第36話
青い空が雲で覆われて、雪が振りそうな程に寒いバレンタインデーの次の日、雪に全く影響のない体育館で始まる球技大会。
「なんで球技大会の時に限って2月で一番寒いんだよ……友樹、大丈夫か?」
「さ、寒い……いや、大丈夫だ」
今日の朝にニュースを見ると、2月で一番寒い日と言われていた。今日は不運な球技大会となってしまった。
外は当然寒いのだが、体育館でも寒いものは寒い。マシな事といえば、風が吹いてこない事だけだ。
「これより、球技大会を始めます」
球技大会は3日間に分け、各学年ごとに1日ずつ行われる。一年生は1日目からの日程となる。その日に球技大会がない学年は普通に授業がある。
そして今司会をしているのは、何故か雫。白崎先生が司会に向いてそうと言うことで勝手に決められていた。確かに普段の立ち振る舞いでは何でもこなせそうなイメージだが、それは違う。
現にマイクで喋っていたが、その声は体育館にあまり響かなかった。
「あ、電源つけるの忘れてた……」
雫は慌ててマイクの電源をつけ直す。体育館ではその慌てように笑いが引き起こる。
「雫はなんかドジ踏むと思ってた」
「やっぱ雫ちゃんはこうだよな」
「んっ……では、今からルール説明と対戦形式の説明をします」
ルールは、バスケットボールとバレーボールは既存のルールと同じ。だが時間だけは違い、共に試合時間は5分1ゲームで強制終了。点数の高い方が勝利となる。
6クラスある中で、1クラスで2チームを作る。そこでリーグ戦を行い、一番勝利数の多いチームが決勝戦で戦う。勝利数が同じの場合は得失点差で決まる。
和樹はAチームで、友樹も同じチームとなっている。
「説明は以上です。では第1試合を始めます。第1試合のチームはコートに向かってください」
和樹のチームは第1試合からなので、和樹はコートに向かった。どうやらリアラのチームも第1試合のようで、リアラは既にコートにいた。
軽く体を動かしていると、思わぬ人物が声をかけてくる。
「宮本」
「ん?え、村山?」
村山とはあの事件以降は全く関わりがなく、一言も話していなかった。あんな事があった後では気まずくなってしまうのも無理はない。……そもそも元から話した事は殆どなかったのだが。
「あれから時間は経っちまったけど……あん時は悪かった」
何かと思えば、村山はあの事件の事を謝罪してきた。いきなりの事で俺は驚いて困惑してしまう。
「え?いや、どうしたんだよ」
「別に俺が間違ってたと反省しただけだ。本当に悪かった」
正直普段の振る舞いからして、反省してないんじゃないかと思ってはいたが、この謝罪でその考えは覆された。人間普通に変わるものだなと感心した。
「まあ、もう気にしてなかったし」
「そうか……じゃあ、頑張れよ」
村山はBチーム。村山に似合わないエールの声を残して村山は体育館の隅っこの方に戻っていった。
「あの村山が謝った……和樹、すげえな」
「いや俺が凄いわけじゃないだろ」
何故か友樹は俺を称賛しているが、どうせからかっているだけだろう。それでも友樹も村山が謝ってくるとは思っていなかったのだろう。俺と同様で驚きを隠せていなかった。
「もう始まるぞ。やろう、モテるために!」
「友樹がモテてどうすんだよ」
そんなこんなで第1試合が始まった。相手は1組のAチーム。1組にはバスケ部がいる訳でもなく、和樹のチームが優勢で進む。
「ふっ!」
和樹はドライブで相手を抜き去り、ダブルクラッチでゴールを決めた。
体育でもここまで本気でやった事が無かった和樹。周りからは、和樹のバスケの上手さに驚愕していたりする生徒がちらほらいた。
「ここまで本気でやった事なかっただろ?なんで今更……ああ、あれか」
「……まあ、恥ずかしくないようにな」
チラッと隣のバレーボールのコートを見ると、リアラがスパイクを決めているところだった。
「いや、どっちにしろ恥ずかしいかも……」
「雫ちゃんも別格だな。殆ど二人で点取ってるぞ」
何度かバレーの方を見ているが、殆ど雫かリアラが点を決めていた。相手には確かバレー部がいたはずなのだが、雫とリアラが打ったボールに一回も触れていなかった。
女子の方はリアラと雫に声援が送られてキャッキャと騒がしい。
「あれ見たら仕方ないよな」
「友樹そんな事言ってる場合じゃないぞ、点決められたし」
「えっ?あら〜」
「また取り返すぞ」
少しぼーっとしているうちに相手に点を決められてしまった。それでもまだ差に余裕があるので慌てることはない。
結局試合はそのまま勝利。これなら決勝戦には余裕で残れるだろう。
リアラと雫の方も余裕の勝利。リアラ達のチームはほぼ確実に優勝するだろう。
その後も順調に試合が進んでいき、男女共に残り2試合で、決勝戦と言うところまで試合が進んだ頃、試合がないので休憩していると、
(……ん?)
