稲荷神社

酒井が鳥居に近づくと、濃い朱色の鳥居と2体の狐の石像が鎮座していた。

五穀豊穣を願う稲荷神社であろう。

2体の狐をそれぞれ違うポーズを取りながら、真っ直ぐ酒井を見つめていた。


自分の好奇心に導かれて、神社の鳥居をくぐる。くぐった瞬間、全ての音が聞こえなくなる。風が揺らす木々のさざめきが一瞬で止んでしまう。無音の世界だった。

聞こえるのは自分の呼吸の音と心臓の鼓動だけだった。


だから、どれだけ自分が恐怖を抱いているか否応なく認識せざるを得ない。

酒井はその恐怖を抱きながら目の前の石段を登る。


朱色の鳥居以外は全て灰色と緑の世界だった。灰色は石の色。緑は石にまとわりつく草や藻の色。石段の先にある神殿も、剥げた木の色をしている。


この恐怖は前にも感じたことがあった。

小学生の頃、図鑑で見た星空を見たくて東京タワーを登った。高いところに行けば星に近づけると思ったから。


でも展望室の階まで行っても全く見えなかった。だから酒井は関係者用扉を開く。扉の先には東京タワーの頂上へ続く階段があった。

でも点検用の階段だ。鉄の階段と手すりしかない。地上300m以上の暴風が酒井を襲う。


それでも酒井は頂上を目指す。ただ星が見たかった。でも恐怖で手も足も震えている。でも勇気を出して前に進む。


でも星は全く見えないまま、点検用の階段も終わってしまう。見えたのは、キラリと光る東京タワーのアンテナだけだった。


「大阪では星は見える?」だから遥香に声をかけた。見えるよと言ってくれた遥香の言葉に酒井は大きな希望をもらった。遥香から聴く星空の話はとても面白かった。


稲荷神社の石段が終わる。石段の先にも星はない。目の前にあるのは、神殿と賽銭箱だけだった。音はない。聞こえるのは自分の呼吸と鼓動だけだった。


深呼吸をして、目の前のものに向き合う。

神殿の扉が少しだけ開いていることに気づく。

「こういうのってバチが当たりそう」そう言いながら、好奇心に勝てずに神殿の扉を右手で開いた。

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