第35話
遂にやってきたバレンタインデー。登校してる際にも男子の目はいつもよりもギラついている。思春期真っ盛りの男子高校生としてはチョコが欲しいと思う奴が殆どだ。
単純な奴は義理チョコを貰って嬉しがるし、何も貰えなかった奴はこの世の終わりみたいな顔もしてる奴もいる。
特に和樹のいるクラス、1年2組は特に男子はソワソワとしている生徒が多い。その理由は単純、突如現れた銀髪の美少女リアラ、黒髪の美少女雫、この二人はこの高校でもトップを争う程の美少女だ。
こんな美少女からなら義理チョコでも当然嬉しいだろう。大体の男子生徒はその淡い希望を持ってバレンタインデーを過ごしている。
リアラと雫はそんな希望を持っている生徒の事など知らず、義理チョコなど作っていない。
「はい友樹、チョコだよ。和樹は義理チョコね」
時は昼休み、特に教室内が騒がしくなる時間に、いつもの面子で昼食を食べていた。
茜は教室に来ると、友樹と和樹ににチョコを渡した。
「こんな高そうなの、本当にいいのか?」
「本当は手作りしたかったんだけどね、それはまた来年ということで」
「俺にもくれるのか」
「義理だからね。勘違いしないでよ?」
「いやしねえよ。ありがとう」
「どういたしまして」
リアラに教えてもらうという手もあったが、なんだかんだでテストも近く、今回は確実に赤点を取らないでおこうと思った茜は勉強を早めに始めていた。そのおかげで教わる時間もなかったので買った物を渡すことにした。
友樹に渡したチョコは、かなり有名なブランドのチョコで値段もそれなりに高い。
「そういや明日は球技大会だし、来週もテストだな」
「チョコ貰ってもテストが喜びを霞ませる……俺今回もやばいかも」
「勉強しとけって言っただろ」
こうして友樹はいつもやばいやばいと言って、ギリギリ赤点になるかならないかを毎回彷徨っている。
「和樹はいつも30位ぐらいだろ?だから頼むわ」
「どうせ勉強会しようって言っても遊ぶだろ」
「今回はマジでやるから、頼む!」
「まあいいけど。茜は大丈夫なのか?」
茜は友樹までとはいかないが、あんまり点数は良くない。それでも赤点にはならないように、早めに勉強をしているだけ友樹よりはマシだ。
「早めに勉強してるから大丈夫だと思うよ!それでも一応教えてね」
「了解。まあ友樹は少なくとも茜を見習えよ」
「ぐっ……心に刺さる」
こうして赤点の事を気にしている訳だが、もう一人気になる人がいる。
それは雫だ。確かに編入試験は合格してこの高校に入ってきているので、問題はないはずだ。それでも気になるものは気になる。
それに、リアラの点数は知っていたが、雫が来てから編入試験の点数は聞いていなかったので、
「そういや雫はテスト大丈夫なのか?編入試験は合格したみたいだけど」
「私か?……むぅ、何とも言えんな。正直編入試験も微妙だった。何とか合格にしてもらった感じだ」
普段は凛とした振る舞いをしているので、おそらく他の生徒から見れば、雰囲気的には頭が良さそうには見えるだろう。しかし、俺達は雫がドジっ娘で天然だということも知っているので、あまりこう言うのもなんだが、イメージ的にはそれほど頭が良くないという事は少しだけ思ってしまっていた。
つまりこれは雫も勉強会に参加が確定したということだ。人数が多い方が情報交換もできるので大丈夫だろう。それに、料理もすぐに上達していたので、もしかすると勉強も、コツさえ掴めればどんどん伸びるかもしれない。
と言うわけで明日に勉強会をする事になった。
───ただ一つ心配な事は、だらけて遊びの方に意識が向いてしまうことだけだ。
―――――――――――――――
バレンタインデーの夜、雫は今日もリアラと料理を作っていた。馴染みのあるスパイシーな香りがする事から、今日の夕食がカレーだと言う事が分かる。
「できましたよ。今日は殆ど雫が作ったんですよ」
「もう料理は殆ど大丈夫そうだな。普通に作れてるじゃん」
「ああ、リアラのおかげだ。いつもありがとう」
「いえ、あなたが頑張ったからですよ」
こうして料理を一緒に作った時は、雫も一緒に夕食を食べている。一緒に料理を作ったのに、おかずだけ思って帰らせる訳にもいかないし、人が多い方が楽しく食べられる。それは人の質にもよるのだが、今の雫はなんの問題も無い。
「あれ?いつもよりちょっと味が違うな」
カレーに関しては別に市販のカレールーを使っても美味しく食べられるので、リアラもカレーは市販の物を使っている。それにリアラが教えている為、味は殆ど変わらないはず。
それなのに今日のカレーはいつもよりコクが深く感じられる。当然美味しいことに変わりはない。
その答えは雫が示してくれた。
「チョコを少しだけ入れたのだ。調べたら隠し味に使えると書いてあった。それに……バレンタインだから」
雫は頬を少し赤くして恥じらうように言った。
「チョコを入れようと提案したのは雫なんですよ」
「なるほどな……」
料理をただ教えてもらう訳ではなく、自分でも調べて工夫した。これは雫の成長の証と言えるだろう。
「味はどうだ……不味くないか?」
「いや、美味しいよ。このカレーも好きだぞ」
「そ、そうか……なら良かった」
雫は和樹の言葉を聞いて、満面の笑みを浮かべた。
その表情を見て俺は素直に、『綺麗』と、そう思ってしまった。
カレーを食べ終わり、少し休憩したあと、雫が帰る時間になった。
「か、和樹」
雫が玄関で靴を履いて、玄関の扉に手をかけようとしたが、その前にこちらを向いた。
「どうした?」
「あ……あの、これ……」
雫の手にあった物は、綺麗にラッピングられていたクッキーだった。クッキーは色んな動物の顔の形をしていて、可愛らしいクッキー。
お店にあるようなラッピングがされているので、茜とリアラで出かけた時に買ったものだろう。
「……俺にくれるのか?」
今までこうして美少女達がいる生活がなく、チョコも貰っていなかったので、期待していなかった。その条件反射で、今回のバレンタインでも、正直何か貰えるとは全く思っていなかった。
「いつも世話になっているし……これは……義理だ」
そう言いつつも、雫の顔は今までみた中で一番赤くなってしまっている。
「……ありがとう」
只々嬉しいという気持ちが込み上げてくる。茜に貰ったうえに、まさか雫もくれるとは思わなかった。
「……また明日、な」
そう言って雫は玄関の扉を開けて出ていった。
リビングに戻ると、リアラは何やらケーキの様な物を冷蔵庫から取り出していた。
近づいてみてみると、市販で売っているようなチョコケーキだった。バレンタインデーなのでチョコなのだろう。
「どうしたんだそれ?買ってきたのか?」
「いえ、私が作りました」
「え、凄い」
ここまで立派なケーキを普通に作ってしまうとは……メイド、恐るべし。
「最初に私が渡そうと思いましたが、和樹様が寝ているときに作ったものですし、朝渡すのもどうかと。それなのに和樹様はチョコを貰っていましたし」
「……それはごめんなさい」
「でもこれが私の特権です。和樹様は座ってください」
和樹は言われるがままにリアラの隣りに座った。何をするのだろうと見ていると、リアラはチョコケーキをフォークですくい、
「はい、あ〜ん」
そのまま和樹の口元に寄せてきた。食べさせてもらうのは嬉しいのだが、単純に恥ずかしい。
「いや、恥ずかしいし一人でも食べれるだろ」
「他に誰もいませんし、私が最後なんですから」
リアラは少しムッとした表情で、再び口元にケーキを近づける。
「……分かった」
素直に和樹は差し出されたケーキを食べた。
「ふふっ、はい、あ〜ん」
リアラは楽しそうに、嬉しいそうにしてチョコを和樹に食べさせる。
和樹にとって、最高のバレンタインデーになったことは間違いないだろう。
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