第7話 ガガモンズ家と崩落した橋

 土筆つくしとミアは、ゾッホが手配した荷馬車に揺られながら東の森の中にある損壊した橋へと向かっていた。

 ミアの話によると、手の空いていたギルド職員数名が先駆けて現場に向かっているのに加え、東の森に常駐している騎士団が周辺警備と安全確保の為に団員を派遣しているとの知らせがあったらしい。

 人が集まると、その匂いに誘われてか魔物が近寄ってくるので、土筆つくしは足止めを食らった人が魔物に襲われる心配をしていたのだが、一先ず、橋の損壊による二次災害への憂慮ゆうりょは必要なさそうである。


土筆つくしさん、見えてきました」


 荷台の空いたスペースに座っていたミアは、立ち上がると前方を指差した。

 土筆が指差された先に視線を移すと、多くの人影が確認できる。


「思ったよりも人が多いみたいですね」


 ミアも土筆つくしと同じ感想を抱いたらしく、漏れ出た言葉はそのまま土筆つくしの代弁となっていた。


 荷馬車が現場に到着すると、先行していたギルド職員の一人が駆け寄ってきてミアに報告を行う。


 報告を聞いたミアは荷馬車をそのギルド職員に任せると、土筆つくしを橋の損壊した部分まで誘導する。


土筆つくしさん、損壊部分以外は問題ないようですが、何が起きるか分からないので注意願います」


 ミアは土筆つくしに注意を促すと、自身は土筆つくしの邪魔にならないよう距離を取って待機する。

 土筆つくしはミアに向かってゆっくりと頷いて見せると、損壊状況の確認を始めるのだった……



 問題の橋は主に木材をベースとした造形魔法で成形されており、向こう岸まで二つの橋脚で支える構造になっている。

 今回損壊しているのは橋脚と橋脚の間の部分で、原因は定かではないが、物の見事に崩壊してしまっていた。

 幸いな事に橋脚自体に問題は無く、応急処置程度であれば荷台に積み込まれた資材で何とかなりそうである。


 土筆つくしは崩壊した部分の長さを目測で把握すると、運んできた資材を確認する為に一度荷馬車まで戻り、頭の中で計算を始める。


土筆つくしさん、何とかなりそうですか?」


 今まで邪魔にならないように後方で控えていたミアが尋ねると、土筆つくしは自信ありげに力強く頷いて答える。


「ええ、何とかなりそうです……ところで、ギルド職員の方々に手伝ってもらう事は可能ですか?」


 恐らく大丈夫だとは思いつつも、土筆つくしは形式的に許可を求める。


「勿論大丈夫です。その為に此処まで来ているのですから!」


 ミアは然もありなんと言わんばかりに即答すると、土筆つくしの言葉を待たずにギルド職員の招集に取り掛かるのだった……



 土筆つくしは鞄の中から携帯用のインクと付けペンを取り出すと、荷台から木材を運び出して切断する為の線を引いていく。

 大雑把な手書きでの作図で見るからにお粗末な出来栄えではあるのだが、依頼された内容の応急処置程度であれば十分である。

 土筆つくしが一通りの線引きを終える頃、ギルド職員を連れたミアが戻って来た。


土筆つくしさん、これで全員です」


 土筆つくしは集まったギルド職員に対して簡単に挨拶をすると、直様作業内容の説明を行った。

 基本的には描かれた線に沿って木材を切断していくだけなので、難しい説明は必要とされなかった。

 土筆つくしから説明を受けたギルド職員は次々と道具を手に取り作業を始め、全ての職員に役の割り振りを決め終えた土筆つくしも作業に取り掛かろうとした矢先、招かれざる客が現れたのだった。


「おいっ、これはどうなっておるのだ!」


 その招かれざる男は、足止めを食らい立ち尽くす人々を押しのけて前に出ると、作業しているギルド職員に横柄な態度で詰め寄った。

 それに逸早く気付いたミアが駆け寄り、ギルド職員に代わり対応を始めると、その男はミアの体をいやらしい目つきで視姦する。


「ほぅ……お前が責任者か? 貴族である私に状況を説明したまえ」


 ミアは嫌悪感を抱きながらも要求に応じて状況の説明を行うが、男は納得する気配を全く見せなかったのである。


 土筆つくしは騎士団の助け舟を期待して目配せで合図を送ってみたが、近くに配置されている騎士団員は見て見ぬ振りをしているのは明白だった。

 仕方なく、土筆つくしは作業の手を止めると、ミアの元へ駆け寄り声を掛けるのだった。


「ちょっといいですか? あちらで騎士団の方が打ち合わせをしたいと呼んでますよ」


 土筆つくしは男から遠ざけるようにミアの背中を押すと、二人の間に割って入った。


「貴族様。ご用件でしたら、私が代わりに承ります。」


 男は突然割って入って来た土筆つくしに嫌悪感を剥き出しにすると、蔑んだ口調で語気を荒げる。


「貴様は何者だっ!」


 土筆つくしは男の締まりのない緩みきった不細工な面から飛んでくる飛沫に我慢しながらも、表面上だけは丁重な応対をとる。


「これは申し遅れまして、大変失礼致しました……私は冒険者ギルドからの依頼を受けて派遣されました土筆つくしと申します。」


 土筆つくしは折り目正し立礼に合わせて、前世で培った営業スキルを目一杯発揮する。


「ふんっ……庶民である貴様の名前などどうでもいいっ! さっさと私を向こう岸まで案内せんかっ」


 男は横暴な態度をエスカレートさせると、体を支えていた杖で威嚇っぽい動作を取る。

 土筆つくしはそれに動じる事もなく、淡々と対応を続ける。


「私と致しましても、今直に貴族様を対岸までお送り致したいところで御座いますが、何分、橋が崩落して居りまして……」


 この男は気が短いのだろう。

自らの要求が拒まれた事に対し青筋を浮き立たせると、振り上げた杖を勢いよく地面に叩きつけ、声を荒げて食って掛かる。


「それを何とかするのが貴様の仕事ではないのかっ!」


 土筆つくしは地面に転がった杖を怖々しながら拾う男の従者の姿を目で追い気の毒に思いつつも、解決策として絶対に受け入れられないであろう提案を行う。


「それでは……今から私が丈夫な板を一枚選びまして崩落した部分にお架け致しますので、貴族様はその板の上を歩いて向こう岸まで渡られるというのは如何でしょうか?」 

 

 土筆つくしの提案を聞いた男は見下すように鼻で笑うと、自慢気に自身の紋章が描画された馬車を指さした。


「貴様にはガガモンズ家の紋章が入ったあの馬車が見えんのか?」


 自分よりも身分の低い者に対しては、とことんマウントを取りたがる無能貴族に有り勝ちな展開に、土筆つくしは心の中で失笑しながらも、それを顔に出すことはせずに会話を続ける。


「馬車ですか……それならば、もう一枚丈夫な板が必要になりますね……招致致しました。貴族様の為にご用意させて頂きます」


 やはりこの男は気が短いようだ。

土筆つくしが家名を気にも留めなかった事が気に障ったのか、唇を噛みしめると目くじらを立てて声を荒らげる。


「きっ、貴様はふざけているのかっ?」


 今日一番の飛沫が撒き散らされる中、興奮した男の頭からかつらがずり落ちた。


 この世界でも貴族はかつらを被るのが習慣になっているので、かつらが外れてしまうハプニングは間々ある事であるが、このガガモンズ家を名乗る男に限っては少々事情が異なっていた。

 何故なら、このガガモンズ家を名乗る男のかつらの下の頭部が見事なまでのO型脱毛症、即ち、頭頂部がツルツル禿げだったのだ。

 

 この騒ぎを遠目に見ていた人集りからクスクスと忍び笑いが漏れる中、先ほどの従者が落ちた鬘を拾おうと手を伸ばすと、ガガモンズ家を名乗る男はその体型からは想像もつかない速さでかつらを拾い上げると、素知らぬ顔で装着する。


「…………」 


 気まずい空気が漂う中、動くに動けなくなったガガモンズ家を名乗る男を前に時間の無駄を悟った土筆つくしは、そろそろ切り上げる頃合いだと判断し救いの手を差し伸べる。


「貴族様……あちらで従者の方が戻られるのを待っておられるようですが……何かご報告でもされたいのではないでしょうか?」


 土筆つくしはそう言うと、ガガモンズ家の紋章が入った馬車の方を腕で差し示す。

 多少は興奮が収まったのか、はたまたこの場に居ずらくなったのかは定かではないが、ガガモンズ家を名乗る男は馬車の方を振り向くと、小物らしい台詞を吐き捨て去って行くのだった。


 土筆つくしは必死に笑いを堪えながら、ガガモンズ家を名乗る男の背中が視界から消えるまで立礼して見送るのだった……



 土筆つくしが貴族の相手を終えて作業に戻ると、心配そうに遠巻きに見ていたミアが駆け寄って来る。


土筆つくしさん、ありがとうございます」


 深々と頭を下げるミアに対して、土筆つくしは頭を掻きながらとぼけて見せる。


「俺、何かしましたっけ?」


 ミアは少しだけ驚いた表情で土筆つくしを見つめると、自己完結したのか満面の笑みを浮かべるのだった……



 貴族が立ち去った後は、これと言った問題も起きずに作業は滞ることなく進んだ。

 土筆つくしはギルド職員と協力しながら用意された木材を組み立てていく。

 程なくして、通行の重みにも耐えられる強度を誇る橋板が出来上がるのだった。


「皆さん、ありがとうございました」


 土筆つくしは手伝ってくれたギルド職員に感謝の言葉を伝えると、鞄の中から紫色の液体が入った瓶を取り出して一気に飲み干す。

 この紫色の液体は魔素を多く含んだ薬草から抽出された成分で、淒まじく苦いが魔力回復の効果がある飲み物だ。


 顔を歪める土筆つくしを気の毒そうに見守るミアに向かって、土筆つくしは親指を立てて強がって見せると、地面に手をかざして精霊魔法を発動させ、呼び掛けに応じてくれる地妖精を探す。


 土筆つくしの魔力に反応して小さな魔方陣が地表に浮かび上がると、暫くの間、波打つように伸縮を繰り返し、やがて何かに反応を示したのか、新たな術式を書き加えながら展開を始める。

 色合いが淡青から淡黄へと変化し、魔方陣が集束し爆ぜ散ると、魔力による煙霧の後には複数の黒茶色の片腕が現れるのだった。


「呼び掛けに応じてくれてありがとう。早速だけど、橋の修復を手伝って欲しい。頼めるかな?」


 土筆つくしは片膝を突くと、呼び掛けに応じてくれた地妖精達に語り掛ける。

 すると地妖精達は元気よく拳を突き上げ、用意された橋板を持ち上げて橋の方へ移動を始めるのだった……


 土筆つくしは地妖精の協力によって崩落部分に橋板が架けられたのを確認すると、今度は地妖精のドニを呼び出した。


 先ほど呼び出した地妖精達は、言うなれば野良の妖精で、特定の人物との契約は行わず、自然の中で自由気ままに漂っている妖精達である。

 彼らは精霊魔法などによって術者が呼び掛けると気まぐれに応じ、その都度代償として魔力を受け取ることで生存しているのだ。

 それに対し、地妖精ドニは土筆つくしと名付けの契約を行うことによって魔力の供給を受けており、土筆との名付けの契約を解消しない限り、他の術者の呼びかけに応じる事はない。


 特定の術者と契約をしている妖精としていない妖精の決定的な違いはユニークスキルの有無である。

 ユニークスキルとは契約している精霊と術者との相性で発現する唯一無二の特別なスキルで、地妖精ドニのユニークスキルは、限られた範囲の地属性物質の状態変化を行うことが可能だ。


 土筆つくしは荷台に積まれていた資材の一つである土嚢の中身を取り出し、橋と崩落部分に架けた橋板との継ぎ目に押し詰めると、地妖精ドニのユニークスキルを発動して、押し詰めた土を硬化させてがっちりと固定する。

 同じように対岸側の接点も硬化させ固定すれば、後は崩落部分に架けた橋板から人が落ちないように欄干らんかんを取り付けるだけである。


 土筆つくしは呼び出しに応じてくれた野良の地妖精との精霊魔法を解除して、取り付けた橋板の強度を自ら確認すると、近くに控えていたミアに対して提言を行った。


「後は欄干らんかんを取り付けるだけなので、徒歩の方から徐々に通行を開始してはどうですか?」


 ミアも同じ事を思っていたらしく、土筆つくしの提言をすんなり受け入れると、手の空いているギルド職員に指示を出して足止めを食らっていた人達の通行を開始するのだった。


 本来であれば通行再開は欄干らんかんを取り付けた後、安全の確保を行ってからすべきではあるが、既に日が傾き始めていた事もあり、足止めを食らっていた人達が目的地に着くまでの安全を考えると、少しでも早く通行を再開すべきとの判断は至極当然である。


 しかし、土筆つくし達の決して間違ってはいないその判断が、新たなる事件の引き金を引く事になるのだった……



 土筆つくしがミアの手を借りて片側の欄干らんかんを取り付け終えたその時、突然、悲鳴と共にガガモンズ家の紋章が入った馬車が大きな音を立てながら乱暴に橋板を駆け抜けて行ったのだ。


 土筆つくしがそれに気付いて振り向いた時には、既にガガモンズ家の紋章が入った馬車は遥か遠くに消え去っていたのだが、馬車の暴走に巻き込まれた獣人の親子が橋から落ちて川に放り出されてしまったのである。


 土筆つくしは小さく舌打ちをすると、肩に掛けていた鞄を放り投げ、溺れている獣人の親子を救うべく川に飛び込んだ。


 橋の上で通行人が見守る中、何とか獣人の親子まで泳ぎ着いた土筆つくしであるが、更なる悲劇が土筆達に襲い掛かるのだった。


「おいっ、何だあれはっ!」


 通行人の一人が川上から鉄砲水のような水の塊が押し寄せて来ているのを発見すると、指差して大声で叫ぶ。


「おいあんたっ、急げっ!」


 津波のように迫り来る水の塊を前に、必死に岸まで逃れようとする土筆つくしであったが、抱き抱えている獣人の子供がしがみ付いて思うように泳ぐことが出来なかった。


 土筆つくし達の行く末を見守る全ての人が絶望に打ちひしがれる中、上流から迫り来る津波のような水の塊は容赦なく土筆つくし達を飲み込むのだった……

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