
「無理はしないで下さいね。魔力切れの症状が出ていましたから……」
魔力切れとは、魔法やスキルを発現させる際に消費される魔力が限界値を超えてしまった時に起きる現象で、多くは船酔いのような症状を発症するが、深刻な症状になると精神崩壊を起こし廃人になってしまう場合もある。
「あの親子は?」
「二人とも無事ですよ。大事をとって診察を受けてもらおうと、ギルド職員と一緒に冒険者ギルドへ向かっています」
先ほどと変わらない淑やかな口調のまま、諭すようにミアは答えるのだった。
次に
どれくらい眠っていたのかは分からないが、窓の外は真っ暗で静まり返っている。
取り敢えず何か着る物がないかと辺りを見回したその時、ノックの音と共に勢いよく誰かが部屋に入って来たのだった。
「
冒険者ギルドで医療班の職員が身に着ける制服を着た小柄な兎人族の女の子は、間が悪かったのか、素っ裸で立ち尽くす
「…………」
長いようで短い時間が流れ、先に金縛りから解放された兎人族の女の子は頬を真っ赤に染めると「先生を呼んできます」と言い残し部屋から飛び出して行くのだった。
その後も生まれたままの姿で固まっていた
着替えが終わり、ベッドの側面に腰を下ろして落ち着きを取り戻した頃、先刻とは違い控えめなノックの音が土筆の耳に届いた。
「
羊人族の男性は落ち着きのある音調で
その羊人族の男性の後ろには、先ほどの兎人族の女の子が気まずそうにしている。
「はい……気怠さが少々残っている感じがあります」
羊人族の男性は
「左様ですか……では少しばかり診させてもらいますかな?」
羊人族の男性はそう告げると、
「うむ……完全に魔力が回復してはいないが、これならもう心配はないじゃろう」
羊人族の男性は
その後、
「
「これはロザフ先生、お疲れ様です」
ミアが軽く頭を下げて会釈をすると、羊人族の男性も軽く頭を下げて挨拶を返す。
「キュキュルちゃんもお疲れ様です」
ミアはキュキュルと呼ばれた兎人族の女の子にも笑顔で挨拶をすると、キュキュルは恥ずかしそうに俯いて、小さな声で挨拶を返すのだった。
「先生、
ゾッホは腕を組んだままの姿勢でロザフに尋ねると、ロザフはゾッホの方に体の向きを変えて質問に答える。
「魔力切れに関しては心配ないが、完全に回復はしておらんので休息が必要じゃろうな」
そう言うとロザフは立ち上がり、ゾッホの肩を軽く手で数回叩くと、無言で部屋から出て行った。
ロザフが部屋から出て行くのを見ていたキュキュルは、
二人の足音が聞こえなくなるまで扉の方を見ていた
「今日はご苦労だったな。報告は明日で構わないから、今日はゆっくり休んでくれ」
ゾッホは
ミアは去り行くゾッホに向かって立礼をして見送ると、ベッド横の机に軽食が入った包みを置いた。
「
「今日はこのままこちらの部屋で眠って頂いても結構ですし、ご自宅に帰られても構いませんよ」
ミアは
「……それなら家に帰ろうと思います」
宿舎に残してきたメルの事が気になったのと、引っ越し初日から外泊するのも少々味気ない気がした
「分かりました。ではそのように手配します」
ミアは
ミアが退室した後、
既に夜も更けていたらしく、一階にある酒場を兼ねた共用スペースに居る人もまばらで、その人達の多くは酔い潰れてテーブルに突っ伏している状態だった。
「今晩は。ご用件を伺います」
事務作業に追われていたのか、夜勤で眠たいのかは判断できないが、男性職員は疲れた表情でカウンターの椅子に腰を下ろすのだった。
「宿泊施設の宿泊を取り止めたのですが……」
男性職員は
「
ミアは男性職員に事情を説明し、そのまま業務を引き継ぐと、
「これ、乾いてたのでどうぞ」
普段は夜遅くまで賑わっている商用通りも、今の時間となると
街明かりは殆どなく、存在するのはこの異世界の夜を照らす、月の代わりのような天体の輝きだけで、自分の足元を確認するのですら困難な状態である。
魔法具の発する明かりと虫の鳴き声を背景音楽に、
合鍵を使い宿舎の出入り口の扉を開けて中に入ると、
静まり返った宿舎内で耳を澄ましてみれば、食堂兼休憩室の方からメルの寝息らしき音が聞こえてくるのだった。
きっと美味しい物を食べている夢でも見ているのだろう。
だらしなく緩んだ口元から涎を垂らし、時折むにゃむにゃと咀嚼らしい動作をしては満足そうに獣耳の片方をぴくぴくさせる。
幾つかの料理を思い浮かべた時、
その折、軽食が入った包みの口元が緩んだのか、食欲をそそる香りが辺り一面に広がるのだった。
何時もなら、食いしん坊なメルがこの香りに気付いて飛び起きるはずなのだが、今日ばかりは引っ越し作業や部屋の片付けで疲れていたのだろう。
包みから漏れる香りに尻尾は顕著に反応を示すのだが、メルは眠ったままだった。
そして、それは
包みから漏れる香りを前に、体は空腹感を露わにし食欲を掻き立てるのだが、何処からともなく抗うことができない猛烈な眠気が押し寄せ、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます