精霊国異記 〜黒き月の剣士と死にたがりやの魔法使い〜

相馬 みずき(繁忙期)

第1章 杖と少女と最強剣士

Ⅰ-Ⅰ.

――最近よぅ、南の奴らが調子乗りやがって、香辛料の値段をまた吊り上げやがったのさ。


 酒場のカウンターで、たまたまルドルフ・アインハードの隣に座っていた中年の男が酒臭い息と一緒にそう言葉を吐いた。ルドルフは自分のとった宿から一番近くにあったこの酒場に、夕飯をとるために入ったのだが、旅人だけではなく地元の人間も立ち寄るような店だったらしい。その中年の男はこの町に住む商人で、交易品の中継を生業としていると語っていた。

 その男はルドルフより後に店に入ってきたのだが、連れはいないらしく、カウンターにつくなり葡萄酒をパカパカとあおって、隣にいた彼にしきりと話しかけてきた。

 ここから南に海を渡った大陸にあるファキール王国は温暖な気候と大河、それに肥沃な土地を有する、太陽の王国とも称されるほどの恵まれた大国だが、最近になってどうにも物資の流れが悪いと、男はしきりに管を巻いていたのである。


「オレは思うがね、近々戦争でも起きるんじゃないのか」

「あの国、今は女王が立っているんだろう。前の代で荒れた国内を立て直すために内政にずいぶん力を入れている。その分周辺諸国との関係には気を使っていると評判だったはずだが、戦争なんて噂があるのか?」


 ルドルフは塩と胡椒をふって焼かれただけの肉を口に運びながら訊いてやった。


「ねえよ。ねえけど、商売人ってのはそういう勘が働かなきゃな。いくら女王様が名君でもよ、こんな辺境にまで目を光らすのは無理ってもんだ。ネズミはそういうとこから出入りし始めるもんだぜ」

「なるほどな」

「アンタは旅人だろ? 南に行くんじゃないのか?」

「そうだ。この町には今日着いた」

「ずいぶん立派な剣だな。剣士かい?」


 男の視線は遠慮なくルドルフの左側にある大剣へと注がれている。


「他に得意なことがなくてな。今日、この町に着いたばかりだがいいことを聞かせてもらった。南にいけば傭兵の口があるかもしれんということだな。礼として一杯おごらせてもらおう」


 そう言ってニッと笑ってやると、男は上を向いてげらげらと笑う。


「初めて会ったが、何だかアンタのことを気に入ったよ。南なんか行くのはよして、オレの店で用心棒やらないか。アンタみたいなガタイならいてくれるだけでチンピラ除けになる。それによく見りゃいい男じゃねえか、カミさん連中が喜んでうちの店に来るようになるかもしれん」

「それは光栄だが、愛想を振りまくのは苦手だ」

「そうかい? むすっとしてても女どもは放っておかないと思うが。ああ、でもアレだな、確かにクロウト好みってやつだな。せっかくの珍しい黒髪もそんなに短く切ってちゃあ、若い娘にはモテないだろ。ん? どうだ?」

「はは、当たりだ」

「へへ、やっぱりな。……しっかし、アンタの話からすると、北から来たんだろ。あっちもちょっと前まで大変だったみてえだねえ。今は落ち着いたのかい」

「そうだな。おかげで俺は無職になったのさ」

「ほーん、傭兵ってのはまんざら冗談でもなさそうだな」

「まあな」


 ルドルフは唇の端を上げて、自分の葡萄酒に口をつけた。

(……南が不穏か)

 安物の葡萄酒のざらざらとした渋を、舌の先で上顎にこすりつけながら考える。

(俺を呼んで、一体何をさせたいんだ)

 隣の男の話に相槌をうちながら、ルドルフは胸の中で旧友の面影に問いかけた。

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