ふと雫の方を見てみると、周りは気づいていないようだが、右足を少し引きずっているように見えた。
おそらくスパイクを打ったときの着地の時にでも足をひねってしまったのだろう。
雫はバレないように体育館を出た。
和樹はそれを追うようにして体育館を出る。
「雫」
「あ、和樹か……どうかしたのか?」
「足捻ったんだろ?」
「……バレていたのか」
「もう試合には出るな。保健室行くぞ」
和樹はしゃがんで雫の方に背中を向けた。
「ほら、乗って」
「い、いや、そこまでしてもらう訳には」
雫は乗せてもらう事の恥ずかしさと、申し訳ないという気持ちからあたふたとしている。
「いいから、遠慮するな」
「……すまない」
雫は素直に和樹の背中に乗った。
リアラを抱いた時はお姫様抱っこだったが、雫の時はおんぶ。
リアラの時の同じように、軽くは無い女の子の重みを感じる。それでも他の男子よりかは断然軽いだろう。
雫からは、少しだけかいた汗の匂いと、どこか甘いような匂いがする。さらに背中に当たるその柔らかい感触は、俺の男子としての心を揺さぶってくる。
保健室に着くと、先生はいなかったので取り敢えず雫を椅子に座らせて、捻った右足をジャージの裾を上げた。
すると、シミや傷一つ無い、サラサラで程よく筋肉のついたとても綺麗な足が見えた。しかし捻った足首は思ったよりも腫れていた。
やはりいくら強いゲームのキャラだった子でも、こうして怪我をしているところを見ると、やっぱりちゃんと現実にいて、現実の女の子なんだなと実感する。
「捻ってすぐにこんな腫れるのか?捻ったままプレーしてたんだろ」
「……一試合目に捻ってしまって」
ドジなところは変わらないが、こうして何事も頑張ろうという気持ちが雫は強い。その点に関しては良いのだが、やはり無理は良くない。
「無理するなよ、リアラもいるんだし」
正直雫がいなくても女子の方は勝てるだろう。なので雫がここまで無理をする必要はない。
「すまない……」
おそらく雫は責任感が強く、なかなか言い出せなかったのだろう。
知っている知識で、包帯で足首を固定する。それなりに上手く巻けただろう。
「どうだ?」
「……ありがとう、かなり楽になった」
「もう無理するなよ、今日は駄目だからな」
「わかった」
応急処置は終わり、雫が試合を見たいと言っているので、和樹は雫を再びおんぶして体育館に戻る。
体育館の入り口に着いたところで、
「ここでいいぞ」
確かに体育館の中でもおんぶしているとややこしい事になりそうなので、その場で雫をおろした。
「ありがとう和樹、頑張ってな」
「ああ、優勝してくる」
美少女に応援されて嬉しくない訳はない。次の試合からは、少し気合を入れることにしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます