第12話 メイドと初詣
朝日がカーテンの間から差し掛かって来る頃、和樹はリアラに起こされる。
「おはようございます、和樹様」
「ああ……おはようリアラ」
「私はおせちを用意してきますので」
そう言ってリアラはキッチンに戻っていく。
リアラがおせちを用意してくれている間に、和樹は洗面台に向かい、顔を洗らって歯を磨く。リアラが作ったおせちを楽しみにしていたので、自然と歯を磨く手の動きが速くなる。
歯を磨き終えた後、リビングに行くと、おせち料理が綺麗に並べられていた。
リアラは、まだキッチンで何かを作っている。
「お雑煮も今作っているのでもう少しお待ちください」
リアラはお雑煮を作っていたようだ。和樹はキッチンにいるリアラの後ろ姿を眺めている。
(何かいいなぁ……こういうの)
夫婦みたい……と少し考えてしまい、顔が熱くなってくる。
リアラに顔が赤くなっているのがバレないように煩悩を消しさる。
「お雑煮ができました」
リアラが二人分のお雑煮をテーブルに持ってくる。お正月の醍醐味と言えるおせちとお雑煮が揃った。
「「いただきます」」
リアラが作ったおせちは、和樹の好みに合わせられ、数の子と伊達巻が少し多めに作られている。
勿論他の料理も丁寧に味付けされており、どんどん箸が進む。
お雑煮は早く食べないと餅が固くなってしまうので、息で冷ましながら食べる。温かいうちに食べた餅は、とても柔らかくて出汁をしっかりと吸っていて美味しい。
「美味しいよ」
「ありがとうございます」
こうしておせちを食べていくと、リアラに申し訳ない気持ちになる。これだけの品目を殆ど一人で作るのは、かなり疲れただろう。
確かに俺が一緒に作ろうとしても、リアラの足を引っ張ってしまうのが殆どだろう。せいぜいした事と言えば食材を切ったぐらいだ。
───もっとリアラが頼れるような人になりたいな
せっかくリアラが作ってくれたおせちを沈んだ気持ちで食べるのはおせちに失礼なので、気持ちを切り替えてリアラに心の中で感謝しながらおせちを食べた。
―――――――――――――――
おせちを堪能した後、和樹は初詣に行く準備をしていた。
和樹の服装は、上はロング丈の白Tシャツと灰色のニットセーターを着て、その上から深緑のモッズコートを着る。下は黒のスキニーパンツを履き、首にはリアラに編んでもらったマフラーを巻いている。
「あとは髪か……」
リアラが来てからは、買い物にも一緒に行くことがあり、そのたびに和樹に鋭い視線が刺さっていた。
確かにリアラはこれだけ美人なのに、隣りにいる男は髪がボサボサの陰キャ。これじゃあ全く釣り合っていない。
なので和樹はワックスでなんとかマシに見せようと、鏡を見ながら髪をイジる。
「こんなもんか?」
前髪を横に流し、目元がハッキリと見えるようにして、髪に少しボリューム感をもたせるようにした。
これなら雰囲気的にはかなりマシになっただろうと思いながら鏡を見ていると、
「お待たせしました」
リアラは上品な光沢がある白のブラウスと黒のワイドパンツでクールなコーディネートだが、チェスターコートを着ていることにより、アンニュイさが加わっている。全体的に少し暗いカラーだが、リアラの艶のある銀髪がより引き立っているようにも見える。
本当は着物を着せてみたかったのだが、家に着物はないので残念ながら着せてやれなかった。
「……」
リアラは和樹を驚いたように見ながら固まっている。
「ん?どうしたんだ?」
「いえ……その、やっぱり髪を流していたほうがカッコいいと思いまして」
どうやら髪を流したことは正解だったようで、リアラから見てもマシになっているようだ。
「そうか?なら良かったよ」
和樹は髪で隠れてさえいなければ、顔は良いのだが、本人には自信が無いので、少しマシになっただろうとぐらいにしか思っていない。
リアラも一緒に生活していて、和樹が髪をあげた時は何度も見ていたが、こうしてちゃんとした服装をして髪を整えると、かなりの好青年に見える。
「……ずるいです」
リアラは和樹に聞こえないようにボソッと口にする。
「何か言った?」
「いえ……行きましょうか」
「そうだな」
二人はマンションを出て、ここから徒歩で20分程の大きめの神社に向かう。
「寒くないか?」
「大丈夫です」
周りを見ていると、他にも初詣に行く人が沢山いて、神社に近づくにつれ賑わっていく。
集合場所の方を見ると、既に友樹と茜の姿が見えた。友樹と茜は色違いだが、同じ種類のロングコートを着ていた。相変わらずラブラブなカップルだと思いながら、和樹とリアラは急ぎ足で友樹達の方へ向かった。
「よう和樹、明けましておめでとう。今年もよろしくな。リアラちゃんもよろしく」
「ああ、こちらこそよろしく」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
「和樹君とリアラちゃん、今年もよろしくね」
「ああ、よろしくな」
「こちらこそよろしくお願いします」
リアラは俺と同級生にもこうして丁寧に振る舞っている。やはりメイドとしての嗜みが体に染み付いているのだろう。
「てか和樹君、普段とイメージ全然違うね?凄くカッコいい!」
茜が驚いたように声を上げる。
「そんなことないよ」
「和樹は自覚と自信がないからな。普段からそうしてればいいのに」
友樹にも容姿について指摘される。褒めてくれるのは嬉しいが、面と向かって言われると少し恥ずかしい。
「そんなことしてもあんまり変わらないだろ」
「そんなことないって!リアラちゃんもそう思うだろ?」
「そうですね、こっちの髪型の方が私もカッコいいと思います」
リアラにも今の方がいいと言われて、恥ずかしさに肩を震わせる和樹。
照れているところを見られたくなかった和樹は、
「まあ、検討しとくよ。客も増えてきたし、早く行こう」
和樹は人混みの中に入っていく。おそらく今の和樹の顔はかなり赤くなっているだろう。
「素直じゃないなぁ、ほんと」
友樹は困った顔をしながら和樹の後ろに着いていく。
「あ、待ってよ友樹!行こうリアラちゃん」
「はい」
続いて茜とリアラも和樹のところに向かう。
この神社には、ベビーカステラやりんご飴などの屋台も並んでいる為、家族連れの参拝客が多い。
年明け初日ということもあり、参拝客はかなり多い。
「これだけ人が多ければはぐれそうだな」
和樹達はまず人混みをかき分けて手水舎に向かう。この時にも、リアラの存在はとても目立っていて、「誰だあの子?すっげぇ可愛いぞ」「綺麗だなあの子」
「あのクールな表情で踏まれてぇ!」……最後のやつは聞かなかったことにしよう。
「リアラちゃん効果抜群だな」
「そうだな、ナンパとかされないか心配だ」
手水舎にたどり着き、口と手を清める。
この動作も、リアラがすれば来る人くる人がリアラの方を見る。
口と手を清め終わった後は、長蛇の列に並ばなければならない。人混みが苦手な和樹からすればかなりきついものとなる。
「リアラ、かなり長くなりそうだし、側を離れるなよ」
これだけ客が多ければ、はぐれてしまう可能性もあるので、側を離れないように言うと、
「わかりました」
リアラは和樹の腕を自分の方に抱き寄せた。和樹の腕にリアラの柔らかいものが当たる。
「ちょ、リアラ何してんの!?」
「この方がはぐれませんので」
「いやでも」
「はぐれませんので」
この後も何度か少し離れるように言うが、リアラは離れない。
(当たってるのもそうだし何より視線が痛い!)
周りの参拝客からは、「何だあいつ羨ましいぞ!」「なんであいつだけ!」「リア充爆発しろ」と鋭い視線と罵倒がプレゼントされる。
「いいな和樹、俺もリアラちゃんにぐぇっ!?」
「なんか言ったかな友樹?」
「痛い痛い!嘘嘘!冗談だって」
後ろではラブラブ夫婦が何かしているようだがそんなことは知らない。
(やっぱ明日とかに来たら……ん?)
周りを見回していると、ふと見慣れた後ろ姿が目に入る。
その人は姿が目に入った後にこちらを向いた。
(やっぱり優花か……まだバレてないな)
そこにいたのは幼馴染の優花だった。優花がいる場所は列から離れて、おみくじが引ける場所にいた。
優花の方向を向いていたのにリアラは気がついたようで、
「誰かいたのですか?」
「ああ、あそこにポニーテールの女の子がいるだろ。あの子、幼馴染なんだ」
それを聞いた友樹と茜も優花を探す。
「本当だ。あ、男が来たぞ……あれが彼氏か?」
「多分そうだろう。優花も来ていたのか」
正直気がついただけで、会うことがなくてよかった。今更優花と喋りたいかと聞かれれば嫌と答える。いつの間にか俺の中では、関わりたくない存在になっていた。
「あの人がどうかされたのですか?」
「いや、いつも連れ回しといて彼氏ができたって言って突っぱねてきたやつだから、今はどうでもいい」
和樹は今までの事を思い出して渋い顔になる。
するとリアラは、
「……あの人は勿体ない事をしましたね」
「どういう事だ?」
「こんな素敵な人を見放すなんて勿体ないです」
「───!?」
和樹の顔はどんどん赤くなっていく。こうして面と向かって褒めてくれる人はいなかったので、心臓に悪い。
「……それはどうも」
羞恥心の中で絞り出した言葉がこれだ。今日は何回恥ずかしくなればいいのだろうか。
20分程並んで賽銭箱までたどり着いた和樹達は、各自5円玉を持って賽銭箱に投げ入れる。
リアラは事前に初詣でついて調べていたので、二礼二拍手一礼もちゃんとできている。後ろの客は、「女神だ、女神がお祈りしてるぞ!」「俺あの子にお祈りしたい」と言って連れの女の子に叩かれたりしている。
(リアラと平和に過ごせますように)
現状でこれ以上の幸せはないので、これが妥当な願いだろう。
リアラの願いが気になったので、
「リアラは何を願ったんだ?」
「内緒です」
この後も願いの内容を言う事はなかった。無理やり聞き出すようなことでもないので仕方がない。
参拝が終わった後、友樹と茜は午後から予定があると言っているので、早めに解散することにした。
和樹とリアラは並んで帰路につく。
(かなり冷えてきたな)
冷え込んてくる中、和樹はポケットの中に手を入れて歩いていた。リアラの方を見ると、少し寒そうにしていた。
「俺のマフラー巻くか?」
「いえ、そのマフラーは和樹様のものですから」
そう言って断るリアラだが、耳は少し赤くなっていて、時折手に息を吹きかけながら歩いている為、やはり寒いのだろう。
和樹は立ち止まってリアラの首にマフラーを巻いた。
「俺は大丈夫だから」
「……すみません、ありがとうございます」
「なんか温かい飲み物でも買うか?」
「いえ、それよりも……」
リアラは和樹に控えめに手を差し出し、
「手を……繋いでください」
「……これでいいか?」
和樹は優しくリアラの手を握る。初めて握ったリアラの手は冷たくなっていたが、小さくて柔らかい。
「……はい」
リアラは嬉しそうに微笑む。和樹とリアラは行きよりも遅い歩調で歩いた。
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