第43話

 和樹とリアラは、ショッピングモールを出た後、寄り道せずに真っ直ぐマンションに戻った。

 部屋に戻って少し休憩をとった後、和樹は夕食の時間まで勉強することにした。テストが終わった後だが、やはり積み重ねが大事な勉強は、早めにしておく事に越したことはない。


「和樹様、コーヒーを入れました」


「ありがとう」


 リアラは和樹が勉強している時は、大概気を利かせて飲み物を持ってきている。メイドの仕事と言えばそうなのかもしれないが、こうしてサポートしてくれている点はとても助かっている。


「悪いな、他にやる事もあるのに」


「もう……ですから私がやりたくてやっているんですから、気にしなくていいんです」


「そうは言ってもな……やらしている側からしたら少し申し訳なくてな」


 リアラが召喚される前はすべて一人でやっていたことだ。苦労は知っているので、和樹からすれば心配するのは当然のことだった。


「でしたら、また頭を撫でてもらってもいいですか?」


「いつもやってるから対価としてはあんまりだな。もっと他に無いのか?」


「では一緒にお風呂に」


「……気が向けば」


(駄目だ、誘惑に負けては駄目だ! ここは耐えるんだ……)


「ふふっ、冗談です」


 リアラはそう言ってリビングに戻っていった。



 ―――――――――――――――



 和樹は勉強をそろそろ切り上げようと、最後の問題を解いていた時に、インターホンが鳴った。

 この時間に来る人ならだいたい予想はできる。


「やっぱり雫か」


 玄関の扉を開けると、予想していた通り雫が立っていた。


「すまない、またリアラに料理を教わりたいのだが」


「構いませんよ」


 いつの間にかリアラは和樹の後ろにいて、返事をした。

 結構な頻度で雫は部屋に来るので、対応も容易い。だが、普段は和樹かリアラに連絡を入れてから雫は部屋に来る。

 連絡が無かったことが少し気になるが、リアラがいいと言っているので、特に追い返すこともなく部屋に上げた。


 リアラと雫が作った料理を食べた後、和樹は風呂に入った。

 脱衣場から出ると、いつもは料理を作った後には帰っている雫の姿があった。


「あれ? まだ帰ってなかったのか?」


「あ、いや……帰ろうとは、思ってたんだけどな」


 雫の様子がおかしい。何かに怯えて帰るのを怖がっているように見える。仮に雫の部屋に何か怖い存在がいたとして、雫ほどの強さを持った人が怖がるなら、相当怖い何かがいるのだろう。


「何かあったのか?」


「……出たんだ」


「何が」


「Gが」

 

 G単体で呼ばれているものとすれば、おそらくあの存在しかない。世界共通、見るだけでおぞましく思うものだ。と言うか雫がGだけでゴキブリと言う事を知っているのも意外だ。


「……ゴキブリか」


「ああ」


 それなら雫が恐ろしいと思うのも無理はない。和樹でもゴキブリを見るのは避けたいと思っている。女の子なら尚更ゴキブリなど見たくもないだろう。


「頼む和樹、今日は泊まらせてくれ。あいつを見るのはもう嫌なんだ」


「……まあいいけど」


 布団は敷布団が一つあるので、和樹がそれで寝ればいい事で、泊まらせるのは面倒ではない。


「本当か! ありがとう」


 雫は顔をパアッと明るくさせて喜んでいる。余程ゴキブリを見るのが嫌なのだろう。


「けど俺の部屋でもゴキブリが出ないとは限らないだろ。どこで出てきたんだ?」


「風呂だ。私が風呂の掃除をしようとしたら脱衣場に出てきた。……風呂に入るのが怖くなってきたぞ」


「ならリアラと入ればいいだろ。二人ならそれ程怖くないだろうし」


 いくらなんでもリアラと雫が二人でいたらゴキブリも怯えて出てこないだろう。ゴキブリが出てくるなら、それは死を意味する。


「そ、そうだな。リアラ、悪いが私と風呂に入ってくれ」


「まあ、私もまだ入っていませんので……いいですよ」


「そういや服はどうする? シャツはまだしも下着のサイズはあわ……」


 最後まで言う前にリアラの視線を感じ、和樹は口を閉じた。

 別にリアラも、胸が小さいわけではない。むしろ一般的には大きい方だろう。しかしそれ以上に雫の胸が大きいのだ。


「……リアラ、女の子は胸が重要じゃない。中身だ」


 綺麗事に聞こえるが、実際和樹は胸だけで女性を判断しているわけではないので、事実を言っているだけだ。


「……怪しいです」


「いいから、早く一緒に風呂入ってこい」


「わかりました。雫、行きましょう」


 リアラは渋々納得して、雫と一緒に脱衣場に向かった。


(何か嫌な予感がするぞ……雫が泊まることになったといい、雫の部屋にゴキブリが出たことといい……神様が言ってた事これか?)


 和樹は神の思惑通りにどんどんネガティブ思考になっていく。

 もしかすると何か起こるかもしれないと、和樹は身構えている。そしてその予想は見事に的中する。


「「キャアァァァ!」」


「や、やっぱりか!?」


 雫とリアラの悲鳴が聞こえてきた。部屋中に響くほどの絶叫に、和樹は思考を巡らせる。


(ふっ……ここで脱衣場を見に行く奴は馬鹿だ。ここで見に行ってしまうとおそらく二人は裸。そんなラノベの主人公見たいなラッキースケベは……いや……二人の裸を見れるなら……あり?)


 なんて馬鹿なことを考えている和樹だが、そんな考えは無駄に終わる。

 バンッと勢い良く扉の開く音が聞こえ、二人がバスタオルを持っただけの、裸でリビングに来た。


(Oh……ここは桃源郷か)


「か、和樹!ゴキブリが、ゴキブリがぁ!」


「やっぱり無理です! あれは私も生理的に無理です!」


(さっき何でもなさそうにしてたじゃん!)


 二人は必死にゴキブリについて言うが、和樹はそれどころではない。

 二人の美少女が殆ど裸の状態で目の前にいる。見たいと思っていたとしても、実際に見てみると破壊力は抜群。和樹は目をつぶる事で何とか耐える。


「わ、わかった! わかったから先になんでもいいから服を着てくれ!」


 何とか二人を落ち着かせ、和樹はゴキ○ェットを使ってゴキブリを処理した。

 その後二人は脱衣場に戻り、服を着て戻ってきた。


「す、すまない」


「すみません」


「俺は別に嬉し……何とも思ってないぞ」


「それは無理があるぞ……。だが裸で出ててきたのは私だ、何も言わん」


「それは助かる」


 雫にビンタでもされようものなら、和樹の顔は残っていなかっただろう。

 

「私はいつでも見てくれていいですよ」


「駄目」


 なにはともあれ、ゴキブリは脱衣場から消し去ったゴキ○ェットは偉大である。


 遊びに行って疲れていた和樹は、明日も学校がある為、早めに寝る事にした。敷布団はちゃんと用意し、和樹が敷布団で寝ることにしたが、


「……なんで二人共俺の布団にいるんだ」


「メイドですから」


 リアラに至ってはもはや理由でもなんでもない。だが毎日リアラはベッドに潜ってくるのでまだ分かる。


「雫は?」


「だって……一人でいたらまたゴキブリが来るかもしれないだろう」


「いや二人だろうと三人だろうと変わらんだろ」


「だ、駄目か?」


 雫は上目遣いで和樹の方を見ている。


(なんだよ可愛いかよ)


「私は別に構いませんが」


「俺の意思は?」


「和樹様が私のものと言う事は変わりませんので」


(いつから俺はリアラのものになったんだ?)


「なっ……ずるいぞ」


 何がずるいのか分からないが、雫は和樹の方に体を寄せてくる。リアラも負けじと体を寄せる。まさしく両腕に花だ。


(はぁ……寝れねえじゃん)


 結局和樹は1時間程しか眠ることができなかった。

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